2015/7/29 水曜日

回転寿司の無料サービス券

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 22:44:15

昼食を外食で済ませることが週に2ないし3回ある。1年以上前はサラダの大盛りが気に入ってサイゼリアに通っていたが、メニューが変更になり小さなサラダしか選べなくなった。最近は古淵駅近くのイトーヨーカドー建物内の食堂街にある回転寿司が気に入っている。12時過ぎると順番待ちになるのでなるべく11時半ころ到着するようにしている。高齢者にとって回転寿司が気に入る理由は、料金がお皿単位に明確にわかることである。体重を気にしながら昼食では5皿までと自分に言い聞かせている。この回転寿司はレジでサービス券をくれる。次回の昼食で無料で汁などを選べるのだ。そこで、無料券が常に事務所の机の上に置いてあり、仕事の最中にも目に入るので、毎週回転寿司屋に出かけるきっかけとなる。無料券に喜ぶのは昭和生まれだからかも知れない。
今日も暑い一日だった。昼食を食べた回転寿司で料金を支払うレジで順番待ちをしていたら、4名の東洋系の外国人が手間取って手続きをしていた。やっと終わったなと思ったら、レジから受け取ったサービス券について何やら相談している。私が毎回使っている、次回来店時のお汁無料サービス券について頭を寄せ合い、「これは何だ?」と相談しているようだ。すると突然、私の前にいた年配の小柄な女性がサービス券4枚を私に差し出した。無言ですが私に「あげる」と言っているようなのでThankYouと言って受け取った。4人連れは日本を旅行中の外国人のようだった。相模原の古淵のような田舎のスーパーにも旅行客が来ているのだ、と知り、枚数が増えても使い道の無いサービス券をもらって、何故かうれしく感じた。

2015/7/6 月曜日

「なでしこ」の日米決戦

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 18:06:47

ワールドカップ2015の優勝決定戦がTVで放送されていた。試合が開始されるとあっという間に2点取られてしまった。なでしこの足元をすり抜けるシュートだった。サッカーでは2点差はほぼ試合を決定づけるので、「これはダメだ」と家内はTV観戦をあきらめてしまった。8時半まで寝坊していた私は後半戦をTV観戦することとした。負けが見えていてもなでしこの戦い方に興味があった。米国チームとなでしこメンバーを比較すると、体格はあまりにも違う。昭和の感覚ではそもそも試合にならない体力差が歴然としている。スポーツの世界では欧米の考え方は体重で対戦のクラス分けをする。柔道が代表例だ。しかし日本の伝統は体力で区別しない。先日NHKで紹介されていた日本一を決める柔道大会では体重による区別をつけていない。体力面で劣っていてもなでしこは後半戦も頑張っていた。米国となでしこは実力差が歴然としているという見方もできるし、点差は5対2と開いたが実力は伯仲しているという見方もできそうだ。どんなに運が良くてもワールドカップで決勝戦まで戦うチャンスを得ることはとてつもなく難しい。澤選手はそのチャンスに恵まれた。次の世代のなでしこがまたワールドカップで活躍できるかどうかは疑問符だ。歴史が証明している。私が学生時代に東京オリンピックが開催され、日本のバレーボールは金メダルを獲得した。しかしその後女子バレーボールがなでしこほどジャーナリズムに囃されたことはない。昭和の世代から見ると「東洋の魔女」が産まれ代わって「なでしこ」となった。東京の魔女、なでしこ、の日本女子スポーツの伝統は、次にどの競技に引き継がれるのだろうか。若者がスポーツで活躍しあきらめない戦いを見せてくれるのは感動そのものだ。

