英語の勉強方法

私が学生であった40年以上前に比較して、日本の国際化は大変進んだ。東京オリンピックが開催された年に、電車の中で外国人に英語で質問された。英語でどのように話せば良いのかな、と考えているうちに、傍にいた他人が英語で答えてしまい、恥ずかしい思いをした。
大学入試では英語がもっとも苦手であった私だが、大学4年のときに、これからは英語が話せなければ仕事にならないと思った。そこで語学学校に通った。既に会社勤めをしていたので、土曜日の午後に神保町にあった英国系の語学学校に行き自費で勉強した。少人数で英国人の先生が教師となる語学学校であった。あるとき、前回と全く同じ授業を行う先生を見てがっかりし、授業の管理もできていない語学学校に通っても役にたたないとやめてしまった。
日本人が英語を勉強することと、英国人が日本語を勉強するのは、対等な関係であるから難しさは同等レベルである。一方ヨーロッパに行くと多くの言語を話す人がいる。ドイツ人で英語、フランス語を使いこなすなどである。私から見れば、類似の言葉が沢山あるので、ヨーロッパ人がヨーロッパ系の言語を複数使いこなせるのは当たり前だと思うようになった。
40年前に東京で出会うヨーロッパ人は日本人に対して英語で話しかけてきた。ところが最近はヨーロッパ人が日本語で話しかけてくる。これは本当に驚きだ。彼らにとって難しい日本語に挑戦して、マスターしているからである。
アメリカ人は英語で世界と話をするので、ヨーロッパの言語も使えない例が多い。一方ヨーロッパ人は多言語を使えるのが普通の教養人である。日本人は一般に英語にコンプレックスを持っている。また英語が話せる人は、頭が良いと日本人には誤解する人が多い。
学生が英語の勉強の仕方について、輪講で私に質問する。私の答えはいつもこうである。「英語の勉強は”慣れのみ”である。頭の良し悪しは関係ない。その証拠に英語圏で生まれれば誰でも3歳で流暢な英語を話す。」

月夜の海が若者を誘う

今年も九十九里浜で研究室の合宿をした。昨日は研究発表をほぼ全員が行い、来年2月提出時に100ページを予定している卒論も30ページの下書きを提出してもらった。
発表会が終わると学生たちは解放されて夕食後に九十九里浜海岸で花火を楽しんだ。学生が15名も居ると個性も色々だ。ほぼ満月に近い明るい月夜で、黒い波が押し寄せる海岸から眺める夜景は神秘的で不思議な印象を与える。
学生の一人は花火を持って暗闇の中で海に入っていく。昨年の合宿は新月で真っ暗であったが、その時も一人の学生が海に向かって走り飛び込んだ。夜の海は学生を誘っている。
このような光景を目にすると、既に成人した学生の行動が気になり、心配症になってしまう。別の大学で研究室を持っていたとき、同僚の教員から雑談で次のような話を聞いた。
毎年夏合宿の時期になると、三浦海岸を回って油壺近辺の海岸に立つ。そこで海に向かって祈るという。その昔合宿をしたときに、一人の学生が合宿中に海に溺れてなくなった。それ以来、夏の合宿の時期にその学生のことを思い出すという。
昨晩は海に花火を持って入っていった学生に声をかけて、海から出てもらった。学生も夜の海に恐ろしさを感じたと言っていた。満月が海に反射する神秘的な光に感じたのかも知れない。
今朝の光も眩しいほど明るい。太陽が昇る前から鶏が「コケコッコー」と鳴いている。また暑くなりそうである。

上司の仕事:部下の飲酒運転の責任を取ること

1年前の福岡市職員が起こした飲酒運転事故についてTVニュース報道があった。飲酒運転撲滅運動に努力しているさなかに、また本日福岡市職員がバイクで飲酒運転事故を起こしたそうである。
会社で上司の立場にある人は、部下の飲酒運転に気を使う。20年以上前、次のような話を聞いた。会社のグループが忘年会を開いた。課長は忘年会の席で、普段車を運転している部下に指示して、車のキーを出させ、部下が忘年会の終了後、車を運転することが無いようにした。
ところが、部下は当日帰宅時に飲酒運転で事故を起こした。課長は自分の背広のポケットに預かった車のキーをしまい、それをハンガーにかけていた。部下はその背広からキーを抜き取り、車で帰宅し飲酒事故を起こした。その課長は部下の起こした事故の責任をとる形で左遷された。無論事故を起こした当人は懲戒免職である。
私が若かった頃の日本は、交通事故による死者が年間1万人を超えていた。その数値は減る気配がなかった。その後自動車の改良や、交通システムの改善、さらに交通ルールの徹底が図られた。昭和45年に1万6765人が交通事故でなくなったのに比較し、平成18年度は8326人と1万人を下回っている。昔の数値を知っている私には、現在の交通システムは大変改善されたと、驚きを隠せない。
それでも、飲酒運転による事故が続いている。上に書いた私が聞いた飲酒運転事故の例も、中途半端な注意では飲酒運転がなくならないことを示している。会社帰りの飲み会は一切禁止の法律を作ることを提案したい。一度帰宅してから、会社の同僚が飲み会に集まることは、禁止する必要はない。飲み会が無くなって、お父さんが早く帰宅することは、少子化の歯止めに有効な手段であり、一石二鳥となろう。

