2007/10/30 火曜日

NOVAは救うべきか?

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 20:31:53

先週からNOVAが会社更生法を申請したとニュースで騒いでいる。NOVAは散々国の指導を無視したのだから、倒産して当然と考えていたら、どうもそうではないようだ。受講者を守るため、また外人講師を守るために、NOVAの経営権を引き継いでくれる法人を早急に見つけることに、国が協力して欲しいと破産管財人が要請したそうだ。
困っている人が居るので、助けることに協力して欲しいというのは、それなりに筋が通っているように誰でも感じる。しかしNOVAについては、受講者が支払ったお金を適正に処理していなかったことは、たびたび報道されていた。またか、というほど何回も報道されていたのである。その事実を知りながら、NOVAに授業料を払った人々に支援の手を差し伸べるとしたら、支援の度が過ぎている、と感じるのは私だけであろうか?
最初にまとめて支払えば一回あたりの授業料が安くなりますよ、という説明で多額の金額を支払い、結局英会話学校に通うことに無理があったので途中から授業を受けなくなってしまったというのは、さもありなんと思う。英会話を勉強しようと決断したことのある人は、私も含めて誰でも経験したことであろう。おそらく、大多数の人は自分の判断の甘さを恥じて、無駄な授業料を回収しないままに終わっている。
今回のNOVAの会社更生法の申請で、400億円を超えるような負債を肩代わりして、NOVAを引き継ぐような会社が登場するかどうか、非常に興味がある。けれど、そのようなことはやめた方が賢明ですよ、と伝えたい。引き継いだ会社が社会から拍手喝采を受けるとは思えない。
無理に会社更生法でNOVA,あるいはその後継会社を復活させる必要は無い、と私の直感が主張している。皆さんはどのように感じているのであろうか。他方、食品の賞味期限貼換えで、大手の食品業者が次々に槍玉に上がっている。NOVAの例も、食品会社の例も、社会の仕組みに従って、その罪を償う当然のルールが適用されることが、将来の望ましい社会を生むと考えたらどうであろうか。

2007/10/25 木曜日

ボルドーの旅(12)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 8:38:09

このお城の入口に高い塔が立っている。その先頭には三角形の金属製と思われる旗がついていた。中世のお城が目印としていた旗であろう。城壁に貼ってあった古びた紙の掲示に、購入希望者は喫茶店にお問合せくださいと書いてある。もし日本人がこのお城を買ったら、あの旗を日の丸に取り替えても良いのかと質問したら笑われた。余程の金持ちでないと、買えない値段のようだ。
夕食になった。先ほどネアックで買ってきた魚を長時間オーブンで料理した夕食がでた。今回の夕食も宿泊客は我々だけである。フランスのボルドーでは赤ワインのイメージであるが、ガスコーニュは良い白ワインがあるという。そこで白ワインを飲んだ。
フランスの民宿の仕組みについて教わった。フランス全土をカバーするジット(Gite de France)という組合がある。
http://www.gites-de-france.com/fr/gites_ruraux
南フランスはヨーロッパ人があこがれるバカンスの地である。フランスでは週35時間労働が法律で決まったことにより、バカンスを楽しむ人が増えたのだという。それに伴いジットも増加したのかも知れない。サルコジ政権になってから、労働時間を見直し増やす動きがあるが、フランス国民は豊かな大地に住み、人生をエンジョイしている。我々日本人が南フランスでバカンスを楽しもうとしても、ジットに宿泊するには言葉の面でも生活習慣の面でも躊躇する。我々が今回試したような若干の無鉄砲さも必要となろう。南フランスを旅した今回のジットについてもっと知りたい方は、以下のメールアドレスにお尋ねください。
cap@job.tele.co.jp
(完)
ネアックのシャトーネアックのシャトー

