2012/5/21 月曜日

金環日食撮影しました。

Filed under: やさしい科学 — mizusawa @ 8:40:57

2012年5月21日午前5時半、事務所の2階に朝日が差し込んできて目が覚めた。金環日食の日だ!と飛び起きた。観察用のメガネを持っていないので、ピンホール方式で観察する準備を始めた。8年間拭いたことのない窓ガラスを台所から持ってきた布巾できれいにし、窓ガラスにダンボールの箱にキリで直径数ミリの穴をあけて、影が投影される扉にコピー用紙を貼り付けた。コピー用紙には複数のピンホールから太陽が投影されたが、厚い雲の明暗が写っていて太陽がかけているかどうかはっきりしない。
そのうち雲が厚くなりピンホール法式では扉のコピー用紙には投影されなくなった。仕方なく望遠のついたディジカメを取り出して窓際から太陽の方向と思われる空を眺めた。カメラは数年前に5万円以下で購入したCASIOのEXILIMだ。厚い雲間からところどころ光が漏れてくるので、太陽の位置についておよその見当をつけてまった。NHK-TVでは各地の部分日食の様子が紹介されている。7時20分を過ぎたころから急に雲が薄くなり、太陽が見え始めた。肉眼で観察することはできないので、カメラの液晶ファインダーで太陽の位置を探しながら撮影した。
写真は雲が比較的太陽の光をさえぎっているときに撮影できた金環である。
2012年5月21日相模原市中央区から見た金環日食
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その後数分間太陽の光は一段と強くなった。雲が途切れたのだろう。カメラがAFで焦点を合わせているときは金環が見えるのだが、シャッターを切ると露出オーバーで金環の形を撮影することができなかった。金環が終了して部分日食になったとき再度雲が厚くなりまたディジカメで撮影できた。こんなにもタイミングよく太陽の光の具合を調整してくれるとは、自然の神様に感謝する。

2012/5/2 水曜日

検察審査会の価値

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 20:08:02

本日5月2日19時からのNHKテレビニュースで、小沢一郎の無罪判決に対して検察役の弁護士団が控訴するかどうか結論が出なかったと報じられていた。また最高裁の長官が検察審査会のあり方について見直し論が出ていることに対して長い目で見ることが肝要と発言したと報じられた。
個人的な意見であるが、検察役の弁護士団には是非小沢一郎の案件を控訴して欲しい。裁判で無罪と判決が出ても、それは明確な証拠がなければ有罪とはできない裁判のルールに基づいた判決だからであり、無罪と潔白とは全く別物であることは国民は誰でも知っている。
政治家としての小沢一郎の活動について民主党党員としての活動が行えない状態にあることも、検察審査会で議論が継続することが重要な条件である。検察審査会が控訴すれば、裁判が続く限り小沢一郎の政治活動は制約を受けることになり、同時に執拗に繰り返しジャーナリズムが報道する。これが小沢一郎に対して免罪符を与えない唯一の手段であり、検察審査会の存在意義である。特に、次の衆議院選挙において控訴状態のままで選挙が実施されれば、政界の様子も様変わりしよう。
将来、第2、第3の小沢一郎の出現を少しでも抑制するために、検察審査会の役割は重要だ。例え最高裁で無罪判決が予測されるとしても、小沢一郎のような強力な政治家でも、検察審査会が決定する長時間の裁判とジャーナリズムの報道で、政治の表舞台から消えていく歴史を残したい。
5月8日に控訴の決断を期待する。

