2008/8/1 金曜日

ホバリングして催促する雀

Filed under: 小さな親切 — mizusawa @ 12:47:02

8月に入った。東京から新幹線、特急と乗り継いで、富山駅の4番線についた。普通列車の出発を待つ間、駅の立ち食いソバを昼飯にすることにした。4番線のホームには人がまばらである。蕎麦屋さんの叔母さんは食券販売機を開いて機械を操作していた。
日差しは強かったがホームには適当な風が吹いていたので、心地よく汗ばむこともない。かき揚げソバの食券を買って、おばさんに渡した。コップに水道の水を入れて出してくれた。お冷ではなかった。すぐにかき揚げソバが出てきた。
次の列車の到着まで時間があるので、ゆっくり味わいながら食べた。食事をしながらホームの人影をぼんやり眺めていたら、足もとに雀が近づいてきた。痩せた雀だなと思った。足元1メートル位を行き来しているので、お蕎麦を催促しているな、と分った。
ソバを1センチ程度に切り、箸で雀の方に投げた。すぐに近づいてクチバシでくわえた。そのまま食べているようである。気がつくと別の雀が飛んできて2羽になった。今度の雀は欲張りである。蕎麦をなげても、口にくわえて待っている。かき揚げの破片を投げてやると、ソバとかき揚げ両方をクチバシでくわえようとしている。その内成功すると隣のホームの屋根の方へ飛んで行った。
また雀が現れた。この雀は先ほどの雀と同じかも知れない。目の前でホバリングして催促している。手の届きそうなところでホバリングするので、勇気のある雀だ。東京ではこのような雀を目にしたことがない。何回も蕎麦をあげた。
富山駅の雀は人なつこい。蕎麦で育っている雀が多いのであろう。駅でのんびりしながら列車を待っている間、雀と遊んで楽しかった。小林一茶が雀とたわむれた気持ちを知った気がする。雀がくれた小さな親切かな。

2007/7/25 水曜日

インドで出会った小さな親切

Filed under: 小さな親切 — mizusawa @ 21:08:01

3月にインドを旅行した。初めてのインド旅行1週間で、びっくりすることが多かった。あらゆるタイプの乗り物が押し合いへし合いしているニューデリーの道路でびっくりし、地方都市に行ったら混雑した道路のど真ん中に大きな牛が何頭も寝そべっているのを見てまたびっくりした。
友人に連れられてレストランで食事をしたら、アルコールがメニューに無いのにびっくりして、物足りない気分になったが、数日で慣れた。地方都市の道路がデモの影響で閉鎖されていて、延々と待たされ、我々が乗っていた停車中の車に子供が沢山群がって窓をたたき、お金をせがむ子供の数が多いのにも閉口した。
ニューデリーの地下鉄は確か3路線で、日本の援助で建設されたと聞いた。地下鉄の改札を通る前にセキュリティチェックがあり驚き、同時に地下鉄構内では写真をとってはいけないと警備の人に注意された。
秋葉原のような電気街に地下鉄で行くことにした。我々が乗車した地下鉄の車両はきれいで、日本の地下鉄のように混んでいた。途中の停車駅で少し離れた所の席が空いたので、私はそこをめがけて歩いた。すると、ホームから社内に駆け込んできた若い女性が素早くその目的の席に座ってしまった。
その時私の行動に気がついた、近くに座っていた男性が席を譲ってくれた。私は軽く会釈して席に座った。目的地の駅に到着するまで10分くらいだったと思う。その男性は近くに立ったままだった。私は下車するとき再度会釈して「ありがとう」をそっと言った。
道路を閉鎖するストライキで車が何回も長時間渋滞に巻き込まれ、その間お金をせびる子供たちが次々と我々の乗った車の窓をたたいていた。3時間で目的地に到着する予定が丸一日かかってしまったとき、インド旅行は今回限りにしようと考えていた。が、地下鉄に乗って考え方が変わった。またインドに来たら、やさしいインドに出会えるかも知れない。

