2014/5/24 土曜日

70歳のジョギング

Filed under: ジョギング — mizusawa @ 20:59:00

今日は快晴で風が強いなかでのジョギングをした。家を出発してどの方向のルートを選択するか毎回考える。昨日は葛西臨海公園を回るルートを選択し、今日は浦安市境川沿いに走るルートを選択した。東京湾側の堤防を最初に通ったが、風が強かったせいだろう、いつものように釣りを楽しんでいる人はほとんど居なかった。強い風の中でテントを張って少人数でバーベキュウを楽しんでいるグループを少し見かけた。70歳に入ってジョギング中のスピードが低下している。軽く走っていると脈拍は130代、時速は7kmである。時々時速10kmのスピードを出したいとダッシュしてみるがすぐに息が切れてしまう。今日ジョギングした距離は13kmで2時間以上を要した。昨日も同じ程度の距離を走ったので足が重い。浦安市内は311液状化対策の工事があちらこちらで行われている。いつもは何事もなく横断できる交差点で警備員に工事中なので横断できないと言われた。仕方なしに工事現場から少し離れたところで道路を横断した。家から東京湾にでるジョギングコースは鉄鋼団地のトラックが沢山走るメイン道路に並行する形でいくつもの公園が並んでいる。最近は公園の中の散歩道を選んでジョギングしている。休日には幼児が走り回っている。自分の孫の世代だ。堤防傍の公園ではいつも使える水道が水が出なかった。なぜだろう。途中でスポーツドリンクを買う。消費税が8%になったため、途中のコンビニで買うポカリスエットが147円から151円に値上げとなった。平和な一日だった。
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2013/2/27 水曜日

ジョギングで転倒(2)

Filed under: ジョギング — mizusawa @ 14:59:20

ディスニーランドホテル街の周囲をジョギング中に転倒して一月が経過した。顔をアスファルト舗装の道路に強く打ちつけたので、額右側、頬右側それに唇の上と大きく膨れ上がった。けれど一月でほぼ回復した。お医者さんに感謝したい。右眉の上は縫ったので明らかに痕跡の傷が残った。傷が残ったものの、元来眉が薄いので眉毛が増えたと思えば納得できる、と自分を慰めている。頬の傷は擦り傷だったので、当初はまず目立つカサブタができて・・・と予想していたが違った。頬に貼った絆創膏と思われるシートは不思議な働きをした。傷口からは水分があふれ、シートと傷口の間にたまる。最初は沢山水分が発生するので、寝ている間に絆創膏からあふれ、瞼に流れ込んだ。そのため朝起きたら瞼の上下が接着剤でつながった状態となり、顔を洗って目を開くことができた。その昔は傷口を乾かすことが治療だったが最近は乾かさずに保湿機能のある絆創膏を使うのが良いとされている、と形成外科の先生が説明してくれた。
顔面を強く打ち付けたのでお医者さんはこんな質問をした。目の前に指を一本立てて、指が何本に見えますか?という。一本なのになぜそのような質問をするのかとためらっていたら、当たり前に「一本」と答えればいいのです、と教えてくれた。顔面を打ち付けた衝撃で左右の目が正常に機能しなくなっているかも知れないというテストのようだ。もう一つ、「上下の歯は正常にかみ合わせができていますか?」とも質問された。衝撃で顔面の骨がゆがんでいないことの確認のようだ。
目も歯のかみ合わせも異常がなかったのは、不注意で発生した顔面殴打での不幸中の幸いであった。友人が何かにつまずいたのか?と質問するが、綺麗に舗装された道路なのでつまずくような物は見当たらない。ジョギングを再開して転倒現場を注意深く観察しながら走ってみたが、つまずきそうなでっぱりはなかった。強いて探すと道路工事の目印と思われるビスが一定間隔で打ち込んである。ほんの数ミリの高さだ。
結局年齢のせいで無意識のうちに足が上がらなくなって、一人で転倒したと考えざるを得ない。するとまた同じことが当然発生する。再度転倒して頭を打つと、もっと重症になるかも知れない。仕方なしに毛糸のてっぺんの抜けた帽子を家内に買ってもらった。ジョギングでは毛糸の帽子をかぶって走ることになった。夏になったらどうなるのか、元来暑がりなので気がかりだ。周囲を見渡すと普段でも年配者が帽子をかぶっているのを良く見かける。そのうちちょっとした外出でも帽子をかぶらなければならなくなるのだろうか。

