2016/9/13 火曜日

生ゴミの収集回数を週2回にした相模原市

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 19:54:16

相模原市からのお知らせとして案内が入っていた。一般ゴミの収集回数を10月から週3回から週2回に減らすそうだ。生ゴミを家庭で最大4日間ためなさい、という相模原市の指示だ。住民の一人として、相模原市長、相模原市議会はケシカランと思った。熱帯夜が続くような夏の4日間に生ゴミがどれだけ臭いを放つのか、市役所の役人は認識しているのだろうか。「収集回数見直しの背景はどうなっているの?」と表題のついた説明では、経費の節減とともに、一般ゴミの中に含まれる資源物の分別を一層促進する、としている。恐らく経費節減が主目的であろうが、市民サービスとして毎日お世話になるゴミ収集の回数を減らすのは、役所が市民サービスを重要視していない証拠に他ならない。政令指定都市になったことで、もしかしたら相模原市の役所は偉くなったつもりなのかも知れない。折しも小池都知事が誕生してから、都政の傍若無人さが次々に明らかにされている。相模原市も政令指定都市に格上げされ、東京都と同じように特権意識をもつ役所のエリートが牛耳るようになり始めたのだろうか。ゴミ収集は市役所の仕事ぶりを市民が知る最も身近な案件である。生ゴミの収集は週2回でなく他の市町村と同じく週3回に戻すべきである。賛同者が多いことを期待する。

2016/6/8 水曜日

70歳代の同窓会

Filed under: 熟年旅行, 熟年の健康, 70歳代が考えること — mizusawa @ 20:49:52

大学卒業後50年目の節目に同窓会を開くためのアンケートが送られてきた。日帰りや一泊旅行などの選択肢から希望に〇×をつけて欲しいという。日帰り希望が半数以上であるが、海外への旅行を希望する提案もある。日帰り希望者は、体に一抹の不安材料を抱えている輩と思われ、我が身に照らして理解できる。海外旅行を提案しているのは、おそらく健康に自信がある同期であろう。同じ世代でも、健康にかなりのばらつきが出ている。同窓会は5年ごとに開催されているので、今回の企画は現役入学者で72歳、次回は77歳となる。中には複数回の浪人もふくまれ、70歳代の1年間の体調変化は顕著であり、個々の体調不良の原因が異なると思われる。身の回りにも心臓の手術でステントが血管に入っている人、ホテルの出口で突然気を失って救急車で運ばれた人、など聞いたことがある。体調に気を遣い日帰り同窓会を希望する慎重派は薬などを持ち歩くことになる。しかし、慎重な分、グループ旅行で皆に迷惑をかけることは少ないであろう。現在元気で無理をするタイプは、突然襲ってくる体調の変化を体験していないに違いない。旅行中に海外でやっかいな病気を発病すると、例え十分な旅行保険をかけていても大変面倒なことになる。30年前に会社の出張でカナダに行ったことがある。そのとき同行者が盲腸を発病し、ホテルで救急病院の場所を教わって駆け込んだ。病院での付き添いは私一人。カナダから日本に電話して情報を伝え、同時に病院に待機して手術のための手続きを行った。幸い事なきを得た。その30年前のイベントを思い出すと、来年の卒業50年の同窓会の行事が気がかりである。もし海外や日本での遠方の宿泊旅行に決まると、旅行中に誰かが倒れた場合の対策を準備しておく必要があろう。旅行会社が70歳代同窓会向けの介護付き海外旅行を売り出したら、少々高額でも申し込むかも知れない。ドクター付き豪華客船による海外周遊旅行なら出かけても良いかも。・・・・

2016/6/2 木曜日

安倍総理の戦略

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 20:37:25

6月2日の読売新聞朝刊一面の見出しは「消費税10%19年10月」が大きく印刷され、左側中程には「強行突破 参院選で審判」の見出しがある。昨日の安倍総理の記者会見中継を聞いて、経済で一段のてこ入れが必要であるから消費税10%への移行を延期し、参院選での勝敗は自公で過半数と高い目標とする、と説明していた。私自身は浮動票の一人と自覚している。前回の衆院選ではあまりにもひどい民主党の政権運用にあきれて仕方なく自民党に投票し、結果として自公の圧勝となった。安倍政権の財政政策はおそらく民進党よりは格段に「まし」だろうと考えるので、自民党に投票することも一つの選択肢である。しかし、気がかりなのは憲法改正についての安倍総理の本心だ。「能ある鷹は爪を隠す」の気配がする。安倍総理の任期があと2年程度と短くなってきたので、本題の憲法改正に打って出る布石として今回の参院選を選んだのだろう。消費税増税の難しい実行は後任に任せ、憲法改正の体制固めに必要な参議院での過半数を狙うのだろう。消費税増税先送りとして、その陰に憲法改正のための「鷹の爪」が見える、と直感した。経済政策は安倍政権に期待するものの、憲法改正については戦後70年の平和国家で人生を過ごさせていただいた我が身の幸いを振り返り、反対である。今回の参院選では、自公に過半数をとらせないために、野党に投票しよう。6月1日の総理記者会見で安倍総理の戦略が見えた以上、孫二人が戦争に駆り出されるリスクを避けるための一票を投じようと決めた。