2012/4/19 木曜日

プライドを失った自民党

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 22:16:56

人が物事を判断するとき、自身のプライドが重要な役割を果たす。2閣僚の問責決議案が参議院に提出されようとしており、参議院では野党が多数のため可決される見込みだそうだ。国会で再三にわたり問責決議がされていることに国民はうんざりしている。国会議員を選ぶ国民も悪いのかも知れないが、国会議員が度々問責されるのは、与党野党を問わずに国会議員自身が問責に値するような人材が多数を占めている現実を露呈している。自民党、公明党など野党が民主党の出来の悪い閣僚を問責して、自分たちが立派だと国民が考えると思ったら大間違いだ。国民の目から見れば、五十歩百歩、目くそ鼻くそを笑うの類である。
自民党は問責された大臣がそのまま居残れば、国会審議に応じないとしているそうだ。国会審議は議員が果たさなければならない大切な仕事だ。仕事をしないことを声高に主張して、それが正義だと言わんばかりの自民党は、既に議員として果たさなければならない職責を放棄しプライドを失った集団だ。出来の悪い議員の中でも他人の揚げ足をとって自分たちが偉いのだというような行動は、本当にプライドに基づいて行動している日本人には居ないと信じる。
自分の本来の仕事を放棄して、あるいは与えられた職責を果たさずに拒否権を乱用する出来の悪いサラリーマンを大企業で何人も目にした。「自民党よ、お前もか」とあきれるばかりだ。

2012/4/11 水曜日

原発再稼働に反対します。

Filed under: 原発事故 — mizusawa @ 14:21:37

最近のニュースでは政府が関西電力大飯原発の再稼働について1週間以内に結論を出す様子だと報道している。原発はとてつもない大きな被害を出すことが福島原発で国民に明らかになった以上、現時点での原発の再稼働には反対だ。
どのようなシステム事故が発生した場合でも、そのシステムを人が設計したのであれば、迅速に復旧する手順が証明されていなければ、再度そのシステムを稼働させてはいけない、というのがその理由だ。
福島原発事故が起こした国民への被害は、終息の見込みが立たないというよりは、さらに今後どれだけ被害が広がるのか予測できないという現状だ。元の日本に戻すことができないような事故を起こすシステムについて、再度危険を覚悟で動かす正論は成立しない。
再稼働が正論であると主張する人々は、原発に己の生活がかかっている人々で、その意味で同情するが、福島原発の事故で避難生活を余儀なくされている人々のことを思い起こせば、正論とはなりえない。
国民全体の立場で考えれば、二度と福島の事故を発生させない最良の選択は原発の再稼働を認めないことである。たとえそれが原因で、この夏電力不足に陥っても、日本国民は電力会社に頼らない知恵と経験を積み重ね、この危機から学んだことで将来の日本の姿を描き出すに違いない。
再度主張する。原発の再稼働には反対である。

2012/4/1 日曜日

カリフォルニア旅行(7)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 19:04:51

教員として定年を迎え私は直に69歳になる。人生の節目はどこにあったかと言えば、大学を卒業した23歳、会社に就職して昇進で同期に後れを取ることが明確になった40歳、そして大学への転職が何とか成立した56歳である。およそ、15年から20年ごとに人生の節目が到来しており、退職を迎える現在も一つの節目である。
人生の節目では次の節目までの目標を立て、どのように行動するかの作戦を考えてきた。
退職後の人生設計は今までと目標の立て方が異なる。第一に今までは会社や学校という大組織の中で仕事をしてきた。会社では上司からの指示の範囲で行動することが仕事であった。自分がやりたいことがあってもできない場合が多いのが大会社での制約だが、今考えると会社から与えられた仕事に従事することは気楽な稼業だ。大学の先生という職業は素晴らしい。仕事に費やす時間の割り振りに自由度があり、かつ自分で研究の目標を設定できる。何よりも若い学生を育てる仕事はやりがいがある。もっとも教えたことを覚えてくれていない学生が多くてしばしば失望させられたが。
さて退職後の仕事は自分で決められるが組織のバックアップが無い。つまりお金も人も無い。それでも何らかの挑戦をしたい。何年間仕事が続けられるかは未定である。同年代で既に天国に召された、あるいは闘病生活に入っている友達が何人もいる。
ロサンゼルスから成田へのANAの機中で、三浦友和の映画RAILWAYSを見た。定年を迎える電車の運転士の話である。退職という自分と同じ境遇に共感を覚え二時間の映画にのめりこんだ。三浦友和が演じる年配の運転手は古いタイプで真面目実直に勤め上げたけれど、家庭や奥さんに思いやりを示すのが下手である。自分の性格とダブっている。40年間も勤め上げた仕事が天職になっているのは誰でも当然だろう。多くの退職年代が仕事に没頭してきたことに拍手を送りたい。福島原発など大きな課題も抱えているが、現在の日本が世界の先進国に仲間入りしたのは我々昭和世代のひたむきな努力の結実である、と自負したい。
そうだ一つ書きたいことがある。カリフォルニアの食事の単調さにうんざりしていた我々は帰国便ANA5便の機中で出された食事に感激した。日本食でおいしかった。我々の旅行はいつもエコノミーだが、食事がおいしいのは何よりもありがたい。
カリフォルニアの古いミッション
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2012/3/31 土曜日