2013/1/26 土曜日

ジョギングで転倒

Filed under: ジョギング — mizusawa @ 15:22:06

正月食べ過ぎた影響か運動不足が気になっていた。そこへ風邪を引き更に運動不足気味だった。数週間咳がおさまるのを待って18時ころディズニーランドホテルの周囲をジョギングした。東京湾に面した道路で、街灯が明るく点灯しているし、道も整備されているのでジョギングには適してる。駆け出しはいつもの通り順調なつもりでいたが、3km付近で前につんのめって転倒した。手袋をし長ズボンをはいていたので転倒に注意していれば少しでも防御の体制がとれたはずなのに、恥ずかしながら顔面右側を道路に打ち付けてしまい、血だらけになった。周囲に人はいなかった。やっとの思いで残りの3キロメートルをジョギングで帰宅し鏡を見ると顔の半分が血だらけで、右半分が膨れて、四谷怪談のお化けのような形相だった。
額の横に裂けた傷口が深かったので翌日病院で手当てをしてもらった。病院の待合室で前の席に座った女の子がジッとこちらを見ていた。お医者さんは傷の様子を見ると即座に麻酔を打ち傷口を縫った。麻酔の注射は少し痛みを感じたが、その後は痛みも感じず、翌日再度お医者さんに傷口を見せに行くまで不都合はなかった。顔は額と頬に大きなばんそうこう、唇の周りも傷跡が赤く膨れている。69歳なので既に顔のつくりはかなり歪んでいる。したがって多少けがで顔が変形しても凄味がでるだけで気にならないと考えようとしたが、若干気になるのも確かだ。
転倒した時両ひざも打ち付けた。したがってどちらも打撲傷で、階段を降りるときに痛みを感じる。多少痛くてもジョギングには支障ないが、家内はしばらくジョギングをさせてくれないかも知れない。これからは転倒と戦う年代だ、と思い知らされた。

2012/10/20 土曜日

秋の日のGPSジョギング

Filed under: ジョギング — mizusawa @ 10:45:57

暑い夏が続いたのでしばらく長距離のジョギングを避けていた。昨日10月19日は快晴で朝から清々しい空気だったので勇気を出して20km走ることに決めた。腕には最近EPSONが売りだしたWristableGPSジョギング用時計をつけ、胸の回りには心拍を測るバンドをつけた。以前はスイス航空機内で買ったガーミンをつけてジョギングしていた。ガーミンについていた心拍計測バンドは半年もしないうちに動作しなくなった。バッテリーを取り替えてもダメだった。スイス航空に取替を要求したが関税の関係でダメと断られた。メーカと直接交渉しなさいという。そのまま修理もせずに時間が流れ、日本の時計メーカからGSPジョギングウオッチが販売されるのを待っていた。そしてやっとEPSONが販売したという情報が入ったので飛びついた。
GPS時計はジョギングした場所を逐次記憶してくれる。帰宅してパソコンにUSBケーブルを使って接続するとジョギングルートを地図に表示してくれる。昨日のルートも地図で表示した。GARMINではグーグルマップに表示したがEPSONではBEINGの地図に表示する。グーグルマップの表示に親しんでいるので若干物足りない。ジョギング地図を見ると実際に走った道路とGPSが表示する地図上の位置が10ないし20メートルほどずれている。このずれはGARMINとほぼ同じレベルだが、GARMIN時計を購入したのは数年前だったのでもう少し精度が向上していることを期待していた。
EPSONのGPS時計を購入した時に懸念していたのは心拍計測バンドがGARMINと同じように半年以内に故障するのではないかということだ。同じ部品を使っていれば再度故障すると予想していたが、EPSONの場合は心拍計測バンドの性能はGARMINより向上していると感じた。心拍計測でおかしな値を表示することは購入してから2ヶ月間には無かった。この点は満足だ。最も結果を見るには半年は待たなければならない。
EPSONのGPS時計は9月10月の17回計測で、1回ほどおかしいGPS記録があった。
EPSON WristableGPSのおかしなジョギング記録例
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この記録画面は通常のジョギングでは時速10km以下で走っているのに、ジョギングが終了したらとんでもない高速で私が走ったという記録を残している。EPSONの技術者がこの原因を解析して直してくれることを希望する。日本メーカの商品は性能への信頼度が何よりも大切だ。

