2016/6/8 水曜日

70歳代の同窓会

Filed under: 熟年旅行, 熟年の健康, 70歳代が考えること — mizusawa @ 20:49:52

大学卒業後50年目の節目に同窓会を開くためのアンケートが送られてきた。日帰りや一泊旅行などの選択肢から希望に〇×をつけて欲しいという。日帰り希望が半数以上であるが、海外への旅行を希望する提案もある。日帰り希望者は、体に一抹の不安材料を抱えている輩と思われ、我が身に照らして理解できる。海外旅行を提案しているのは、おそらく健康に自信がある同期であろう。同じ世代でも、健康にかなりのばらつきが出ている。同窓会は5年ごとに開催されているので、今回の企画は現役入学者で72歳、次回は77歳となる。中には複数回の浪人もふくまれ、70歳代の1年間の体調変化は顕著であり、個々の体調不良の原因が異なると思われる。身の回りにも心臓の手術でステントが血管に入っている人、ホテルの出口で突然気を失って救急車で運ばれた人、など聞いたことがある。体調に気を遣い日帰り同窓会を希望する慎重派は薬などを持ち歩くことになる。しかし、慎重な分、グループ旅行で皆に迷惑をかけることは少ないであろう。現在元気で無理をするタイプは、突然襲ってくる体調の変化を体験していないに違いない。旅行中に海外でやっかいな病気を発病すると、例え十分な旅行保険をかけていても大変面倒なことになる。30年前に会社の出張でカナダに行ったことがある。そのとき同行者が盲腸を発病し、ホテルで救急病院の場所を教わって駆け込んだ。病院での付き添いは私一人。カナダから日本に電話して情報を伝え、同時に病院に待機して手術のための手続きを行った。幸い事なきを得た。その30年前のイベントを思い出すと、来年の卒業50年の同窓会の行事が気がかりである。もし海外や日本での遠方の宿泊旅行に決まると、旅行中に誰かが倒れた場合の対策を準備しておく必要があろう。旅行会社が70歳代同窓会向けの介護付き海外旅行を売り出したら、少々高額でも申し込むかも知れない。ドクター付き豪華客船による海外周遊旅行なら出かけても良いかも。・・・・

2016/6/2 木曜日

安倍総理の戦略

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 20:37:25

6月2日の読売新聞朝刊一面の見出しは「消費税10%19年10月」が大きく印刷され、左側中程には「強行突破 参院選で審判」の見出しがある。昨日の安倍総理の記者会見中継を聞いて、経済で一段のてこ入れが必要であるから消費税10%への移行を延期し、参院選での勝敗は自公で過半数と高い目標とする、と説明していた。私自身は浮動票の一人と自覚している。前回の衆院選ではあまりにもひどい民主党の政権運用にあきれて仕方なく自民党に投票し、結果として自公の圧勝となった。安倍政権の財政政策はおそらく民進党よりは格段に「まし」だろうと考えるので、自民党に投票することも一つの選択肢である。しかし、気がかりなのは憲法改正についての安倍総理の本心だ。「能ある鷹は爪を隠す」の気配がする。安倍総理の任期があと2年程度と短くなってきたので、本題の憲法改正に打って出る布石として今回の参院選を選んだのだろう。消費税増税の難しい実行は後任に任せ、憲法改正の体制固めに必要な参議院での過半数を狙うのだろう。消費税増税先送りとして、その陰に憲法改正のための「鷹の爪」が見える、と直感した。経済政策は安倍政権に期待するものの、憲法改正については戦後70年の平和国家で人生を過ごさせていただいた我が身の幸いを振り返り、反対である。今回の参院選では、自公に過半数をとらせないために、野党に投票しよう。6月1日の総理記者会見で安倍総理の戦略が見えた以上、孫二人が戦争に駆り出されるリスクを避けるための一票を投じようと決めた。