カリフォルニア旅行(6)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 23:17:12

カリフォルニアでの国際会議に参加した動機は退職後の仕事の芽を探すことだった。一人あるいは複数人程度の小さな企業でできるITをベースにした現代の家内工業をイメージしている。仮想現実VR関連の3種類の学会に順に参加した、最初は3DUIで3次元ユーザインタフェース分野、二つ目は仮想現実(VR)あるいはARと呼ばれるWEBカメラで撮影した現実画像の上にCG画像を重ねる技術、そして三番目はi3Dという名称の学会で最新のゲーム向け画像作成技術の分野である。3種類もの類似学会が連続して同じ場所で開かれる理由は、世界中からこの分野の技術者が参加するので、参加者を集めやすいからであろう。もしかすると3月はカリフォルニアのホテル閑散期かも知れない。
学会の参加者はVRが400名程度と最も盛会であった。ゲーム分野のi3Dはバンケットでワインを飲むことができた。隣に座ったドイツ人の推測では、ゲーム業界から寄付を集めているので3つの学会のなかで最も資金的に恵まれているのかも知れない。ペーパ発表ではソフトウエア処理の細かな技術の説明で個人的には興味を持てなかった。
3DUIは個人的にもっとも興味をもった学会である。現在のコンピュータインタフェースはキーボードやマウスなど2次元つまり2Dであるが、今後は3Dにしようと新しいコンピュータと人間のインタフェースを考える学会である。主流は人の動きをリアルタイムで収集する仕組みで、動きを観察したい体のポジションにピンポンボールより少し小さめの球状の装置をコムバンドで装着し、周囲に設置した測定器を利用して人の動きを詳細に観察する仕組みである。学会では企業による高価なこのシステムのデモが行われていた。価格は一式1000万円の単位なのでこれも個人的には家内工業には向かないと判断した。興味をもったのはマイクロソフトのゲームマシンXBOXに接続するKINECTである。展示ではキネクトを使って複数のデモが行われていた。リハビリに利用する一種のゲームが2種類、医療教育を目的とした人体の断面を見せるデモが1種類だった。KINECTはITの家内工業には最適と判断した。
VR2012風景
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2012/3/15 木曜日

カリフォルニア旅行(5)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 8:23:06

ホテルでエレベータに乗ったとき恐らく米国人の年配ご夫婦が声をかけてきた。日本のどこに住んでいるかという。東京と答えた。昨年の3月11日東日本大震災でその後どうなっている?と質問された。あらゆることに時間がかかっている、と答えた。エレベータに乗っている短い時間だったが、頑張ってね!と言ってくれた。
参加したVR(Virtual Reality)会議が企画したバンケットでも、隣に座ったドイツ人から福島の話がでた。日本では原発がほとんど全て停止し、これから迎える夏は大変だろうと話した。ドイツでは原発を廃止することになったと聞いているが?と尋ねると、グリーンパーティは矛盾する政治活動をしているという。原発については廃止を主張しているが、同時に新しい発電所を作るための土地造成についても環境を守るためと言ってこれも反対しているのだそうだ。福島の原発事故は世界中から注目を浴びている。ホテルのテレビ45チャネルではNHKテレビの国際チャネルが流れていた。カンボジアから日本に難民として非難してきた男性が津波被害の被災地で活動している様子が紹介されていた。
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74号線の展望台から見たLake Elsinore

