2016/1/1 金曜日

72歳6月の正月

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 21:10:19

72歳半の正月を迎えた。ディズニーランドのカウントダウン花火を自宅の玄関先から昨年正月と同じように眺めた。次々に色彩を変化させる花火、三角や四角の花火、終わりに近づくと多色の花火と、毎年豪華さが増している。紅白では最近の流行にまったく関心がないせいで、「こんな歌も流行したのか、という2015年まとめて復習」の歌番組である。ケバケバ、騒々しい音楽が次々に流れる中で「よいとまけ」だけは心に沁みた。「父ちゃんのためならよいとこーら、母ちゃんのためならよいとこーら」は、我が親の世代が第二次世界大戦に敗れてのちの貧乏で苦しい時代に頑張った歌声だった。わが身は大戦中に生まれ、親が苦労したことは間違いない。母が父の職業は国家公務員で2週間ごとに間違いなく給料が支払われるから助かると話していた。それでも、給料日が近づくとご飯にコロッケ1個の食事で済ますことが多かった。「よいとまけ」の歌詞にあったように、高校を卒業し、大学も卒業して、エンジニアを職業とする平和な時代を過ごした。全て父、母の苦労が報われわが身の幸せとなった。父母は既に他界している。現在は子供3名、孫が2名だ。「よいとまけ」の歌を孫たちは「分かるかな?」と連れ合いに話しかけた。「無理だろうね・・・」

2015/12/25 金曜日

退院後(4)

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 13:52:30

さて10月に2回入院し退院してから2月と1週間が経過した。左手手首を動かすと違和感や神経の痛みを感じていたが、ほぼ正常状態に戻った。左手に力を入れて動かすと痛みを感じることが多かったので、この痛みは死ぬまで付き合わなければいけないのかとも思ったし、いや筋肉の痛みが発生しているのは体が回復に努力している証拠だから痛みを感じても手首を動かす訓練を継続すべきだとも考えていた。痛みを感じても少し無茶をしてみようと、家の中に自作したぶら下がり鉄棒を使って懸垂のまねごとを何回か行った。最初はぶら下がるだけでもやっとだった。そのうち少しは肩に力を入れて体を持ち上げることができた。毎回手首には強い痛みを感じた。最近懸垂の半分ほど気合を入れて体を持ち上げた。その結果、右側の首の筋肉がつった状態で一週間ほど首を左に曲げるのが不自由だった。気合を入れることで、首の筋肉に不自然な力を加えた結果であろう。そして、最近は長いこと感じていた左手の筋肉の痛みはほぼ消えた。体の関節に強い痛みを感じて医者に駆け込んだのが10月で今日は12月25日である。今回の経験は、急に体に発症した病原菌「蜂窩織炎」が原因で回復まで3月かかることを知ったことである。また体の関節の痛みと筋肉の痛みの強さを知ったことである。健康寿命の平均71歳を過ぎて、72歳では2種類の体のトラブルを抱えながら72歳半まで達した。現状はお医者さんに数か月おきに相談しながら自立して生活できている。2016年は73歳を迎える。次のトラブルは何だろうか。次々に強敵が現れる人生ゲームに立ち向かう勇者の気分である。

2015/11/20 金曜日

退院後(3)