2015/6/15 月曜日

運転免許の更新

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 9:25:22

72歳の誕生日を迎え、一日前に運転免許の更新に行くことにした。70歳代に入ると以前の運転免許の更新に加えて「高齢者講習」の修了証明書が追加で必要だと郵便で案内があった。「高齢者講習」は民間の自動車運転教習所が委託されて行っているそうで、予め予約が必要であった。定員に制限があり、複数の教習所に問い合わせてやっと予約した。誕生日の一月前に予約したので、1月間待たされることになった。運転免許教習所に行くのは何と半世紀ぶりである。私が講習を受けた教習所は町の外れ、清掃工場のそばにあり、半世紀前に免許試験を受けた教習所とそっくり同じ印象を受けた。今回の免許更新では心配毎があった。左目の視力が低下しており、無事に合格できるかどうか。予め眼鏡屋でドライブ用に眼鏡を調整してもらった。講習には9名の高齢者が参加し、3組に分かれて運転実習があった。教官は運転中にしきりに話しかけてくる。受け答えしながら運転した。最初に普段運転している車の車種は何か?と聞かれた。頭は直ぐに答えを出さないが何とか答えることができた。同乗する他の二人の内一人は思い出せなかった。「痴呆初期段階」のレベル測定をしているかも知れないと感じた。車庫入れは3度ほど縁石に乗り上げそうになりやり直しをした。教室では視力の検査装置、模擬運転の評価装置があり、機械が測定結果を印字した。動体視力は30-59歳の平均相当とありOKだった。周囲の明るさが大きく変化する時の視力回復時間は70-74歳には平均であったが30-59歳と比較するとやや劣っているとなった。視野測定、眩光下視力も若者対比では低下していた。運転適性検査は「状況の変化に対する反応の速さと正確さ」試験で、反応の速さが同年代に比較しても遅いと評価された。渡されたデータを見ると20回の試験の内1回が規定時間を超過していた。その代わり「複数の作業を同時に行う能力」では若い人に負けないランク5の評価だった。一緒に運転試験を受けた二人は今も現役で仕事をしている。講習で受けた視力測定と運転能力測定はディジタル数値で若い人との能力の比較を表示してくれる。これは社会問題になっている高齢者の医療費支出を抑制する一つの有効な手段になると思った。例えば、60歳代に入ったら自治体が定期的に視力や運動能力を測定して本人に通知する。そして、健康維持に努力していると評価されたら賞状で褒める、である。団塊の世代は社会で競争してきた。きっと健康競争にも前向きに取り組むに違いない。

2015/5/29 金曜日

健康寿命

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 9:13:13

日本人の男性は平均寿命が80歳、健康寿命は71歳という。現在71歳で72歳になる6月が目の前である。最近友達と話す機会があると切り出すのは健康寿命のことだ。同じ年代は、平均寿命について知っていても、健康寿命についてはあまり知らないようだ。健康寿命とは一人で生活が送れる、買い物や料理・食事が自立して一人でできること、と知っているかい?と聞く。直に72歳になるので、健康寿命はお終いだ。一人で生活できなくなるのかな?と友達に話す。半分冗談のつもりでの話だが、誰も笑い飛ばすような反応はしてくれない。息子の世代は、元気づけのために「80歳代でも元気な人を見かけるよ」と言ってくれる。今週末に小学校の同窓会に参加する予定だ。卒業後60年、同窓会の案内状に「これが最後の同窓会になるかも知れないので是非参加してください」と文言があり、それもそうだ、と参加してみることとした。同窓会に参加したら、まず自らの名前を名乗らないと顔を合わせた小学校の友人は自分が誰なのか分からなかろうと鏡を見て思う。「最後の晩餐」ならぬ「最後の同窓会」に出かけても話題をどうしたものか。頭の中には、小学校の頃の記憶は確かに残っている。今は消えてしまった木造校舎、小学校まで駅から歩いた道、成績の悪かった友人、頭の良い女の子。戦後70年は小学生時代に予想した第三次世界大戦が起こらなかったおかげで、予想外に幸せな生活を送ることができた。ありがとう。国会では自衛隊の位置づけについて議論がなされているが、平和な時代が続くことを願いたい。

2015/4/30 木曜日

戦後70年安倍首相の米議会演説

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 10:46:33

本日2015年4月30日読売新聞朝刊は安倍首相の米議会での演説関連記事で埋められている。昨晩のNHKTVニュースでは首相の米議会での演説の様子が流れていた。これらのニュース記事から安倍総理は小泉元首相の劇場型演出を上手に利用していると感じた。マスメディアは中国と韓国が過去の歴史に対して謝罪するかどうか注目しているとしており安倍首相の文言に気を取られていたようだ。NHKは安倍首相の演説の途中でこんなこともありましたと硫黄島で戦った日米の当事者の議会内での握手を報道した。この場面が第二次世界大戦中に産まれて現在71歳のわが身にとって最も印象的だった。読売新聞3面にこの二人について「太平洋戦争の激戦地だった硫黄島に上陸した米海兵隊中将と硫黄島の戦いを指揮した栗林忠道中将の孫にあたる新藤義孝・前総務相を紹介し」とし「熾烈に戦い合った敵は、心の紐帯が結ぶ友になった」と和解を強調と報道している。NHKTVニュースでは年配の元米海兵隊中将、おそらく90歳代がニコヤカに握手をして、議会に向かって恥ずかしそうに手を振っている仕草から元中将の穏やかさと平和の有難さを感じた。翻って沖縄の現状を考えると沖縄戦当時の感情がそのまま凍土のように残っている。難しいことは重々承知だが、安倍首相の実行力は歴代内閣よりも数段上だと感じるので、翁長知事も安倍首相を上手に利用し、そして最後は沖縄戦の米軍指揮者と和解の握手ができるようになって欲しい・・・と思う。

