2014/4/19 土曜日

北陸の旅(4)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 21:36:23

4日目最終日は最初に車で能登半島方向に向かった。井上靖が若いころ物思いにふけったに違いない海岸を見に行くためだ。目的地は内灘町。広い砂浜が広がっていると想像した。あいにくの曇り空と強い風。立派な橋を渡ってこの辺りが内灘町と思ったが海岸線にたどり着く道路を見つけることができない。総合公園の駐車場に車を駐車させたら、海が見えて海岸沿いの道路を車が走っている。再度車に乗り込み海岸線沿いの道路を探して運転しているうちに工事現場で行き止まりとなり、適当に迂回したら有料道路に入ってしまった。仕方なしにしばらく走って途中で高速道路を下りてまた金沢方面へと逆方向に走った。内灘町の浜辺はあきらめて、今後は南へ下り那谷寺(なたでら)を目指した。那谷寺は最初読み方も分からなかった。お寺の入り口右手に小さな駐車場があった。門前町も寂れた印象で無名のお寺なのだろうと勝手に判断した。入場券を購入して参道に入ると立派な木々と苔ですこぶる印象が良い。冬場だから参拝者が少ないのですかと本尊脇の小さなお土産屋の女性に聞いたら、季節が良くなればバスで団体客も来ると返事があった。グルッと散歩したら松尾芭蕉の句碑があった。「石山の石より白し秋の風」 もしかしたら奥の細道を学校で習ったときに教わった名句かもしれない。那谷寺パンフレットに高野山真言宗別格本山と書いてあることに気が付いた。どうりで立派なお寺だ。
三重塔脇の小さなお堂に鎮座していた仏像
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2014/4/18 金曜日

北陸の旅(3)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 11:49:32

北陸の旅2泊目は私学会館兼六荘に泊まった。金沢城公園のふもとで兼六園に近くて観光には便利だ。3日目の朝兼六園の入り口を探して時計回りに適当に歩いた。塀が工事中の古い家の中を覗いてみると玄関周りや庭が整備されていて見学できるようだ。中に入ってみるとGoogle検索で黒門前緑地(旧高峰家・旧検事正官舎)と出てくる昔の有名人の家屋を移築した公園だった。当日3月6日は寒く「入っていいですか?」と聞くと高齢の男性がいろいろ説明してくれた。こちらが興味を示すと説明は延々と留まる気配がない。庭の木々には雪つりがあったが、「今年はどの程度雪が積もりましたか?」と質問したら、「ほとんど降らなかった」と返事が返ってきた。金沢市の多くの場所で目にする雪つりは金沢市から補助が出ていて観光客向けなのだそうだ。黒門から金沢城公園に入った。広々とした緑の広場が広がる。見どころは菱櫓と五十間長屋だそうだ。比較的新しい建築で木材を使い釘を使わない日本式の建築技術を再現し学ぶために建築したと説明していた。太い柱が多数組み合わされているが、柱に不規則な割れ目が見られ、十分な乾燥をせずに木材を使った結果ではないかと気になった。お城から兼六園に向かった。兼六園は観光客が多く、韓国人の10名程度の団体が案内者に従って移動していた。日本人観光客の団体は30名ほどで、ガイドの案内が耳に入ってくるので少しは情報になった。兼六園の中にはお茶室がいくつかある。地図で探してその内の一つ時雨亭に入った。入り口右手に受付がある。料金を支払って左手の部屋に入り、赤い敷物の上に荷物を置く。広い和室に確か緑色の幅広の長い敷物が敷いてありそこに座るように指示された。着物姿の女性が最初にお菓子を目の前に置き、それからお茶が運ばれてくる。若い女性ばかりでなく、若い男性のグループもお茶を楽しんでいた。
時雨亭の庭
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2014/3/9 日曜日