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 20:25:50

二つ目の病院を退院して4週間と4日が経過した。体調は非常にゆっくりと回復している。1週間前の週末は恐る恐る4kmを一日間を開けて2度ジョギングした。時々歩きながらである。主観的な印象ではジョギングで体の血液循環を活発にすると手足に感じていた重みが徐々に減少している。左手首は反り返るように曲げると痛みを感じていた。腱や筋肉は痛くても伸ばした方が回復すると思っていたが、今回の病気では逆効果だった。そこで、左手の手首や指先を色々な方向に動かしたり力を入れたりしてみると、手を握る力の入れ方、特に小指に力を入れるときには全く痛みを感じないことに気が付いた。この方法で左手のトレーニングのつもりで気が付くたびに左手を強く握ることで、従来感じていた左手を使った時の痛みが徐々に減少してきている。高齢になると手足に感じる痛みと死ぬまで付き合わなければならないのかと思ったが、回復の方向が見えてきたので、若干の希望を感じる。最近まで左手は痛みを感じて鞄を持つのがしんどかったが、今日の外出では左手で鞄を持ち、たまに重いと感じたが痛みはなかった。完全回復にはまだ数か月かかるのかも知れない。今日は小雨が降りそうな曇天だったが、久しぶりに7kmをこれも恐る恐るジョギングしてみた。7kmの周回コースでは海岸線の土手などで走る速度を上げるインターバルトレーニングもどきをしている。本日は最後の100mで時速11km程度だったので、足はかなり回復してきたと感じた。今後はジョギングの距離を伸ばせるか、左手が懸垂できる程度の筋力を回復できるか、徐々に試してみよう。

2015/11/7 土曜日

退院後(2)

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 12:47:50

二つ目の病院を退院して2週間と4日が経過した。左手甲のふくらみはほぼ回復したものの、手首周辺に若干膨らみと痛みが残っていた。関節の動きに伴う重さや腱の痛みが、膝、足首、右肩、手の指、など各所に順番に感じられた。それも体中を行ったり来たりしながら、ゆっくりと回復してきているように感じられた。抗生剤や痛み止めの服用を中止するタイミングについて迷ったが、最近の一週間は服用を中止して様子を見た。体調は多少の変動はあるものの維持できているので薬の服用を中止したタイミング判断は正しかったというのが当面の結論である。次のタイミング判断は運動の再開である。退院後2週間経過した文化の日に試しに家内とディズニーランドホテル街の周囲を散歩した。およそ5キロである。不安定ながら歩くことはできる。ジョギングの姿勢で手足を振ると、関節と筋肉が痛みと重みを報告してくる。長年ジョギングをしてきた経験から、この感じはバイキンの後遺症というよりは、一月間運動をしなかったこと、入院で寝ていた期間が長かったこと、が原因ではないかと思った。しかし、運動不足の感覚よりは別の負担を感じたので、もしかすると点滴を二つの病院で約10日間受けたことによる後遺症かも知れないとも考えるようになった。蜂窩織炎はバイキンが体内に入ったことで発症するので、バイキンが全身を回り、特に頭に侵入されたら大変だと素人考えから入院しての点滴治療を選択した。確かに点滴は効果てきめんであった。今後も、入院して点滴を受けるのか、それとも自宅療養を選択するのか、迷うことになりそうだ。5キロの散歩で体調が崩れることはなかった。そこで4日後の土曜日に意を決して散歩兼ジョギングトライに挑戦した。これもディズニーランドホテル街を周回する6キロコースとした。天気は快晴で温暖な爽やかな微風が吹いていた。平均時速6キロ強とGPS時計が記録していた。ある程度体を動かすことができるという確認が取れた。