2012/2/27 月曜日

東京マラソン2012(5)

Filed under: ジョギング — mizusawa @ 22:13:45

35キロメートル付近に佃大橋がある。この近くの交差点で関門時間が迫っていると監視員が大声で連絡していた。残された時間は15分ほどだった。マラソンコースには関門地点が多数設置されていて、決められた制限時間以内に通過できないときは強制的に棄権させられる。関門時間に遅れたら落伍ランナーを拾う後続のバスに乗ることになるという。
関門時間が迫っているという監視員の声に走り続ける努力をしなければならなかった。周囲を走っているランナーの一団はそもそも走りの遅い一団だ。佃大橋では大半のランナーが歩いている。私も歩きたい誘惑にかられたが、少しでも走るリズムでいたい。おそるおそる走り始めた。足はすでに棒になっている。少し力を入れようとすると足の筋肉が「ガクッ」と力が抜ける。無理をすると足が言うことを聞かなくなりゴールにたどり着けない。歩いたとするとゴールまで到着できそうだが、関門時間が後ろから迫ってくる。
GPS時計の表示は時速6キロメートル前後だが何とかリズムを作って走り続けた。周囲のランナーは皆歩いているので最後の5キロメートルでかなりの人数を追い越した。1000人は抜いたかも知れない。ゴールが近くなってくるとコースが右左と何回も曲がる。42キロメートルの表示があった。最後の直線195メートルを力を出して走った。スタート地点に比較すると小さなゴールだった。ゴールラインを通過してタイム計測のピーという音が聞こえた。感激があったかというと無かったというのが本音だ。人生最後のフルマラソンを途中で棄権せずに済んだことに自分のプライドがホッとした。

東京マラソン2012(4)

Filed under: ジョギング — mizusawa @ 21:43:48

10キロメートル走ると皇居と日比谷公園に到着する。道路わきに待機していた家族に汗をかいたスポーツシャツを脱いで渡してまた走り出した。日比谷の交差点を右折して品川まで往復する。日比谷に戻ってくると約20キロメートルだ。曇天だったが無風状態で我身には絶好のマラソン日和だった。道路脇では音楽、ダンスなどいろいろな催しがある。市ヶ谷自衛隊の吹奏楽を聞いたのはまだ元気がよいときだったので、気分がよかった。草臥れてくるとリズムの強い太鼓の音色が元気をくれる。
日比谷を通過して右折して銀座四丁目に到達し左折して今度は浅草まで往復する。銀座に戻ってくればほぼ35キロメートルだが、ここからじわりじわりと足に疲労が襲ってくる。GPS時計の時速表示が7キロメートル以下に下がる。周囲には歩いているランナーも見かけるようになる。足の筋肉が硬直した状態になってきているので、道路わきで足のストレッチをしているランナーも増え始めている。
道端では一定距離ごとにスポーツドリンクや水の飲み場所が設けられている。25キロメートルを過ぎてからは給水を見かけるとスポーツドリンクを飲むために立ち止まった。終盤では1か所で何杯もいただいた。ランニングの遅い人たちには給食がなくなっていると聞いていたが、バナナは豊富に給食場所にあった。バナナの皮ですべってランナーが転倒することのないように、皮をむいた状態でテーブルの上に山積みだった。道端には個人がランナーに飴などを配っているのも沢山目にした。ほぼ同じ速さのランナーにアンパンマン姿が居て、沿道から声援を沢山受けていた。もう一人同じような速度のランナーに義足の年配者がいた。25キロメートルを過ぎたころから、東京マラソンに挑戦したことへの後悔との戦いが始まった。

東京マラソン2012(3)