旅行中の楽しみは食事だ。旅行中手軽な食事場所を探すとほとんどがメキシコ料理だった。タコスと呼ぶ餃子の皮を4倍くらい大きくして焼いたトウモロコシの皮で色々な野菜を包み、スパイシーな味付けをしている。一つ6ドル程度の料金で、他にドリンクは?と聞かれる。日本のフリードリンクと同じような仕掛けだが、プラスティックの大きなコップを渡され、自由にマシンからコップに注ぐ。マシンはコカコーラが独占しているようで、コカコーラとスプライトが大きな顔をしており、好みのドリンクが無い。日本でもコカコーラがマーケットシェアを伸ばしている印象だが、カリフォルニアと同じ状況になって欲しくないと感じた。ドリンクは3ないし4ドルで日本のフリードリンクに比べると高い。ビールも同じ程度の料金なので、地ビールを飲んだ。サンフランシスコのビールはキャラメルが入っているのかもしれない甘く粘っこい味だった。

2012/3/14 水曜日

カリフォルニア旅行(4)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 2:38:07

サンタアナで車を借りて海岸はどちらの方向と聞いたら、すぐ行けるよという返事だった。一般道をまっすぐ走って直に海岸が見えてきた。気候は涼しいが太陽の光が強くまぶしく感じる。海岸線にはいくつものビーチが並んでいた。ビーチごとに砂の色、海の色、海岸線の陸地の岩、海岸線に並んでいる家々の形、海岸線の崖の上に並ぶ高級住宅街の街並みと少しずつ違いがあった。ビーチを歩いていると、ここはプライベートビーチなので、所有者の許可が無いと入れないという看板があった。知らずに歩いてしまったがビーチの所有者に巡り合ったら何か言われたのかも知れない。
ビーチに近づくと標識があった。海の生き物を採取してはならないという表示だった。海辺では肌を焼いているカップルがいた。大きな鳥が海に浮かんでいると目を凝らしてみるとペリカンだ。ペリカンの集団が飛んでいた。サーフボードを大きくしたような板の上に立ち、長い櫂で漕いで海の上を歩いている(実際には立ったまま)複数の若者を見かけた。海が穏やかだからできる海のスポーツで、そのまま浜辺に到着し、そこで昼寝をしていた。
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カリフォルニアの海岸線

船が沢山渓流されている港に近づくと、道路が狭くなり、至る所の道路わきに車が駐車している。駐車ができる場所には道路に四角い白枠が書かれていて、標識には曜日と時刻で駐車ができる条件が表示されていた。ビーチの人通りが多い場所ではレストランに来たお客の車が沢山道路わきの有料駐車場を使っている。メータに25セントのコインを入れると15分の駐車時間が表示される。さらにコインを入れると駐車可能時間が増える。食事の後にビーチを散歩しようと考えて後からコインを追加した。
山道をドライブした。森という表示でもほとんど大きな木を見かけない。カリフォルニアはその昔は単なる荒地だったのだろう。山道は片側1車線で急カーブが沢山あった。日本の山岳道路とおなじような印象だった。追い越しはほとんど禁止のようで中央に黄色い連続線が引いてあった。時々ターンアラウンドが何マイル先にあるという表示を目にする。遅い車はターンアラウンドで車を右に寄せ、後続の車を先に行かせるのがルールのようだ。
山岳道路を走っていてまた道を間違った。途中でインフォメーションセンターの標識を見つけたので立ち寄って道を教えてもらうことにした。このインフォメーションセンターはトレッキング旅行者が立ち寄る場所だった。料金を支払って山に入る。センターは標高が1000メートル程度だったが、なだらかな山々で眺望が広々としていた。