2015/11/1 日曜日

退院後

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 17:50:25

火曜日に退院し、一週間後の月曜日に退院した病院で診察を受けた。一見したところ左手甲の膨らみはかなり平常に戻っていた。しかし病原菌は体のあちらこちらで最後のあがきをしている感じがあった。抗生剤は指定された通り毎朝飲み続けた。担当医にまだ浮腫みが左手に残っていることと痛みを感じることがあると話した。医者は痛みを感じるときには鎮痛剤も飲むようにと薬をくれた。診察は2週間後の月曜日に予約となった。その後3日ほど手首などの痛みが続いたので結局飲みたくない鎮痛剤も日に一度ないし二度飲んだ。痛みを感じて夜中に起きる回数を減らす目的だった。少し仕事をしたところ、悪い兆候が左手に現れた。また左手の甲が膨らみ始めたのだ。入院する前ほどではないが、再発しているのでは、と心配になった。蜂窩織炎は実にしつこい。入院して点滴で回復したように見えても、自宅で療養していると、ほとんど改善の兆候が見えない。しびれを切らして少し仕事をするとまた元の病状が左手の甲に現れる。左手は指先は動くものの、痛みのためにほとんど力を入れることができない。やわらかい温州ミカンの皮をむくのに痛みを感じるのだ。風呂に入る時も左手をかばいながらなので、右手だけで体を洗う。このまま、力の入らない左手と残りの人生を付き合わなければならないかと、半分覚悟をした。普段ほとんど買い物をしないスーパーの中の薬局に行き、痛みの張り薬のコーナを探した。病院で処方された湿布薬も置いてあったが、それ以外にも腰や肩の痛み止めの湿布薬が沢山並んでいた。どれにするか迷ったが一番目につく棚の上に置いてあったボルタ何とかを買って、痛みがあって力が入らない左手に貼った。何とビックリ、それまで回復の気配が感じられなかった左手甲のふくらみと左手関節の痛みが引き始めた。(これはテレビのコマーシャルではない。実際に私自身が経験した。)もしかしたら、左手はもとの力を取り戻すかも知れない。

2015/10/20 火曜日

入院(8)

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 7:00:46

二つ目の病院も4日間入院して退院できることになった。病院のベッドで寝て、首が寝違いた感じの凝りを感じるし、点滴を打った右手肩や腕にだるさと痛みを感じて動かすのがおっくうである。左手の異常な膨らみは回復したが、これらが病院のベッドが固いせいか、それとも点滴が原因か分からない。退院後に飲まなければならない薬が2週間分以上看護師から渡された。ばい菌に感染すると長い時間薬処方が必要なようだ。入院中5階の窓から眺める南の空は毎日気持ちの良さそうな快晴であった。真正面にスカイツリーが見えるが霞んで見えることが多い。ジョギングに最適の時期に長期間入院して残念だった。目の前のアナログテレビのアンテナにはいつも鳥がとまっている。つがいが近くのビル屋上の換気扇排気口を調べている。昨日は遠くにハトの群れが旋回していた。今日も朝日が差し込み始めた。

2015/10/19 月曜日

入院(7)

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 2:55:48

2番目の病院に入院して3回目の夜になった。今日は日曜だったが左手の湿布の取り換えと2回の点滴を看護師がしてくれた。昼には家内が見舞いに来てくれた。この病院ではバインダーに紙を挟んで、病室においてあり、朝昼晩三回の体温、排尿・排便の回数、食事の量を自分で記録するよう促される。食事のメニューも前の病院より工夫していて美味しい。食事の量については10点満点で完食の場合は10としてスコア―を記録する。入院してから全て10である。体温も全て36度台だ。膨らんだ左手はほぼ正常な状態まで回復したように見える。痛みは感じない。ただ体を支える力は出てこない。入院すると病室の中だけの生活になるので、お隣さんがどのような人か全く関心がなくなる。隣の部屋はシャワー室になっているので、誰かがシャワーを使うと壁から控えめな騒音が長い間聞こえる。病室で暇をつぶす手段は、寝ること、テレビを見ることが主だが、寝てばかりでは体の動きが悪くなる。立ち上がったときに手足の関節が動きが悪いし、重く感じる。暇つぶしで効果があるのが仕事だ。EXCELを使ってデータから表を作り、結果をPowerPointに貼って資料を作ると時間が早く経過する。ネットでYouTubeに紹介されているCADの使い方を少し勉強した。こちらは頭がすぐに疲れてしまった。効果的な睡眠薬だ。

2015/10/17 土曜日

入院(6)