Filed under: ジョギング — mizusawa @ 21:17:36

9時10分に出発合図の花火が打ちあがった。一瞬待機場所Kに集まっていたランナー達が歓声を挙げた。それからがまた長い静かな時間だった。Kに集まったランナー達は参加者の中でも最もゴールに入る順位が遅いと見込まれた一団だ。私は目標タイムを6時間と申込み書類に書いた。スタートは早く走れるグループから順に行われる。監視員は待機場所Kからすぐ走り出すわけではないと説明している。まずKから狭い道を歩いて、最初に道路に出なければならない。道路に出たらゆっくり歩いてスタート地点に向かう。東京マラソンは待機して、整列して、ゆっくり歩いて、スタート地点が近づいてくれば賑やかな音楽が聞こえるので、そこからやおら走り出せばよいのだ。なんとなく赤子の誕生と幼児の成長に似ている。周囲の期待と素晴らしい将来を夢見て人生のスタートラインから走り出す。
しかし、フルマラソンを走ってみると、人生の終わり方にも似ている。スタートラインで考えたようにおよそハーフまではペースを維持しながら走る。しかし、その後徐々に速度が遅くなり、最後は重い足を引きずりながら歩いてゴールする。
走り出した以上途中でやめられないのがフルマラソンだ。42キロメートルは長丁場なので自重して走らなければならない。目標は時速8キロメートルだ。半年前に購入したGPS時計が刻々と時速を表示してくれる。走行距離も表示するので道路わきのマラソン距離表示と対比しながら走った。新宿の高層ビル街では速度表示がかなり乱れた。また累積走行距離は42キロメートル走って500メートルほどGPS時計が多く計算した。腕にスマートホンを巻きつけて走っている若い女性を見かけた。イヤホンをつけたままで電話で話しながら走っている若者がいた。浅草寺の近くでスマートホンを使って周囲の地図を確認しているランナーを見かけた。雷門の前で右折するとスカイツリーが目の前に迫って見える。絶好の撮影場所だ。立ち止まって携帯で写真を撮った。

東京マラソン2012(2)

Filed under: ジョギング — mizusawa @ 20:48:31

東京マラソンに出場できることになった、と多くの友人に話してしまった。風邪のせいで会議をさぼって自宅で寝ていたら、会議の仲間から「東京マラソンはどうなるの?」というメールが来た。別の友人からは「明日の東京マラソン頑張って」と激励のメールが来た。家族や親戚は「無理するな」と注意してくれる。
京葉線に乗り、東京駅で中央線に乗り換えた。電車は座れた。四ツ谷駅から乗り込んできた同世代の男性が右側に座った。足元を見ると運動靴にゼッケン番号を印刷した無線タグをつけていた。東京マラソンに出場する人には透明な大きなバッグが渡され、すべての荷物はそこに入れてトラックに出発前に預けることになっている。電車にはこのバッグを持っている人が増えて、新宿駅では大集団の人の流れになった。
新宿駅から都庁に向かって地下街はゆっくり歩く沢山の人であふれていた。都庁の真下あたりにはゲートがあり、その先はランナーしか入れない。駅から都庁の会場まであらゆる場所のトイレが人の列で埋まっていた。途中の工学院大学では「トイレが利用できます」と案内していたのに感心した。トラックに手荷物を預ける時間制限が8時30分とアナウンスされていた。マラソンのスタートは9時10分で私のスタートは最後尾からで9時30分頃になる。寒さ対策の防寒具をランニング姿の上に着ていたが、荷物を預けるには防寒具を脱がなければならない。周囲では沢山のランナーが荷物を預けてスタート場所へと移動している。意を決して荷物をトラックに預けて人の流れに乗って、最後尾から出発するKの場所へと移動を始めた。集合場所Kは広場、もしかすると公園だった。
3万6千人が参加するマラソンで待機場所がAからKまである。単純に計算すると1か所に3000人がスタートの合図を待っていたことになる。場所Kに到着した時まだ30%も埋まっていなかった。直に人で一杯になったが、誰もが静かにただひたすら出発時間を待っていた。沢山の人が集まり、話し声もほとんど無く、時折監視人の説明が聞き取れない程度に聞こえるだけ。マラソン祭りの場所としては不思議な空間だった。