論文博士の価値

本日2007年8月19日読売新聞の朝刊17面に、「論文で学位」を与える仕組みを廃止する論議、について記事があった。記事には、中央教育審議会は2年前、「国際的な考え方などを念頭に、あり方を検討していくことが適当」と将来的に論文博士を廃止する方向性を打ち出した、とある。
私は論文博士で工学博士の学位を与えられ、現在64歳で私立大学理工学部で情報テクノロジーを教えている。大学院の博士課程まで在籍して学位を与えられる課程博士に比較して、論文博士は別の意味で価値がある。
大学は社会の広範囲な学問分野を凝縮した形で、学生にそれぞれの分野について基礎的な知識を与えている。社会を経験せず、優秀な成績で大学に残り、研究教育する人材も大切である。同時に変化の激しい社会の動きを体験して論文として整理し、大学に論文として提出する仕組みも重要である。
実際、大学の教育内容が社会の実態から乖離しがちな状況、を改善するに役立つと考える。論文博士の審査過程で、大学の先生方は提出された論文の論旨の一貫性や体系については注文をつける。しかし、その内容については、大学側が社会の最新動向を勉強しており、大学教員にとって大変有効なフィードバック手段である。
学生は大学で教育する内容が時代遅れかどうかは敏感に感じている。ある大学で授業をしていたとき、教壇に近い席に座っていた学生が「**先生は30年前の教科書そのままで授業しているんです」と話しかけてきた。学問の世界には物理的な現象や数学のように基礎的で変化しない学問領域もあれば、情報技術のように大きく変化している応用分野としての学問領域もある。(理工学以外の学問領域については門外漢なので触れないことにする。)
論文博士は安易な学位取得手段であると考える向きが居たら困るので、課程博士より格段に難しい難関であることを知っていただきたい。理工学分野では学会論文誌に掲載されることが論文受理の前提条件になっており、論文博士の場合には少なくとも3件審査をパスしていることが条件であり、課程博士はこの条件に比較して一般にかなりゆるい。
日常の仕事に追われながら、論文博士に挑戦するのは余程の覚悟がないと達成できない。また論文を書く上で頭の中に雑然としている知識を体系的に整理する努力は、困難であるとともにすばらしい知的活動である。例えば社会人として20年以上働き、40歳代に入ってからの論文博士挑戦は価値がある。本人にとって価値があるだけではなく、社会にとって価値があると自負している。
私事で恐縮であるが、40歳から学会投稿論文作成に取り掛かり、少なくとも3件採用してもらうには6件は投稿しなければならないと努力し、その結果を大学の先生に論文として提出し、沢山のアドバイスをいただいて何回も論文を書き直し、やっと論文博士の学位をいただいたときは47歳になっていた。
完成した博士論文の製本を自宅に持って帰って家内と子供たちに「パパの学位論文だぞ」と見せたら、家族はそれぞれ「フーン、良かったわね」というだけで、論文を開こうともしなかった。