2007/7/18 水曜日

町を散歩して、小さな親切を拾いました。

Filed under: 小さな親切 — mizusawa @ 19:43:00

数週間前、少し暑いかなと感じる晴れた日に、御茶ノ水から新宿まで散歩しました。中央線に乗れば20分もかからない距離ですが、次の仕事まで3時間ほど余裕があったので、暇に任せて優雅に散歩と決めました。神田川沿いに外堀通りを歩いて行きました。40年以上前の学生時代に見たはずの景色も、全く思い出すことができず、ただ道が交差点で枝分かれしている方角だけが記憶と一致しました。
水道橋に近づいた道沿いの左手に、江戸時代の上水について説明する記念碑がありました。飯田橋の手前にはハローワークの看板が右手に見えました。飯田橋駅前には巨大な歩道橋がかかっていました。何時からこんなに大きな歩道橋になったのか、覚えていません。歩道橋をJRの駅側へと階段を下りたとき、そこに若い女性と盲導犬が居て、もう一人の女性と何かを話しているようでした。行き過ぎようとしたとき、通りかかった若い男性に女性が何かお願いしている様子でした。
私はいつもと違って、その女性を手助けできるかも知れないと、「お手伝いできますよ」と声をかけました。盲導犬を連れている若い女性を、この大きな歩道橋を使って、ハローワーク側まで連れて行って欲しい、ということでした。
私は盲目の女性を案内したことはありませんでしたので、少し躊躇しましたが、その女性が私の左手で盲目の女性の右手を握るようにしてくれました。女性は、歩道橋のまえで盲導犬と立ちすくんでいた若い女性に声をかけた、通りすがりの方だったと思います。
若い女性の手を握って、歩道橋の階段を登り始めました。若い女性は苦もなく普通のスピードで階段を上りますし、盲導犬も実にスムースに一緒に歩くのに感心しました。巨大な歩道橋は四角形になっていますので、どちらの辺を歩いても行けたのですが、歩道橋についているハローワークの案内表示を見逃さないように注意して、対角線反対側の階段までたどりつき、「ここから下り階段ですよ」と話しかけて階段を降りました。時間の余裕もありましたし、ついでにハローワークまで一緒に行きました。
無事に送り届けてから、また飯田橋の巨大な歩道橋を歩きました。最近流行のユビキタス技術を歩道橋に利用すれば、若い盲目の女性も一人でこの巨大な歩道橋を渡れるのに、と思いました。でも、待てよとも考えました。久しぶりに一つ「小さな親切」をした満足感が心にありました。「ユビキタス歩道橋」が未完成だから、「小さな親切」を散歩で拾いました。

2007/7/9 月曜日

小さな親切とブログ

Filed under: 小さな親切 — mizusawa @ 19:06:39

ネットでブログが自由に書けるようになった。このような時代の進歩は社会に何をもたらすのであろうか。
学生時代に印刷技術の進歩が人類に大きなインパクトを与えたと勉強した。書物は人類の知恵を集めたものだ。その知恵が本の形で人々に紹介され、広まり、より豊かな社会を実現するのに役に立った、としよう。
ブログは一般の人、つまり有名作家でなくても、ネットに個人の経験を載せることができる。その情報をどのように活かすかは、ネットを利用するその時代の人々の知恵に依存しよう。ブログが与える影響を考察するのは難しいので、より良い社会にするブログの使い方について、皆がアイディアを競うことを提案しようと思う。
「小さな親切」はそのような一つの提案である。私は学生時代、「小さな親切運動」の記事を新聞で読んだ。確か東大の茅先生が音頭を取られていた。最近では「小さな親切」という言葉を耳にしない。目立たない親切が「小さな親切」であり、「小さな親切」は吹聴することははばかれる。それが私の時代感覚である。
でも、今はブログの時代、と考え直してみても良いのではなかろうか。ブログに書くことは「吹聴ではない」としたら、「小さな親切」をしたときの、「誰かに話したい」という気持ちを解放することができる。「小さな親切」を大切にし、気にかけてくれる人が少しずつ増えるのではないか、そのような期待がある。
「小さな親切」の小さな実験をこのブログで試みよう。

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