2016/5/28 土曜日

オバマ氏の広島訪問

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 18:08:34

2016年5月27日は記憶に値する一日になった。オバマ大統領の平和公園での演説がTV中継される画面を注視していた。同時に流れた同時翻訳の音声が煩わしかったが、演説の内容はノーベル平和賞受賞者にふさわしかった。人類は広島に原爆を投下した日に、人類を破滅に導く手段を手に入れたことを知った。人類は地球上で繁栄を謳歌しているが、同時に破滅への道筋を明確に示してしまった。科学技術の進歩を戦争による破壊のためでなく、戦争を回避する手段として使うべきである。オバマ氏の演説で科学技術がもたらす人類への影響について触れたあたりで、核兵器を廃絶することの難しさの本質に考えてしまう。人類が民族を意識したとき他人を敵と見なす感情を持つ以上、戦争を避ける手段は無かろう。敵に勝利する手段として科学技術を利用しようとするのは、人にとって当然の考え方だ。科学技術に頼るのではなく、人として自分は戦争を絶対にしない、と公言することは勇気のいることである。そこで日本が置かれた立場を逆説的に考えてみたくなる。地球の上に一つの民族(日本)だけが「戦争を放棄する」という憲法を大切にしていても良いのではなかろうか、と思いはじめる。72歳のこの身は第二次世界大戦中に東京で生まれ、千葉に疎開して東京大空襲の戦火をかろうじて生き延びた。学生時代には第一次世界大戦、第二次世界大戦と世界史で学び、この間隔で第三次世界大戦が発生すれば50歳まで生き延びることはなかろうと予想していた。72歳になった現在、なぜ自分はベトナムの戦場に行かないですんだかといえば、日本が第二次世界大戦に負けて、平和憲法を米国に押しつけられたからである。戦争に勝った米国は多数の兵隊を失った。現在の平和憲法は日本人が希望してつくりあげた憲法ではないから、憲法改正が必要である、と安倍総理や自民党の主張である。しかし、人は自らの意思で「戦争を放棄する」などと世論をまとめることはできない。ファシストやナショナリストは世論をあおって国民を戦争に向かわせてきた。事実を冷静に見てみたい。日本が「戦争を放棄する」憲法をもっていることで、私の72年間は平和が保たれた。現在の日本国憲法は「70年間平和の実績」を積み上げた憲法である。その価値を見直し拙速に憲法改正を急ぐ必要は無い、と断言したい。同時に心のなかではこのようなことも考える。中国やロシアは軍事力を強化して隙があれば日本に攻め込んでくるかも知れない。その恐怖に事前に備えるために憲法を改正して軍事力を強化する必要があるかも知れない。この考え方を勇気をもって押さえ込むには、地球上に数多ある民族になかに、唯一「戦争を放棄した」バカな憲法を大切にしている国があると、いさぎ良い民族の生き方を選んだらどうだろう。第二次世界大戦で桜の花が散るのになぞらえ、若い特攻隊員は潔い死に方を選んだ。潔い(いさぎよい)気質を尊び、あっぱれな決断「平和憲法」を大切にする日本民族に栄光があらんことを願う。

2016/3/26 土曜日

マイクロソフト人工知能Tayのヘイトスピーチ

Filed under: ネット情報の社会へのインパクト — mizusawa @ 21:17:59

人工知能も色々あるが最近はディープラニング技術が注目されているようだ。画像認識と音声認識に強力なツールとなることが実証されているという。マイクロソフトの人工知能Tayもディープラーニング技術を使っているのであろう。Tayに悪い会話を覚えさせるアタックがあったようで、Tayがヘイトスピーチをするようになって、マイクロソフトはTayを停止をしたとネットで情報が流れた。マイクロソフトは沢山のフィルターをTayに組み込んだようだが、対策不足が露見したとしている。最新のディープラーニング技術ではコンピュータが自律的学習すると説明されている。学習能力をコンピュータが獲得したことは素晴らしいことだが、学習について考えさせられた。Tayの事例から単純な悪事を働くように教育することは簡単なようだ。一方教養のある高いレベルの学習をさせるのは恐らく容易ではなかろう。つまり、悪事には利用し易いが、平和に寄与するような人工知能の開発には手間取るのでは、と懸念される。翻ってヨーロッパを激震させているテロは単純な教育で人間が扇動されて起こしている。同じ手法で人工知能を利用するネット戦争が頻発することが今後予想される。善良人工知能を育てる研究に拍車をかけて欲しい。・・・

2016/2/29 月曜日

2016年2月29日72歳の雑談

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 14:01:10

閏年の2月29日は請求書の支払い期限が多く、一日分得したのか、それとも毎月に比較して2月は損したのか、考えても仕方の無いことを思ったりする。民主党と維新の会が一緒になるというが、これも考えても仕方の無いつまらない世騒がせのように感じる。先日報道された野田前首相と安倍総理の議論では、野田前首相の弁舌の巧みさと実直な人柄を感じた。勝手ながら新党を結成するのであれば、新党の名前よりも誰が党首になるかで世の中に与える印象が大きく異なるのではなかろうか。これも世の中に通用しない提案と思われるが、個人的には野田前首相が新党の党首になったら、私の一票を投じてもいいと思う。それ以外の人であれば党名がどのようにカッコウ良くても、安倍さん支持しか選択肢がないように思う。考えても仕方のないことにシリアでの停戦がある。戦争は悲惨であることは誰しもが知っているはずなのに、停戦して和平の形をつくることが難しい。自爆テロの話を聞くと、日本の神風特攻隊の現代版と感じる。テロ組織は自爆テロで仲間を犠牲にしているのだが、それでも自爆テロに向かう若者が多数居るのは事実である。ゼロ戦で敵艦船に特攻した若者も日本の国のためという純粋な気持ちと責任感からだった。テロ組織でも同じく若者の純粋な気持ちを利用して自爆テロを仕掛けているに違いない。これも考えても仕方ないことだが、この自爆テロの愚かさを若者に浸透させる手段はないものだろうか。ジョンレノンの「イマジン」を世界の幼児全てに暗唱させたら、少しは平和な世界が期待できるのでは。・・・