東京マラソン2012(1)

Filed under: ジョギング — mizusawa @ 20:05:45

東京マラソンが始まって依頼ほぼ毎年フルマラソンに応募してきたが毎年願いかなわず、それが定年を3月末に迎えるこの時期に出場できることになった。昨年出場できるという通知をもらってから、頭の中はフルマラソンを走る準備のことばかりを考えていた。週末にはなるべく長距離を走る練習をしてほぼ毎週土曜日曜を合計して30キロメートル程度は走った。11月には荒川土手のハーフマラソンにも参加して2時間10分台の記録だった。ハーフマラソンを走ることができてもフルマラソンが走れるかどうかは未知の領域だった。
50歳代の時に一度河口湖フルマラソンに参加したことがある。タイムは5時間45分だった。後半は足が硬直して思うように動かなかった。今回の東京マラソンは我人生2度目のフルマラソン挑戦だ。週末のトレーニングでも21キロメートルまでは走れても30キロメートルを超えるころから走る気力が失せてしまう。結局30キロメートルを超えるトレーニングは3月で数回程度しかできなかった。
東京マラソンが近づくにつれてインフルエンザが蔓延し始めたので、電車などなるべく人ごみは避けた。それでも先週から少し体調がおかしくなり、木曜日は鼻水がひどく、金曜日の朝には関節がだるく明らかな風邪の症状だった。会議に出席できないと仕事の断りのメールを送り、PL顆粒を飲んでただひたすらベッドに横になっていた。不思議なことにほぼ昼夜の区別なく寝れた。体温は37度以下だったのでインフルエンザではなかったようだ。金曜日は丸一日寝て、土曜日の朝は少し体調が回復したので国際展示場までゼッケンをもらいに出かけ、帰宅してからはまた寝ることに努力した。そして2月26日日曜日東京マラソン2012の当日となった。

2010/12/31 金曜日

大晦日のジョギング

Filed under: ジョギング — mizusawa @ 18:35:43

今日2010年の大晦日は快晴で風もあまり強くなく絶好のジョギング日和だった。いつもと別の目的地までジョギングしようとスカイツリーを目指すことにした。浦安市からスカイツリーまでは地図で測るとおよそ12kmだ。
スカイツリーをジョギングの目的地にする最大のメリットは、何処を走っても目的地が見えることだ。浦安を出発して京葉線と並行に走る357号わきの歩道を走り、葛西臨海公園を左手に見ながら荒川河口についた。人とすれ違うことはほとんどない。今度は船堀街道沿いの道を北上し、清新町で左折し東西線と並行している大きな橋を渡って荒川の対岸を北上した。犬の散歩、ジョギングも見かけたが自転車で飛ばしている人が多かった。
新大橋通りを左折し、さてどちらの方向に走ったらよいのかとスカイツリーを探した。首都高速7号小松川線をくぐった次の交差点でスカイツリーが真正面に見える北西向きの狭い道路があった。
この道は亀戸水神駅のわきを通り、蔵前橋通りを横切り、浅草通りに行きついた。浅草通りに入るとスカイツリーが急に大きく見えるようになる。東京スカイツリーの足元に到着するのに2時間かかった。沢山の家族ずれが集まって写真を撮っていた。ある家族からシャッターを押してくれと頼まれ快諾した。
帰りは十間川(?)沿いを走ると旧中川に出、旧中川の土手を走ると東大島駅の下をくぐることが道沿いの地図で表示されていた。都営新宿線の東大島駅は川の上にあるんだ、と感心した。駅のそばのコンビニでパンと飲み物を買い、外のベンチで食べた。寒かった。パンを食べていると目ざとい雀が集まってきた。パン屑を投げていたら、鳩も沢山集まってきた。なんとなく癒された感じ。
旧中川は荒川のにつながっており、清新町に出て葛西臨海公園駅の公園側を走り舞浜に戻った。往復4時間10分かかり、帰路は足が重たかった。
2010年大晦日は東京スカイツリー往復のジョギングコースを見つける成果を挙げた。

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