2015/3/21 土曜日

メルケル首相の言葉

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 9:06:35

少し時間が経過したが、メルケル首相が久しぶりに日本を訪問し、第二次世界大戦後に近隣諸国と仲良くすることの大切さを話してくれたことが、大変良かったと思う。安倍首相が戦後70年談話に独自色を出したいとしてどのような文言になるのがジャーナリズムが騒いでいる。安倍政権が誕生してから中国、韓国と政治レベルで険悪な状態が継続していて、尖閣諸島、竹島の問題でデッドロックに陥っている状態だった。しかし最近は中国との関係が実質的に変化してきていると感じている。旧正月で中国人旅行者が沢山日本を訪問して買い物し、日本経済向上に貢献してくれている。中国と日本の防衛当局者同士の定期的な情報交換の場も設けられたとニュースで紹介していた。中国主導の国際金融機関設立に欧米の国々も参加し始めている。中国は尖閣諸島の件で政治的な対立点があるものの、実質的には国際経済の面で実力を蓄えつつあり、その影響力を無視することは不可能であると感じざるを得ない。だったら、安倍首相の戦後70年談話で古い日本人のプライドを取るのか、それとも今後の日本の若い世代にとって望ましい近隣諸国との友好関係とりわけ経済面での協力関係を選ぶのかといえば、友好関係である。安倍首相は公人であるから、現代の日本人を代表した発言であると同時に昔の日本人が失敗した事実を懸念なく認めることもしてほしい。なぜなら、そのことで次の世代に負の遺産を少しでも減らせるからである。メルケルさんの言葉が多くの日本人の心を揺さぶったと思う。

2015/2/25 水曜日

西川大臣の責任追及

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 20:38:48

国会で論戦が始まったとたんに、西川大臣が辞職した。2月24日のニュースでは来年度の予算成立がスケジュール上難しくなったと報道している。政治資金規正法違反だから国会で責任を追及するのは当然だとしているようだが、責任追及を居丈高に主張して野党は予算審議という本来の業務をおろそかにしている。日本の国会はこのような無駄な時間に明け暮れるといういつものパターンにまた入ってしまった。いっそのこと政治資金規正法に違反した疑いが認められるときには、時間制限付きで責任追及の議論をして、2時間も議論したらその先は国会での議論はやめにして検察に任せることと法律で決めたらどうだろうか。
民主党の議員が先のイスラム国による日本人殺害事件について政府の責任を追及している様子もテレビで見た。私は政府の対応は良かったとの印象をもっている。法人保護の責任が日本政府にあると言ってもイスラム国のような乱暴な振る舞いで目立とうとする相手に今回以上の対処は不可能である。政府幹部が選挙活動をしていたために法人保護の手抜かりがあったのではないかという追及の仕方は、民主党が置かれた苦しい立場そのものを如実に示していると感じた。民主党がイスラム国を非難したら国民の支持を得られるだろうが、この件で政府を非難することが国民の支持を得ることにはならないだろう。むしろ些細なことを大げさに取り上げている様子から政治を任せるレベルにはない政党であるという印象だ。
戦争中に生まれたわが身にとって戦後70年は平和な日本であった。私は憲法9条平和憲法に守られてきたと感じているし、9条は大切だと思ってきた。しかしISISにしろ、ロシアのウクライナにおける戦争、それにテロが日常的な現代社会では9条を俗人が守り続けるのは困難ではないかと感じ始めている。安倍首相が進めようとしている憲法見直しの方向を世界が後押ししていると感じてしまう。