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 21:34:51

入院のハシゴになってしまった左手が異常に膨らむ病気の名前は「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」という病気らしい。WIKIの説明では「基本的には黄色ブドウ球菌などによる皮膚感染症である。感染部位は真皮から皮下脂肪組織である。顔面、四肢に好発し、境界不明瞭な局所の発赤、腫脹、疼痛、熱感が急速に拡大する。」とある。顔面に発症せずに助かった。左手に強烈な痛みを感じている状態でも体温は37度以下で経過した。左手の指は5本とも正常に動き、パソコン操作にはほとんど不自由さを感じない。左手は甲が膨らんでいるが、昨日から再開した入院点滴の効果で痛みは感じない。したがって症状は軽度の炎症の範囲であろうと考えている。入院診療計画書の推定される入院期間には「10月16日~未定」とある。今回の入院でも一日2回に分けて抗生剤の点滴を受けている。一回は約30分で終了する。体の中に細菌が入って細胞を殺しているらしい。関節の間に最近が入り込むと治療が困難になるので、早急に治療することを勧められた。大学病院に転院して診断を受けることも考えたが、その場合には最初受信した病院の医師に紹介状を書いてもらう必要があるらしい。大学病院に直接行くとあまり相手にしてもらえない病気らしい。つまり大学病院で治療が必要なレベルの難しい病気では無いというのが一般的な考えのようだ。わが身について言えば、あまりにも痛みが続くので希望して入院して点滴を受けた。この病気は皮膚科専門医のお話では500名に1名程度のあまり一般的では無い病気なので、一般の整形外科では治療方法が抗生剤によるありきたりの処置しか期待できないようだ。今度入院した病室は5階で、南に面した窓からスカイツリーがぼんやりと見える。さて何時になったら退院できるのやら。

2015/10/16 金曜日

入院(5)

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 20:34:54

最初の病院に入院し5晩過ごし左手の異常な膨らみも点滴の効果でほぼ消えたので退院した。抗生剤の薬と痛み止めの薬も処方してくれた。自宅に戻っての夜、左手はまた激しい痛みが感じられ翌日にはまた異常な腫れが復活していた。つまり入院前の状態に戻ってしまった。点滴から薬の服用に変えたために一時的に膨らんだのかもしれないと、一日我慢して様子を見た。二晩自宅で過ごしたが左手の異常な膨らみは変化なかった。そこで仕方なく別の病院を知人に紹介してもらい、自宅近所の病院をあきらめ、電車で1時間以上かかる病院で診察を受けることとした。今度はMRIを装備している近代的な建物の病院だった。ここでも何がきっかけで左手が膨れましたかと何回も質問を受けた。経緯は説明したがきっかけとしては直接の原因は思いつかないと何回も説明した。結局再度点滴が必要であると入院を勧められ、また入院することになった。検査では血液を普段の血液検査3回に相当するのではないかと思われるほど採取し、MRIで手首の撮影、レントゲンでは胸、左手首、右手首を各々向きを変えて2回ずつ撮影した。その後再度診察があり左手の膨らみに注射針を刺して薄赤色の液体をもみだしていた。たまっている液体の成分を調べるという。人生で初めて入院のハシゴとなった。

2015/10/13 火曜日

入院(4)

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 21:26:52

病院で診療を受けてから5日経過して左手の異常な膨らみが正常と思われる状態まで萎んだ。明日退院になったが抗生物質の薬を与えられ次の土曜日に診察することになった。入院してベッドで寝ていても夜中に何回もトイレに行く。これは一種の持病になってしまったから仕方がない。廊下の向かい側に入っている高齢の患者はどうしているのかと疑問におもった。今朝掃除のおじさんが話していた。土曜を含めて3日ほど休日だったので、掃除の作業は紙おむつがどっさり出たそうだ。病院ではいくつかの最新電子機器を目にした。受付では赤外光を額に照射して対応を計測していた。人に触れることなく、短時間で計測できるので便利とのこと。ただ機材が高価なので普段の検温は従来型の体温計を使っていた。膀胱にたまっている尿を計測する超音波センサーは初めて見た。ベッドは電動で背もたれを簡単に起こすことができた。小さな冷蔵庫にはペットボトルと乳製品などを少々入れるには十分であった。ただ建物がかなり古い、昭和の匂いがする。まあ吾輩にはお似合いかも知れない。

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