終戦の日の防衛省人事の取り上げ方

8月15日は終戦の日。夕方地平線に重なった雲の向こうに太陽が沈みかけているとき、北東の空には原爆雲のような形をした雷雲が太陽の光に赤く照らされていた。
朝刊には防衛省の次官人事についての記事があった。その取り上げ方には新聞社によって違いが見える。まじめに文民統制の立場で記述している記事、小池防衛相と守屋防衛次官との陣取り合戦として興味本位に記述している記事、を目にした。
私は太平洋戦争中の1943年に東京で生まれた。東京大空襲の前に千葉に疎開し、運よく現在まで生きながらえた。中学校、高等学校で歴史を学び、第一次世界大戦、第二次世界大戦と大きな戦争があったことを教わり、第三次世界大戦は私が50歳になるまでに発生すると予想していた。運動神経が鈍いので、第三次世界大戦が始まったら戦場で最初に死ぬのは自分であろうと考えていた。
歴史から教わったことは、強い軍隊は暴走しがちである、ということだ。人間だれしも、自分が権力を握ると、その権力を誇示するために使いたがる。軍隊や警察組織ではこの点がいつも国家に付きまとう問題で、組織の仕組みで暴走を止めなければならない、というのが私個人の歴史から学んだ知識だ。
安倍総理が誕生してから、憲法改正の議論が盛んになされるようになった。戦後64年が経過して、日本人の考え方が民主主義と文民統制について十分理解し安定した社会になった、と思うのであれば、憲法改正について議論できる時代になったと考えても良かろう。しかし、最近の新聞報道から、「危ない」という臭いが感じられる。
防衛庁が防衛省に昇格したのは、つい最近のことである。そして直ぐに、防衛次官が人事について現職の大臣に真っ向から対立する事態となった。背景に政治が絡んだ複雑な事情があろうが、私が気になる臭いは、防衛次官が「権力を誇示する」行動に出始めたということである。
もしかすると、防衛省に昇格させたのは失敗ではなかったのか、この先憲法改正議論が進むと防衛次官に更に権力を与えることになるのではないか・・・。杞憂に終われば良いが。
そんなことを考えながら江戸川の川岸を歩いていたら、原爆雲に見えた雷雲が赤ん坊を抱いた母親にも見える形に変わっていた。平和を大切にしたい。

格差社会と日本の豊かさ

お盆で日本中が休暇を楽しんでいるように報道されている。私がサラリーマン生活を開始した時代には、土曜日も半日仕事をするのが当たり前であった。何時になったら週休2日になるのかと若い頃休暇が増えることに期待したが、なかなか実現しなかった。1ドルが360円の時代から40年が経過して、現代日本は経済大国として世界に認められている豊かな国である。その国で国民の格差が広がっていると指摘がある。
格差社会を年収で議論すると分かりやすい。が、本当の「豊かさ」を真剣に考え、個人の判断で自らの豊かさを見つける努力が求められる時代になった、と時代の潮流を読みたい。
「我が身の豊かさ」について、基本から見直して見る議論が欲しい。今の日本は平凡なサラリーマンの目線で、次の2点で豊かさから程遠いと感じている。
(1)実際に取得できる休暇日数が少ない。
(2)毎日の残業により帰宅時間が遅く、家族と会話する時間がない。
NHKラジオのフランス語講座6月30日の番組には、耳を疑いたくなるような休暇取得日数の紹介がある。そもそもフランスは社会党政権が長いこと続き、40年前でもバカンスの国であった。テキストブック97ページには次のように紹介されている。
「フランスでは、サラリーマンは、年間平均39日の有給休暇を享受している。というのは、例えばドイツでは27日、オランダでは25日、イギリスでは23日、カナダでは19日、オーストラリアでは17日しかなく、そして、アメリカではたったの12日だからである。(Expedia / Harris interactive-Novatrisの2005年5月の調査による)」
サルコジ大統領が誕生したことで、フランスでさえアメリカ並みに休暇日数が減るのかどうか、今後の動向に注目したい。お金を稼ぐことが「豊かさ」なのか、休暇をエンジョイすることが「豊かである証」なのか。先進諸国は資源を多量に消費する豊かさを追い求めてきたが、「節度を持った豊かさ」について、一人一人がどのように行動したらよいのであろうか。
家族と会話する時間が短いことは、「少子化」と「青少年の生活の乱れ」という形で、現代の日本社会にフィードバックされているように感じる。教育基本法の文面の問題ではない。欧米では「家族のため」という言葉が「仕事のため」という言葉より頻繁に使われている。上司が職場から早く帰宅することを望んでいても、上司はその上の上司に気を使い、中々帰らない。そのような職場で、仕事に区切りをつけ「家族のため」に帰宅する勇気が、サラリーマン諸君に求められている。

牛乳屋と牛乳を飲む人はどちらが健康か?