北陸の旅(2)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 9:13:17

山代温泉に一泊し、翌日午前中は学会で発表した。発表後チェックアウト11時ごろ車で出発し、東尋坊に向かった。天気は時々雨が降る状況だ。カーナビの指示で走っていたら、蓮如上人の記念館を目にし、ついでだからと見学することとした。外観は日本風だが建物は大きなガラス張りで内から外が広く見える近代的な建物だ。入館料を支払うと年配の説明員の方が展示物について順に紹介してくれた。最初は主に「南無阿弥陀仏」の掛軸であった。展示品はあまり数がなかったが、説明を聞いて記憶に残ったのは二つである。比叡山が蓮如上人を迫害したこと、つまりその時代には日本にも宗教対立による争いがあったようで、その結果吉崎に蓮如が一時的に避難したという話だ。蓮如上人が吉崎に来るとたった3月で巡礼者が多数参詣し宿坊が立ち並ぶ街になった、という話を聞いて、誰か地元の有力者が招いたのではないかと思った。びっくりしたのは蓮如上人の結婚歴だ。上人は85歳代半ばまで生存し5回結婚し、前の奥様はいずれも病死でなくなり、子供が二十数名生まれたという。私の歳70歳以降も結婚して子供を授かっていて、80歳代に生まれた子供もいるという。現在の高齢者にとって元気の出る朗報になるのだろうか。それとも蓮如上人が恵まれた生活を送っていたに違いないと羨むことになるのだろうか。その後訪れた東尋坊は30年以上前に二人の子供連れで旅した場所である。岩場は昔の記憶が残っていたが、周囲は整備されて全く異なっていた。
東尋坊の風景
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2014/3/6 木曜日

北陸の旅(1)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 17:21:41

3月4日朝早く羽田から小松へ飛んだ。電子情報通信学会のHCS研究会が山代温泉で午後から開催されるため、ついでに夫婦で旅行することとした。旅館の申し込みは学会とは関係なくANAパッケージ旅作(たびさく)で申し込んだ。小松空港に到着するとレンタカーを借りた。空港のレンタカー受付に4社ほど並んでいた、一番左のトヨタで手続きした。その場で待機していると直に迎えの車が来て、レンタカー事務所に行った。旅館を予約した山代温泉まではカーナビ表示で1時間もかからなかった。途中の道路は田園風景が広がっており、東京で予想した雪景色は全く見られなかった。
山代温泉は坂を少し登った程度のほぼ街中にあった。旅館ではチェックインが15時からということであったが10時前に到着してしまった。荷物を預けて散歩に出かけた。山中温泉のメインストリートと思われる緩やかな坂道を歩いていくと、公衆浴場「総湯」と「古総湯」があった。道から眺めるだけで通り過ぎ、魯山人寓居跡いろは草庵を訪ねた。昔の地元の有力者が所有していた別荘に魯山人を招き、魯山人が地元商店の木彫り看板を作成した様子を紹介していた。天気は快晴で散歩に最適だった。目の前の服部神社の石段を登り、更に展望台を目指してしばらく歩いた。石で歩道を整備した人ひとり程度の幅しかない小道「アイウエオの小径」に石造りの小さな仏さんが並んでいてガイドブックには萬松園八十八ケ所加賀霊場と紹介されていた。
展望台への散策路
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2014/2/27 木曜日

北朝鮮と親しく

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 20:10:59

本日2月27日のニュースで北朝鮮側から赤十字の会談申し込みがあったと報じられていた。安倍総理の靖国神社参拝がケシカランということで韓国が日本を毛嫌いする報道が毎日のように流れている。日本に来た韓国人留学生が確か大久保駅で線路に落ちた人を助けたニュースが流れたときは韓国人若者の勇気が日本中でたたえられた。しかし最近では韓国が日本を徹底的に嫌っているという情報が否応なしに聞こえてくる。政治の世界だけかと思ったがそうでもなさそうだ。非難される側の日本人としては、私のような平凡な日本人であっても、日本人を嫌う韓国人に反論するのはためらわれる。何しろ我々の前の世代の日本人が悪いことをしたのだから現代の日本人も嫌いだと言われたら弁解などしても逆効果だ。韓国人が日本人を嫌うことを覆すことは不可能だ。したがって未来永劫嫌っていただくしか方法は無かろう。
北朝鮮からの赤十字会談の申し入れはこのような日韓関係を読んだことによるのかも知れない。それでも他に選択肢がないのだからこの際北朝鮮と仲良くする努力をしたらどうだろうか。それにより拉致問題がより具体的に解決につながるかも知れない。
日本国民は韓国国民に徹底的に嫌われている。このことを毎日の報道でくどいほど繰り返し知らされている。嫌われる韓国に反論できないのだから、北朝鮮と仲良くする選択肢を政治が選んだらどうだろうか。