2016/5/28 土曜日

オバマ氏の広島訪問

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 18:08:34

2016年5月27日は記憶に値する一日になった。オバマ大統領の平和公園での演説がTV中継される画面を注視していた。同時に流れた同時翻訳の音声が煩わしかったが、演説の内容はノーベル平和賞受賞者にふさわしかった。人類は広島に原爆を投下した日に、人類を破滅に導く手段を手に入れたことを知った。人類は地球上で繁栄を謳歌しているが、同時に破滅への道筋を明確に示してしまった。科学技術の進歩を戦争による破壊のためでなく、戦争を回避する手段として使うべきである。オバマ氏の演説で科学技術がもたらす人類への影響について触れたあたりで、核兵器を廃絶することの難しさの本質に考えてしまう。人類が民族を意識したとき他人を敵と見なす感情を持つ以上、戦争を避ける手段は無かろう。敵に勝利する手段として科学技術を利用しようとするのは、人にとって当然の考え方だ。科学技術に頼るのではなく、人として自分は戦争を絶対にしない、と公言することは勇気のいることである。そこで日本が置かれた立場を逆説的に考えてみたくなる。地球の上に一つの民族(日本)だけが「戦争を放棄する」という憲法を大切にしていても良いのではなかろうか、と思いはじめる。72歳のこの身は第二次世界大戦中に東京で生まれ、千葉に疎開して東京大空襲の戦火をかろうじて生き延びた。学生時代には第一次世界大戦、第二次世界大戦と世界史で学び、この間隔で第三次世界大戦が発生すれば50歳まで生き延びることはなかろうと予想していた。72歳になった現在、なぜ自分はベトナムの戦場に行かないですんだかといえば、日本が第二次世界大戦に負けて、平和憲法を米国に押しつけられたからである。戦争に勝った米国は多数の兵隊を失った。現在の平和憲法は日本人が希望してつくりあげた憲法ではないから、憲法改正が必要である、と安倍総理や自民党の主張である。しかし、人は自らの意思で「戦争を放棄する」などと世論をまとめることはできない。ファシストやナショナリストは世論をあおって国民を戦争に向かわせてきた。事実を冷静に見てみたい。日本が「戦争を放棄する」憲法をもっていることで、私の72年間は平和が保たれた。現在の日本国憲法は「70年間平和の実績」を積み上げた憲法である。その価値を見直し拙速に憲法改正を急ぐ必要は無い、と断言したい。同時に心のなかではこのようなことも考える。中国やロシアは軍事力を強化して隙があれば日本に攻め込んでくるかも知れない。その恐怖に事前に備えるために憲法を改正して軍事力を強化する必要があるかも知れない。この考え方を勇気をもって押さえ込むには、地球上に数多ある民族になかに、唯一「戦争を放棄した」バカな憲法を大切にしている国があると、いさぎ良い民族の生き方を選んだらどうだろう。第二次世界大戦で桜の花が散るのになぞらえ、若い特攻隊員は潔い死に方を選んだ。潔い(いさぎよい)気質を尊び、あっぱれな決断「平和憲法」を大切にする日本民族に栄光があらんことを願う。

2016/2/29 月曜日

2016年2月29日72歳の雑談

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 14:01:10

閏年の2月29日は請求書の支払い期限が多く、一日分得したのか、それとも毎月に比較して2月は損したのか、考えても仕方の無いことを思ったりする。民主党と維新の会が一緒になるというが、これも考えても仕方の無いつまらない世騒がせのように感じる。先日報道された野田前首相と安倍総理の議論では、野田前首相の弁舌の巧みさと実直な人柄を感じた。勝手ながら新党を結成するのであれば、新党の名前よりも誰が党首になるかで世の中に与える印象が大きく異なるのではなかろうか。これも世の中に通用しない提案と思われるが、個人的には野田前首相が新党の党首になったら、私の一票を投じてもいいと思う。それ以外の人であれば党名がどのようにカッコウ良くても、安倍さん支持しか選択肢がないように思う。考えても仕方のないことにシリアでの停戦がある。戦争は悲惨であることは誰しもが知っているはずなのに、停戦して和平の形をつくることが難しい。自爆テロの話を聞くと、日本の神風特攻隊の現代版と感じる。テロ組織は自爆テロで仲間を犠牲にしているのだが、それでも自爆テロに向かう若者が多数居るのは事実である。ゼロ戦で敵艦船に特攻した若者も日本の国のためという純粋な気持ちと責任感からだった。テロ組織でも同じく若者の純粋な気持ちを利用して自爆テロを仕掛けているに違いない。これも考えても仕方ないことだが、この自爆テロの愚かさを若者に浸透させる手段はないものだろうか。ジョンレノンの「イマジン」を世界の幼児全てに暗唱させたら、少しは平和な世界が期待できるのでは。・・・