2016/1/1 金曜日

72歳6月の正月

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 21:10:19

72歳半の正月を迎えた。ディズニーランドのカウントダウン花火を自宅の玄関先から昨年正月と同じように眺めた。次々に色彩を変化させる花火、三角や四角の花火、終わりに近づくと多色の花火と、毎年豪華さが増している。紅白では最近の流行にまったく関心がないせいで、「こんな歌も流行したのか、という2015年まとめて復習」の歌番組である。ケバケバ、騒々しい音楽が次々に流れる中で「よいとまけ」だけは心に沁みた。「父ちゃんのためならよいとこーら、母ちゃんのためならよいとこーら」は、我が親の世代が第二次世界大戦に敗れてのちの貧乏で苦しい時代に頑張った歌声だった。わが身は大戦中に生まれ、親が苦労したことは間違いない。母が父の職業は国家公務員で2週間ごとに間違いなく給料が支払われるから助かると話していた。それでも、給料日が近づくとご飯にコロッケ1個の食事で済ますことが多かった。「よいとまけ」の歌詞にあったように、高校を卒業し、大学も卒業して、エンジニアを職業とする平和な時代を過ごした。全て父、母の苦労が報われわが身の幸せとなった。父母は既に他界している。現在は子供3名、孫が2名だ。「よいとまけ」の歌を孫たちは「分かるかな?」と連れ合いに話しかけた。「無理だろうね・・・」

2015/12/25 金曜日

退院後(4)

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 13:52:30

さて10月に2回入院し退院してから2月と1週間が経過した。左手手首を動かすと違和感や神経の痛みを感じていたが、ほぼ正常状態に戻った。左手に力を入れて動かすと痛みを感じることが多かったので、この痛みは死ぬまで付き合わなければいけないのかとも思ったし、いや筋肉の痛みが発生しているのは体が回復に努力している証拠だから痛みを感じても手首を動かす訓練を継続すべきだとも考えていた。痛みを感じても少し無茶をしてみようと、家の中に自作したぶら下がり鉄棒を使って懸垂のまねごとを何回か行った。最初はぶら下がるだけでもやっとだった。そのうち少しは肩に力を入れて体を持ち上げることができた。毎回手首には強い痛みを感じた。最近懸垂の半分ほど気合を入れて体を持ち上げた。その結果、右側の首の筋肉がつった状態で一週間ほど首を左に曲げるのが不自由だった。気合を入れることで、首の筋肉に不自然な力を加えた結果であろう。そして、最近は長いこと感じていた左手の筋肉の痛みはほぼ消えた。体の関節に強い痛みを感じて医者に駆け込んだのが10月で今日は12月25日である。今回の経験は、急に体に発症した病原菌「蜂窩織炎」が原因で回復まで3月かかることを知ったことである。また体の関節の痛みと筋肉の痛みの強さを知ったことである。健康寿命の平均71歳を過ぎて、72歳では2種類の体のトラブルを抱えながら72歳半まで達した。現状はお医者さんに数か月おきに相談しながら自立して生活できている。2016年は73歳を迎える。次のトラブルは何だろうか。次々に強敵が現れる人生ゲームに立ち向かう勇者の気分である。

2015/11/20 金曜日

退院後(3)

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 20:25:50

二つ目の病院を退院して4週間と4日が経過した。体調は非常にゆっくりと回復している。1週間前の週末は恐る恐る4kmを一日間を開けて2度ジョギングした。時々歩きながらである。主観的な印象ではジョギングで体の血液循環を活発にすると手足に感じていた重みが徐々に減少している。左手首は反り返るように曲げると痛みを感じていた。腱や筋肉は痛くても伸ばした方が回復すると思っていたが、今回の病気では逆効果だった。そこで、左手の手首や指先を色々な方向に動かしたり力を入れたりしてみると、手を握る力の入れ方、特に小指に力を入れるときには全く痛みを感じないことに気が付いた。この方法で左手のトレーニングのつもりで気が付くたびに左手を強く握ることで、従来感じていた左手を使った時の痛みが徐々に減少してきている。高齢になると手足に感じる痛みと死ぬまで付き合わなければならないのかと思ったが、回復の方向が見えてきたので、若干の希望を感じる。最近まで左手は痛みを感じて鞄を持つのがしんどかったが、今日の外出では左手で鞄を持ち、たまに重いと感じたが痛みはなかった。完全回復にはまだ数か月かかるのかも知れない。今日は小雨が降りそうな曇天だったが、久しぶりに7kmをこれも恐る恐るジョギングしてみた。7kmの周回コースでは海岸線の土手などで走る速度を上げるインターバルトレーニングもどきをしている。本日は最後の100mで時速11km程度だったので、足はかなり回復してきたと感じた。今後はジョギングの距離を伸ばせるか、左手が懸垂できる程度の筋力を回復できるか、徐々に試してみよう。