2014/2/14 金曜日

柳生十兵衛7番勝負

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 21:15:05

TVのゴールデンタイムはどのチャネルもソチオリンピックだ。どの番組も同じ画像でまたかと思ってしまう。BSで金曜日夜8時から柳生十兵衛を放送している。ストーリはその昔、およそ50年前にラジオあるいは白黒テレビで聞いたと思うので概略分かっているが、何となく昔懐かしく毎回見ている。20代の印象と70代での感じ方は確かに違う。20代の若者に戻ってみれば、単純で勧善懲悪が分かりやすくストーリが展開されている。由比正雪は日本史でも学んだ軍学者で、剣がめっぽう強い柳生十兵衛は幕府に雇われて戦う。番組では毎回剣の勝負があり、十兵衛は勝ち続ける。読者には勝ち続ける十兵衛の出演に安心感がある。
ところで70代になった自分の立場で十兵衛と正雪の戦いをなぞらえてみるのも一興だ。都知事選で小泉前総理が演じた役割は柳生十兵衛だったかも知れない。我々の世代は強い剣豪にあこがれる若年世代を過ごした。残念なことに小泉さんが主張した「原発即ゼロ」は対象が特定の組織、あるいは人ではなかった。したがって都議選の勝負で切り捨てることができなかった。正雪は江戸幕府誕生で世の中にあふれた浪人に仕事を作るためと主張して幕府転覆の一種のクーデタを計画し自身の出世をもくろんでいる。TPPに反対する既得権益の保護に懸命な農業団体のイメージが重なる。十兵衛は平和な世の中に武士はいらないと、現代流に言えば、転職を迫っている。
70代になって分かったことは、どの立場の発言もそれなりに理解できるということだ。若いときは一つだけ正しいと選択する傾向があった。つまり十兵衛にあこがれたが、今はそれほど単純に結論は出せないと考えるようになった。ただ時代は着実に変化しているので、その変化に対応できる人・社会でなければ、敗者への道を選ぶことになろう、と感じる。これが年配者の知恵なのだろうか。

2014/2/2 日曜日

壊れたIE、直せないIE

Filed under: ネット情報の社会へのインパクト — mizusawa @ 22:45:40

Windows7を2年間利用しているが最近IEがおかしくなり使えなくなった。いろいろ試したがエラー表示を消すことができない。IEを再インストールして修復しようと試みたが、すでに最新版のIEがインストールされています、とOSが再インストールを拒否する。昔のWindowsであればIEプログラムの削除ができたが、Windows7の管理者として削除することができなかった。ややこしい手順を要求するので、その手順に慣れていないためにダメだった。最近はクラウド時代だからIEが使えないようなOSでは使い物にならない。Windowsはややこしい手順を次々に導入して自縛状態になっているという印象を受けた。もっと使いやすいOSが出現してくれることを希望したい。日常業務で使うノートPCでもLINUXへの乗り換えを決断する時期かも知れない。MACへ乗り換える手もあるが、キーボードの配列がことなるので今まで躊躇していた。
IEのエラー表示
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2014/1/30 木曜日

70歳代第二の戦い

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 18:26:37

70歳と半年で受けた健康診断で、左目の乳頭に出血の様子が見られるので精密検査を受診することを勧める、という文書が一月後に我が家に送られてきた。それから一月、隣の駅の眼医者さんを訪ね、事情を話して検査をしていただいた。初診だったので問診票に簡単な記入をして順番待ちした。看護師さんが手際よく、目の検査機器2種類で検査したのち、視力検査を行った。お医者さんのお話では、乳頭に出血があるのは緑内障に結びつく兆候だということで、視野角検査とより丁寧な眼底検査(だとおもう)をしていただくことになった。瞳孔を開く目薬を点滴するので、自動車で来院していませんね、と念をおして確認があった。幸い午後から雨になり、電車で出かけていた。
検査の結果は緑内障ではないと告げられた。白内障でぼやけて見えるのですね、とお話があった。それから白内障の手術に話が及び、健康なうち、少なくとも80歳までに白内障の手術をすることを勧められた。手術のタイミングは自分自身で目が見えにくく感じたら、という説明だった。
80歳は日本人男子の平均寿命である。90歳まで生存の予定であれば80歳までに手術する選択肢となろう。平凡に80歳ころで人生を終了する予定であれば、白内障の手術は必要ないことになる。さて、どうするか。また70歳代の課題(決断)が一つ提示された。