2016/1/1 金曜日

72歳6月の正月

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 21:10:19

72歳半の正月を迎えた。ディズニーランドのカウントダウン花火を自宅の玄関先から昨年正月と同じように眺めた。次々に色彩を変化させる花火、三角や四角の花火、終わりに近づくと多色の花火と、毎年豪華さが増している。紅白では最近の流行にまったく関心がないせいで、「こんな歌も流行したのか、という2015年まとめて復習」の歌番組である。ケバケバ、騒々しい音楽が次々に流れる中で「よいとまけ」だけは心に沁みた。「父ちゃんのためならよいとこーら、母ちゃんのためならよいとこーら」は、我が親の世代が第二次世界大戦に敗れてのちの貧乏で苦しい時代に頑張った歌声だった。わが身は大戦中に生まれ、親が苦労したことは間違いない。母が父の職業は国家公務員で2週間ごとに間違いなく給料が支払われるから助かると話していた。それでも、給料日が近づくとご飯にコロッケ1個の食事で済ますことが多かった。「よいとまけ」の歌詞にあったように、高校を卒業し、大学も卒業して、エンジニアを職業とする平和な時代を過ごした。全て父、母の苦労が報われわが身の幸せとなった。父母は既に他界している。現在は子供3名、孫が2名だ。「よいとまけ」の歌を孫たちは「分かるかな?」と連れ合いに話しかけた。「無理だろうね・・・」

2015/8/25 火曜日

秋風とジョギング

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 14:52:12

先週まで真夏の熱風を感じながらジョギングしていた。熱中症にならないように夕方5時からディズニーランドの周囲を走った。それでも5キロ走るのが精一杯で、コンビニに立ち寄ってポカリスエットを飲んでやっと何とかなるジョギングだった。先日日曜の夕方は少し風の具合が変わった。自宅から出発して涼しく感じる風が吹いていた。それも、真夏の風と秋の風が交互に混じりあい、場所によってどちらの風かが吹いてきた。72歳でジョギングできることは幸せなことである、と自分に言い聞かせながら東京湾沿いの土手を走った。途中で若者のジョガーに簡単に追い越される。最初は小柄な男性に追い越された。こちらは時速7km代で走っている。若者は少し早い程度だった。ジョギングのルートでインターバルトレーニングを行う場所を決めている。一つ目は東京湾に面し富士山、ゲートブリッジが見え、風向きによっては羽田空港へ着陸する飛行機と競争しながらジョギングする土手である。ここで、走る速度を上げたら、直ぐに若者を抜いてしまった。追いかけてくる気配はなかった。二つ目のインターバルトレーニングの場所は旧江戸川河口で、スカイツリーが対岸のビルの間に見え隠れする。今度は大柄な若い女性に追い抜かれた。そこで、速度を上げて走ってみた。時速10kmは出ていたと思うが最後まで抜けなかった。彼女の足取りは軽く、こちらのドタドタ走りとは比較にならなかった。涼しい秋風が吹き始めたので、ジョギングの距離を少し伸ばそうと思い始めた。

2015/7/29 水曜日

回転寿司の無料サービス券

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 22:44:15

昼食を外食で済ませることが週に2ないし3回ある。1年以上前はサラダの大盛りが気に入ってサイゼリアに通っていたが、メニューが変更になり小さなサラダしか選べなくなった。最近は古淵駅近くのイトーヨーカドー建物内の食堂街にある回転寿司が気に入っている。12時過ぎると順番待ちになるのでなるべく11時半ころ到着するようにしている。高齢者にとって回転寿司が気に入る理由は、料金がお皿単位に明確にわかることである。体重を気にしながら昼食では5皿までと自分に言い聞かせている。この回転寿司はレジでサービス券をくれる。次回の昼食で無料で汁などを選べるのだ。そこで、無料券が常に事務所の机の上に置いてあり、仕事の最中にも目に入るので、毎週回転寿司屋に出かけるきっかけとなる。無料券に喜ぶのは昭和生まれだからかも知れない。
今日も暑い一日だった。昼食を食べた回転寿司で料金を支払うレジで順番待ちをしていたら、4名の東洋系の外国人が手間取って手続きをしていた。やっと終わったなと思ったら、レジから受け取ったサービス券について何やら相談している。私が毎回使っている、次回来店時のお汁無料サービス券について頭を寄せ合い、「これは何だ?」と相談しているようだ。すると突然、私の前にいた年配の小柄な女性がサービス券4枚を私に差し出した。無言ですが私に「あげる」と言っているようなのでThankYouと言って受け取った。4人連れは日本を旅行中の外国人のようだった。相模原の古淵のような田舎のスーパーにも旅行客が来ているのだ、と知り、枚数が増えても使い道の無いサービス券をもらって、何故かうれしく感じた。