「餅は餅屋」という諺がある。この言葉の本来の意味合いは、専門家にはかなわない、あるいは専門的な仕事は専門家に任せるのが賢い、という意味であろう。しかし、日常生活でも仕事の世界でも、しばしば他人の専門分野の仕事をやさしいと決め付ける素人が居る。そしてそのような考え方の人を「ネギ鴨」にする業界がある。

先週ある医科大学の教授と打ち合わせを行った。その席ではサイバーホスピタルを実現するネットワークについて議論があった。私はネットワークの専門家であるが、プロジェクトの実質的な責任者と思われる教授は私に次のように発言した。「医科大学にもオタクみたいなネットワークについての経験豊富な人が何人も居ます。そのような人にネットワークのことは任せれば良いと考えています」私の感想は、この教授は医療の分野は別として、「他人の専門分野の深さを理解しない人だ」だった。

「牛乳屋と牛乳を飲む人はどちらが健康か?」という文章は諺ではなかろうが、現代社会の問題点を指摘している。「牛乳を飲むことでより健康になることができる」という主張に反対する必要はないし、私は牛乳の愛好家である。この文章は毎朝牛乳瓶を配達する牛乳屋さんの方が、運動しないで牛乳を飲むだけの人より、格段に健康的であるという意味と理解している。

通勤電車の中には、飲み物の広告が毎日のように入れ替わり貼ってある。皆、健康をうたっており、これでもかこれでもかという具合である。メタボリックシンドロームの危険領域に入っている我が身としては広告に目がいくし、飲むだけで健康になるならこれほど楽なことはない。しかし、人生64年の経験で、グレーゾーンの臭いがする。つまり、「広告主の言うことを鵜呑みにするな。自分で冷静に判断しろ」という自らへの戒めである。

類似の事柄は沢山目にする。結婚して子供が誕生して、自分の生命保険を初めて掛けた。30数年前である。幸いなことに生命保険の世話にはならずに、子供3人が大人になった。新聞を賑わしている保険会社の不払いを聞いて、当然の成り行きだったのかも知れないと思った。先にお金を預かる業界は、お金を支出することをためらうのが経済原則に合うようだ。つまり保険業界もグレーゾーンと考え、自分の責任で保険をかけるかどうか判断せざるを得ない。そういえば保険業界も広告の多い業界である。

社会保険庁までグレーゾーンと考えざるを得ないような事態が沢山報道されている。いろいろ批判はあるものの、日本の官僚は優秀だと聞いていたので、官僚組織までグレーゾーンと考えなければいけなくなったのか、とため息が出る。しかし、冷静に考えれば当然かも知れない。「自分の将来は自分で担保しろ」と国家レベルで親切に教えてくれている。

毎日株価の動向を気にしている同世代が居る。株の取引については、「自己責任」で売買することがアドバイスされている。従って社会ルールはしっかりしているように見える。それでもグレーゾーンと感じてしまう。社会を賑わしたインサイダー取引は、見えない取引も含めたら多分列挙に暇がない、のであろうと考えてしまう。

その昔私も株を購入し、現在も塩漬けになった株を保有している。経験からしっかり分かったことは「牛乳屋と牛乳を飲む人はどちらが健康か?」を言い換えて「株屋と株を売買する人はどちらが稼ぐか?」であった。私にとって答えは明白である。いくら自分の能力に自信があっても、株の専門家にはかなわない。

グレーゾーンというより、明らかな犯罪の臭いのする情報が、インターネットに蔓延している。在宅で稼げる、アフィリエートで月給が何倍にもなる、ブラッククレジットカードを扱います、お金を貸します、ピンク系の誘い、などなどスパムメールが山ほどである。社会常識として、これらは全て黒い手口で「ネギ鴨」を狙っている、どちらかといえば素人集団の活動であろう。近寄らないに限る。

このような明らかな「悪」は自己責任が明確である。社会に貢献している善良な仕事人間の健全な判断を狂わすのは、グレーゾーンの業界である。しかもその業界は、隆盛を謳歌している。