2014/1/29 水曜日

国会の代表質問

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 21:40:31

国会の議論がNHKテレビニュースで報道されている。安倍総理はどのような質問に対しても丁寧に回答しているようだ。「結いの党」江田代表の国会での発言に、何となく尊大な態度を感じた。党首となったことで、自身は偉くなったと感じ、その様子を壇上で態度で表現していたのであろう。
発言内容も声の調子から不躾で礼儀に欠けると感じた。日本人の好む謙虚な態度は見えず、国会の代表質問で国民にその独善的な本質をテレビ画像を通して印象付けている。私は自民党の支援者ではない、いわゆる浮動票であるが、自民党が国会で圧倒的な多数を占めている現在、安倍総理の代表質問での丁寧な説明は好感が持てる。一方少数でばらばらな野党を束ねることを主張する「結いの党」代表が、尊大な態度を国会で示すことでバラバラな野党をまとめることが出来るとでも考えているのであろうか。
「結いの党」が野党結集を主張して、民主党や維新の会が同調することはなかろう。江田代表の尊大さが顕著に表れた代表質問だった。「みんなの党」渡辺代表の「ボクトツさ」の対極で、「みんなの党」頑張れと言いたい。

2013/12/28 土曜日

安倍総理の靖国神社参拝

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 22:08:20

安倍総理が先日靖国神社を参拝した。テレビも新聞も安倍総理の行動が中国・韓国の反日国民感情を再び高めるのではないかと大騒ぎしていた。
私は戦争には反対である。第二次世界大戦中の昭和18年生まれだから、父母が戦争で大変な目にあったことを知っている。食料がなくなって草を食べた話、サツマイモの茎を食料とした話、近所の農家にお願いして食料を分けてもらった話など聞いた。
学校で日本史や世界史で第一次世界大戦、第二次世界大戦と世界中が戦争に巻き込まれたことを学び、第三次世界大戦が予想されるので50歳まで生きることは無いだろうと考えていた。戦後60年経過し現在70歳である。平和な時代を過ごせた幸運に感謝している。
私自身政治の専門家でないので、感覚的な事柄しか安倍総理の行動について言えないが、色々な見方が有るのではなかろうか。安倍政権が右傾化政権であると海外が指摘しているようだが、民主党政権があまりにも烏合集団だったので日本国民は自民党政権を選ぶしかなかった。安倍総理は自民党が前回の選挙で圧勝したことで、過去10年間以上動かすことのできなかった日本の政治を前に動かしている。私個人の印象は良く頑張っている、である。
日本国が再び外国を侵略するような右傾化まで政治が動く、などという考えは思いもよらないし、ほとんどの日本人は苦笑するだけだろう。日本国民自身が過去60年間の間「平和ボケ」だったと思っている。平和ボケ国民に何とか現実の厳しさを知らしめなけれなならない、と考えてきた自民党の政治家は昔から存在している。しかし、日本は戦後一貫して平和国家の道を歩んだため軍備増強に結びつくような発言をする政治家を国民は嫌ってきた。
しかし、韓国前大統領の竹島上陸、中国との尖閣諸島領有問題がこれら日本の軍事力強化を望む政治家にとってまたとないチャンス到来となってしまった。平和ボケした日本国民に中国・韓国の軍事的脅威が具体的にニュースとして流れる。日本国民は安倍政権が10年以上解決できなかった懸案事項に取り組み着実に成果をあげているので、当面安倍総理の行動を信用して見守るしかなく、靖国神社参拝や少々の軍事力強化は許容範囲と感じるようになっている、と思う。今回の安倍総理の靖国神社参拝に関連した新聞記事に、中国当局が日本に抗議するデモ隊が過激な行動に出ないように抑えている、と小さな記事で紹介されていた。事実であれば中国当局の大人の対応に感謝したい。
日本が戦争の原因とならないことを切に願うが、素人の妄想を展開すると次のようなことも考えられる。
・安倍総理はプーチン大統領と意思疎通ができる可能性が高いと報じられているので、北方四島の領土問題を解決して、ロシアとの交流を活発化させて欲しい。
・米国の軍事力は相変わらず強大だ。しかし、米国に守ってもらう日本、という考え方はそろそろ捨てた方が良いかも知れない。米国も中国と日本を比較した時経済的には中国に魅力を感じているに違いない。だとすると万一中国と日本が敵対することになれば、米国が日本を捨て石にする可能性も読まなければならない。日本独自の軍事力で対抗するしかない。
・中国と日本が争うことになれば、日本はロシアと友好状態にあって両国の経済が密接に協力しあっていることが不可欠だ。日本・中国間の争いをロシアに調停してもらう場面も現実味を帯びてきた。現にシリアのアサド政権はロシアのバックアップで生き延びている。

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