2015/1/3 土曜日

キッシンジャー氏の提言

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 18:06:21

91歳キッシンジャー氏の提言が1月3日土曜読売新聞トップページに「日本の役割 熟慮の時」というタイトルで掲載されていた。私が生まれたときには第二次世界大戦の真っただ中だったから、その後の日本の発展について71歳の現在不思議で仕方がないと感じることがある。それは最近のアラブ諸国における内戦や戦争である。戦争に負けた日本が繁栄し、そのような経験の無い国々で戦争が続いており、いつまでたっても平和な国を作ることができない現実がある。キッシンジャー氏はその様子を「米国が日本を作り直したのではない。日本自身が、自らの伝統的な価値観の中で、新たな状況、国際秩序に対応したのだ。」としている。昨年末に京都を散策する機会に恵まれた。タクシー運転手が京都は米国の有識者の希望で爆撃を免れたと話していた。西芳寺(苔寺)をはじめて訪問し、庭園の美しさを鑑賞する審美眼に欠けている我が身でも素晴らしく綺麗だと感じた。スティーブジョブスが家族を連れて苔寺を何回も訪れたと聞いて、我が身は日本人の伝統を知らないままに西欧の研究開発に追いつけ追い越せと仕事をしてきたことを知らされた。キッシンジャー氏の指摘では「日本は米国中心の連合国軍総司令部(GHQ)の権威を利用し、自らの力で国家の現代化を進め、復興を急いだ。」とある。日本の官僚に対して批判すれば議員が増えると考えている政党が野党にいるが、戦後70年間の実績は動かしがたい成果であろう。現在でも占領下のように米国基地が多数存在する日本において、荒廃した国土からどのように政策を進めて経済を発展させてきたのか、戦争の絶えないアラブ諸国に官僚の極意を伝えるミッション(インポッシブル?)が日本にはあると思う。世界平和を祈る!

2014/12/19 金曜日

野党の見識

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 20:37:21

衆議院選で自民党と公明党が圧勝した。そうしたらまたも野党は巨大与党に対抗できる勢力を結集しなければならない、という昔からの議論が復活したようだ。そもそも今回の衆議院選で野党が大敗したのは、民主党が政権を取った前々回の衆議院選挙後、無理やり考え方の異なる野党が見かけ上集結し、政権をとるやいなや「烏合の衆」の本来の姿を国民の前にさらしたことが原因であった。政党は政治に対する見識を一にする政治家の集まりでなければ政治はできない。このことは民主党が政権を取った数年間で国民は十分に知った。したがって弱小勢力の野党が集まって自民党公明党に対応する人数集めをしたところであの民主党政権が少し衣替えしただけで期待できない。むろん自民党公明党がおごり政治を始めれば他に選択肢のない国民はまた新しい衣替え民主党に政権を付託する可能性は残されている。しかし当面は安倍総理が分かりやすい説明を国民にしながら努力しているポーズが感じられ、一方の野党と言えば「烏合の衆」が再度「人集めの方策」があたかも政治のように発言している。このような状況だから個人的には賛同しかねる共産党が議席を伸ばしたのは当然である。政府の進める政策に対して何事も反対を発言するだけでも主張は終始一貫している。つまり烏合の衆よりは多少まし、ということが国民の投票結果を示している。今回の選挙で敗れはしたものの何とか選挙で選ばれ「人集め」について奔走する野党大物政治家を次回の衆議院選挙ですべて落選させることになる、新しい政党を立ち上げようという若者のグループが誕生することを期待したい。断っておくが現在の「次世代の党」ではない。未来を創造する若者の政党の誕生を強く期待する。

2014/11/22 土曜日

衆議院の解散

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 21:47:05

昨日国会で衆議院の解散となった。今回の解散は大義がないと野党が批判しているという。人生71年ほぼ浮動票、どちらかというと現政権に対立する野党側に投票してきた我が身であるが、今回は安倍さんつまり自民党に投票することに早々に決めてしまった。会社勤めを経験し、大学で教育にも携わり、大きな仕事は2年程度では完成しないことを重々経験してきたことがその理由である。日本経済を10年以上続いたデフレから脱却させるのは「今が正念場である」という説明にも納得する。他の理由は魅力的な主張や説明が聞こえる野党が全く存在しないことである。民主党は政権にあったときに散々ダメな政治を繰り返し、その民主党が安倍さんを批判しても民主党が実行できる政策があるはずがない、と全く信用できない。維新の党は江田代表がテレビニュースに登場するが、世話になったみんなの党から衣替えをして維新の党首になったような、つまり周囲の様子を見て自分の都合で転職を繰り返すような人材に信用できる人が居るはずがない、と切り捨てざるをえない。橋下さんが登場すれば若干印象が異なるが、江田代表は語り口から傲慢さを感じる。この人ならついていきたいというリーダの魅力を感じない。次世代の党は石原さんの出馬に頼らざるを得ない高齢化社会の典型だからといって、高齢者の我が身でも若い人中心の政党が好ましい。みんなの党は何をやっているのだろうか。渡辺さん一人になってもみんなの党として選挙戦を戦うくらいの気合が欲しい。渡辺さん一人のみんなの党が選挙の戦線を構築したら、部下に見捨てられて討死覚悟で必死に戦う渡辺さんのみんなの党に同情票が集まろう。個人的には自民党ないしみんなの党と選択肢が増え迷うかも知れない。

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