2015/7/6 月曜日

「なでしこ」の日米決戦

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 18:06:47

ワールドカップ2015の優勝決定戦がTVで放送されていた。試合が開始されるとあっという間に2点取られてしまった。なでしこの足元をすり抜けるシュートだった。サッカーでは2点差はほぼ試合を決定づけるので、「これはダメだ」と家内はTV観戦をあきらめてしまった。8時半まで寝坊していた私は後半戦をTV観戦することとした。負けが見えていてもなでしこの戦い方に興味があった。米国チームとなでしこメンバーを比較すると、体格はあまりにも違う。昭和の感覚ではそもそも試合にならない体力差が歴然としている。スポーツの世界では欧米の考え方は体重で対戦のクラス分けをする。柔道が代表例だ。しかし日本の伝統は体力で区別しない。先日NHKで紹介されていた日本一を決める柔道大会では体重による区別をつけていない。体力面で劣っていてもなでしこは後半戦も頑張っていた。米国となでしこは実力差が歴然としているという見方もできるし、点差は5対2と開いたが実力は伯仲しているという見方もできそうだ。どんなに運が良くてもワールドカップで決勝戦まで戦うチャンスを得ることはとてつもなく難しい。澤選手はそのチャンスに恵まれた。次の世代のなでしこがまたワールドカップで活躍できるかどうかは疑問符だ。歴史が証明している。私が学生時代に東京オリンピックが開催され、日本のバレーボールは金メダルを獲得した。しかしその後女子バレーボールがなでしこほどジャーナリズムに囃されたことはない。昭和の世代から見ると「東洋の魔女」が産まれ代わって「なでしこ」となった。東京の魔女、なでしこ、の日本女子スポーツの伝統は、次にどの競技に引き継がれるのだろうか。若者がスポーツで活躍しあきらめない戦いを見せてくれるのは感動そのものだ。

2015/6/15 月曜日

運転免許の更新

Filed under: 70歳代が考えること — mizusawa @ 9:25:22

72歳の誕生日を迎え、一日前に運転免許の更新に行くことにした。70歳代に入ると以前の運転免許の更新に加えて「高齢者講習」の修了証明書が追加で必要だと郵便で案内があった。「高齢者講習」は民間の自動車運転教習所が委託されて行っているそうで、予め予約が必要であった。定員に制限があり、複数の教習所に問い合わせてやっと予約した。誕生日の一月前に予約したので、1月間待たされることになった。運転免許教習所に行くのは何と半世紀ぶりである。私が講習を受けた教習所は町の外れ、清掃工場のそばにあり、半世紀前に免許試験を受けた教習所とそっくり同じ印象を受けた。今回の免許更新では心配毎があった。左目の視力が低下しており、無事に合格できるかどうか。予め眼鏡屋でドライブ用に眼鏡を調整してもらった。講習には9名の高齢者が参加し、3組に分かれて運転実習があった。教官は運転中にしきりに話しかけてくる。受け答えしながら運転した。最初に普段運転している車の車種は何か?と聞かれた。頭は直ぐに答えを出さないが何とか答えることができた。同乗する他の二人の内一人は思い出せなかった。「痴呆初期段階」のレベル測定をしているかも知れないと感じた。車庫入れは3度ほど縁石に乗り上げそうになりやり直しをした。教室では視力の検査装置、模擬運転の評価装置があり、機械が測定結果を印字した。動体視力は30-59歳の平均相当とありOKだった。周囲の明るさが大きく変化する時の視力回復時間は70-74歳には平均であったが30-59歳と比較するとやや劣っているとなった。視野測定、眩光下視力も若者対比では低下していた。運転適性検査は「状況の変化に対する反応の速さと正確さ」試験で、反応の速さが同年代に比較しても遅いと評価された。渡されたデータを見ると20回の試験の内1回が規定時間を超過していた。その代わり「複数の作業を同時に行う能力」では若い人に負けないランク5の評価だった。一緒に運転試験を受けた二人は今も現役で仕事をしている。講習で受けた視力測定と運転能力測定はディジタル数値で若い人との能力の比較を表示してくれる。これは社会問題になっている高齢者の医療費支出を抑制する一つの有効な手段になると思った。例えば、60歳代に入ったら自治体が定期的に視力や運動能力を測定して本人に通知する。そして、健康維持に努力していると評価されたら賞状で褒める、である。団塊の世代は社会で競争してきた。きっと健康競争にも前向きに取り組むに違いない。

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