2012/3/13 火曜日

カリフォルニア旅行(3)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 10:09:02

レンタカーでサンタアナの道を走った。右側通行だから注意しなければと慎重に他の車の様子を見ながら運転だ。信号のある交差点で赤信号でも右折している車を見つけた。左から車が来なければ「右折可」のルールで曲がれるようだ。右折可の表示は見当たらない。赤信号でも交差点に進入して右折するのは勇気が要ったが段々慣れてきた。
道路は広くショッピング街にはどこでも広い駐車場がある。ホテルの立体駐車場は一泊10ドルかかった。通常価格は20ドルだそうで、会議参加者へのディスカウントだそうだ。
ルート5の高速道路を何回か走った。高速道路は最高65マイルで、ほぼ100キロメートル毎時でそれほど速くないが、それでも最初は若干の恐怖感があった。ルート5に乗るときは普通の道路を走っているときに道路標識や道路標示にサウス方面、ノース方面の表示がある。その車線に乗ればそのままルート5に入るのでわかりやすい。
ルート5から一般道路に降りるときは、走行中に頭の上に次々に現れる道路標示とにらめっこが必要だ。ルート5と交差する道路の名前がひとつ前の道路付近で表示されている。道路の名前を調べるために道路際に停車できるのかどうか分からなかったので、走りながら道路地図とにらめっこだ。ルート5の側道で停車している車を何台か見かけたが、故障など非常事態以外の停車は認められていないと感じた。
英単語で色々な道路名が標示されすぐに記憶することが難しい。道路名と地図上の位置関係が頭に入っていないと正確に運転できない。ディスニーランドなど有名な観光地名は高速道路上に標示が出てくるが、ホテルに戻るときは道路名しか手がかりが無く、何回か道に迷った。幸いマッカーサー道路がホテル周囲を走っていた。マッカーサーは第二次世界大戦で日本を占領した元帥の名前なので、容易に覚えられた。ホテル付近で道に迷うとマッカーサー道路を見つければホテルに帰ることができ、マンカーサー元帥に助けられた気分だった。

2012/3/11 日曜日

カリフォルニア旅行(2)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 17:46:16

ロサンゼルス空港から目的地のサンタアナのホテルまで乗合シャトルで行くかタクシーで行くか空港で判断に迷った。空港到着ロビーの案内所で聞くと、そばの出口を出て左側に乗合シャトルがあると教えてくれた。いくら?と聞いても分からないようだった。扉の外に出て標識を見てもどちらに歩いていけばよいか分からない。二人で迷って立ち止まっていると案内所で話しかけた年配の男性が出てきて、指さして教えてくれた。
シャトルの停留場には青い作業服を着た男性が居て、ホテルの名前を告げた。男性は携帯電話を二つ持って連絡を取り、表形式のメモに手書きで書きこんでいる。次々に青く塗られたバスが到着した。シャトルバスは10人乗り程度の大きさで、行き先地域別にお客を拾って出発する。しばらく待って、20分ほどだったと思うが、サンタアナ方面のシャトルに乗った。お客は我々を含めて日本人4名だった。最初に下車した若い男性は住宅街で降りた。ホテルでなくても住所を教えると連れて行ってくれるようだ。
次に我々のホテルに到着した。
ホテル滞在後直にレンタカーを借りることにした。国際免許証は持って行っていたが、最初は米国で運転することに躊躇した。けれど米国では車がないと行動に制約が多い。仕方なくレンタカーを借りることにした。ホテルのフロントにレンタカー会社直通の電話があった。土曜日の午後と日曜日はオフィスはしまっているとメッセージが流れた。平日でも9時にならないと電話はつながらない。不便なレンタカー会社だ。
朝10時ころレンタカー会社の車が迎えに来てオフィスに行った。借りた車はホンダアコードだった。乗るときにガソリンメータがほぼゼロになっている。自分で近くのガソリンスタンドにいってガソリンを入れるように言われた。初めて米国で車に乗るのでガソリンの入れ方が分からない。訳を話してレンタカー会社の人にガソリンを入れてきてもらった。タンクの半分をメータが指してた。レンタカー会社は、ガソリンを満タンにして車を貸すということは考えないようだ。
結局自分もガソリンスタンドで給油する必要が生じた。セルフが普通の様で、スタンドに入ったが給油の仕方が分からない。最初に入ったガソリンスタンドは給油マシンにお金を受け付ける機能がついていた。20ドルを入れて給油した。2番目に入ったスタンドは、我々が横付けした給油マシンに張り紙がしてあり、この機械は店の中でお金を払うこととあった。店にいって20ドルを支払ったら給油できた。3番目に入ったスタンドはマシンがお金を受け付ける機能がなかった。お店に行ってマシンの番号を知らせお金を20ドル支払うことで給油ができた。
安いガソリンスタンドを探すなどという心の余裕はまだない。給油ができただけでホッと一安心だ。

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