上司の仕事:出世の種まき

大企業でサラリーマンを始めると、同年代の新入社員が数百名と多数である。2年ないし3年ごとに人事の周期が回ってきて、同期の出世は人一倍気になる。私が会社勤めを始めた40年以上前にも、入社直後の同期が一緒になった研修会で、「私の目標は社長になることです」と明言した男を複数覚えている。既に私は社長になる年代を過ぎているので、社長になると明言した複数の男性社員は結局社長になれなかった事実を知っている。私は社長になるとは言わなかったし、社長にならなかった平凡なサラリーマンである。
社長になるには、上司に一定レベルの能力がある、つまり優秀であることを認められる必要がある。自分が20代の社員として働いているときには、30代の上司に仕事ぶりを評価される必要がある。自分が30代の社員として働いているときは、40代の上司に仕事を認められる必要がある。40代で仕事をしながら、自分の上司を観察したら、なるほどと感心した行動パターンがあった。
あるとき、周囲から優秀と認められている上司の米国出張に同行した。それなりに米国での研究所訪問を終えて、帰国便の中での光景である。上司はスチュワーデスに頼んで、機内で購入できる土産品の送付リストをせっせと書き始めた。なぜその様子を私が覚えているのか不思議であるが、「なるほど、このように行動するのか」と感心したからであろう。
私は、「仕事ができる人間が出世する」と単純に考えていた。能力があろうが無かろうが、誰でも自分の仕事には自信がある。従って人事の時期に希望するポストが与えられないと、「会社は私の仕事ぶりを正当に評価していない、けしからん」と考える。私も同様であった。それでは会社ではどのように社員を評価するのであろうか。ポイントは「仕事だけが評価のための情報ではない」ということである。
実際、部下を評価する立場になると、人の評価は大変難しいことが分かる。昨日は優秀に見えた部下が、今日の議論では浅はかな考えをしていると思ったりする。つまり上司は部下を見て、その評価は毎日大きく振れているのだ。
上司は人事評価書類を提出する時期にどのような評価判定にしようかと迷う。その時、周囲に居る別の社員の何気ない会話が耳に入る。「・・部長は優秀なだけでなく、実に細やかに気配りしている」 この言葉が、出世競争とは無縁な事務系女子社員から発せられたとき、その効果は絶大である。
上司の部長は、帰国便の中でせっせとお土産の送付書類を作成していた。オフィスで一番おしゃべりが多いと思われる事務系の女子社員向けである。私にはそのような気配りをする深い洞察が無かった。
お断りしておくが、最近では男女雇用均等法の精神が、時間がかかっているものの、着実に仕事の世界にも組み込まれている。従って、同じ作戦が通用するかどうかは、保証の限りではない。

真夏日とバイク事故

8月に入ってお盆が近づいてきた。30度を超える夏日が続くようになると、若者が単車を飛ばす光景を目にするようになる。若い頃少ししか無い小遣いをはたいて、バイク屋の店頭に並んでいた、1気筒125ccのバイクを40年前に買った。エンジンをかけるだけで一苦労するような安物であったが、バイクで風を切る爽快さを知った。
太陽がジリジリ照り付けるこの時期、我々の時代に比較して格段にリッチになった若者が、大きなバイクに乗って突っ走る様子を見ると、若い頃の自分を思い出す。その頃一つ経験をした。バイクで5角の交差点の真ん中で転倒したのである。交差点には砂利があり、ハンドル操作を誤って倒れた。周囲から車が近づいてきたが、皆停止してくれた。私がかすり傷を負っただけで事なきを得た。
バイクは危険と身にしみて知り、せっかく買った中古のバイクに乗らなくなった。結婚してからはなおさら、バイクには近づかなかった。男の子が育つにつれて、昔自分がバイクが好きだっただけに、バイクに乗ると言い出すのではないかと心配した。が、既にその年代は過ぎてホッとしている。
昨日も30度を越す暑い日であった。いつものジョギングコースで私のゆっくりしたジョギングを救急車がサイレンを鳴らして追い越していった。ディズニーランドの周囲を走る私のジョギングコースで救急車が走ることは滅多に無い。暑い日差しを避けて、ホテル街の外側を走っていると、先ほどの救急車が停車していた。パトカー、ディズニーランドの警備車と思われる青いパトライトをつけた軽自動車も停車していた。
救急車が停車していた場所は、直線道路の終わりで曲がり角である。スピードを出していなければ簡単にカーブを切れる半径の比較的大きな曲がり角である。左側のガードレースの傍に大型バイクが倒れていた。その傍に担架が置いてあった。私は道の右側をジョギングしていたので、事故を起こした負傷者を見ることは無かった。若者か年配者かも知らない。ただ、昔の自分の経験から、直線道路で気持ちよく飛ばし、それほど難しくないカーブでガードレースに激突したのだろうと思った。
週末に走るジョギングコースには、別の交差点の近くに、切花がガードレールにくくりつけてある場所があった。1年以上の間、週末には花が供えてあり、誰かが新しい花を供えているのだと思った。ずいぶん長いこと続くので、交通事故で家族を亡くした方が、切花を供えているのだろうと思っていた。その花も最近は見なくなった。
昨日見たバイク事故の現場に、また切花が供えられるようになるのではないかと気になる。真夏の暑い太陽が、また若者の暴走を誘っている。