2015/11/7 土曜日

退院後(2)

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 12:47:50

二つ目の病院を退院して2週間と4日が経過した。左手甲のふくらみはほぼ回復したものの、手首周辺に若干膨らみと痛みが残っていた。関節の動きに伴う重さや腱の痛みが、膝、足首、右肩、手の指、など各所に順番に感じられた。それも体中を行ったり来たりしながら、ゆっくりと回復してきているように感じられた。抗生剤や痛み止めの服用を中止するタイミングについて迷ったが、最近の一週間は服用を中止して様子を見た。体調は多少の変動はあるものの維持できているので薬の服用を中止したタイミング判断は正しかったというのが当面の結論である。次のタイミング判断は運動の再開である。退院後2週間経過した文化の日に試しに家内とディズニーランドホテル街の周囲を散歩した。およそ5キロである。不安定ながら歩くことはできる。ジョギングの姿勢で手足を振ると、関節と筋肉が痛みと重みを報告してくる。長年ジョギングをしてきた経験から、この感じはバイキンの後遺症というよりは、一月間運動をしなかったこと、入院で寝ていた期間が長かったこと、が原因ではないかと思った。しかし、運動不足の感覚よりは別の負担を感じたので、もしかすると点滴を二つの病院で約10日間受けたことによる後遺症かも知れないとも考えるようになった。蜂窩織炎はバイキンが体内に入ったことで発症するので、バイキンが全身を回り、特に頭に侵入されたら大変だと素人考えから入院しての点滴治療を選択した。確かに点滴は効果てきめんであった。今後も、入院して点滴を受けるのか、それとも自宅療養を選択するのか、迷うことになりそうだ。5キロの散歩で体調が崩れることはなかった。そこで4日後の土曜日に意を決して散歩兼ジョギングトライに挑戦した。これもディズニーランドホテル街を周回する6キロコースとした。天気は快晴で温暖な爽やかな微風が吹いていた。平均時速6キロ強とGPS時計が記録していた。ある程度体を動かすことができるという確認が取れた。

2015/11/1 日曜日

退院後

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 17:50:25

火曜日に退院し、一週間後の月曜日に退院した病院で診察を受けた。一見したところ左手甲の膨らみはかなり平常に戻っていた。しかし病原菌は体のあちらこちらで最後のあがきをしている感じがあった。抗生剤は指定された通り毎朝飲み続けた。担当医にまだ浮腫みが左手に残っていることと痛みを感じることがあると話した。医者は痛みを感じるときには鎮痛剤も飲むようにと薬をくれた。診察は2週間後の月曜日に予約となった。その後3日ほど手首などの痛みが続いたので結局飲みたくない鎮痛剤も日に一度ないし二度飲んだ。痛みを感じて夜中に起きる回数を減らす目的だった。少し仕事をしたところ、悪い兆候が左手に現れた。また左手の甲が膨らみ始めたのだ。入院する前ほどではないが、再発しているのでは、と心配になった。蜂窩織炎は実にしつこい。入院して点滴で回復したように見えても、自宅で療養していると、ほとんど改善の兆候が見えない。しびれを切らして少し仕事をするとまた元の病状が左手の甲に現れる。左手は指先は動くものの、痛みのためにほとんど力を入れることができない。やわらかい温州ミカンの皮をむくのに痛みを感じるのだ。風呂に入る時も左手をかばいながらなので、右手だけで体を洗う。このまま、力の入らない左手と残りの人生を付き合わなければならないかと、半分覚悟をした。普段ほとんど買い物をしないスーパーの中の薬局に行き、痛みの張り薬のコーナを探した。病院で処方された湿布薬も置いてあったが、それ以外にも腰や肩の痛み止めの湿布薬が沢山並んでいた。どれにするか迷ったが一番目につく棚の上に置いてあったボルタ何とかを買って、痛みがあって力が入らない左手に貼った。何とビックリ、それまで回復の気配が感じられなかった左手甲のふくらみと左手関節の痛みが引き始めた。(これはテレビのコマーシャルではない。実際に私自身が経験した。)もしかしたら、左手はもとの力を取り戻すかも知れない。

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