2007/10/24 水曜日

ボルドーの旅(11)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 7:33:29

午後は周辺の町に車で散歩に出かけた。道路に立っている小さな案内板に、「地域の素敵な村」と書いてある。町の真ん中が円形の公園で、木が整然と並んでいる。市がたつと出店と人で毎週にぎわうという。町の少し外れには昔のシャトーを利用した三ツ星ホテルがあった。
さらにブドウ畑の中を車で散歩した。見渡す限りなだらかな丘陵の起伏が続いており、大半がブドウ畑であるが、ところどころに民家や木立が見える。
次に到着したところは、空の堀で囲まれたシャトーであった。お話ではローマ法王庁の比較的身分の高い方が住んだお城である。中心の位置するお城は屋根も無く、人が住める状況ではない。それでも売りに出ているという。
このお城の境内にはみやげ物屋と喫茶店があった。コーヒーを注文して休憩した。コーヒー店の中には日本の招き猫が2体あり、右手を振っていた。日本人客がコーヒー店にあげたのかも知れない。
スペイン人4,5名のの観光客グループが自動車で見物に来ていた。みやげ物店に入ると、この地域名産のアルマニャックの小瓶を醸造年代別に並べて売っていた。年代ごとに異なる価格を一覧で表示した紙がその脇にあったが、値段を見て自分の年代のアルマニャックを買うのをあきらめた。
不思議な光景を目にした。壊れかかった教会の足元に小さな庭があった。その庭には「緑色のバラ」が咲いていた。バラの花は我々が普通イメージする丸くふっくらとした形状ではなく、緑の葉に近いものであった。蕾を見ると、確かにバラのつぼみで、とげもある。この緑のバラは他の場所に移しても咲かないと言う。
緑色のバラの花緑色のバラの花

2007/10/23 火曜日

ボルドーの旅(10)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 16:15:00

ネラックにはヘンリー4世のお城(シャトー)がある。お城にしては小さいが町の中心にあり、公園に面していた。昔は建物が公園の方まで延びていたようであるが、現在は壊れた壁の残骸が残っている。お城を見学しようと階段を昇ったが、開館時間ではなかった。
旧市街の狭い道や教会めぐりをした。古い家屋は家の柱が外側の壁面にむき出しになっている。壁が斜めになっている家も多く見かけた。狭い道を歩くと川に出合う。その上を太鼓橋のように真ん中が高くなった石橋が渡っている。川には水位に段差があり、川を行き来する船が水位の違いに対応するための、周囲を囲ったドックがあった。その昔川が交通の手段であった時代の名残であろう。
教会に入るとお祈りをささげている女性が一人座っていた。周囲の壁には高い位置にステンドグラスが位置しており、宗教絵が多数描かれていた。
ネラックの町の中心付近に大きな木が茂った公園がある。木の幹がコケで覆われており、根元から我々の背丈よりも高い位置にまで伸びていた。この公園はお休みになると家族連れでにぎわうようであるが、我々が訪れたときには人影がほとんど無かった。公園の入口には第一次世界大戦で戦士した町の人を敬う記念碑があった。どの町に行っても、同じような戦死者を敬う碑が目に入った。帰り際に公園の出口に、観光バスが止まっていた。雰囲気から米国人の団体ではないかと思った。
民宿の入口には無造作に大きなハンドルのついた鉄製の機械の一部が転がっている。昔ブドウを圧縮して汁を絞り出す機械として使っていたものらしい。オーナの娘さんは大学を出てからスイスのホテル学校に1年通い、ホテルマネージメントの学位を取得し、その学位記が民宿の壁に掛けてあった。オーナ家族が日本に滞在していたときに手に入れたという、日本酒の酒樽、それも瀬戸物でできた大きな樽が廊下に置いてあった。(つづく)
ネラックの旧市街ネラックの旧市街

2007/10/22 月曜日

ボルドーの旅(9)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 12:13:59

ガスコーニュの田舎料理が食卓に出てくると、娘さんが料理の内容を説明してくれる。料理の材料の買出しからオーブンを使う調理までは奥様が主に担当しているようだ。
夕食は日本の生活を懐かしむオーナ家族との会話で盛り上がった。レンタカー会社とのトラブルの一件を説明して、FAXを使わせてもらった。インターネットのWIFIアクセスは電波がなくてできなかったが、ご主人は自分の部屋でネットアクセスして色々な情報を得ている。残念ながら日本語フォントは表示されなかった。
我々が泊まった部屋は、シャワーがあり、お風呂は無かった。部屋は寒かったが、電気ヒータが設置されていた。一日の出来事が多くてくたびれた。
夜中に何回か目を覚ました。朝7時を過ぎてからだんだん明るくなり、8時過ぎに朝食をとった。朝霧が深く、自動車は全体が水滴で濡れていた。
昨晩は暗くなってから到着し、民宿の周囲を見ることができなかった。ジットの周りを歩いて見ると全て畑に囲まれている。霧が深く、しっとりとした風情である。庭にはプールがあり、シートが被せてあった。鳥の鳴き声が聞こえたが、日本では聞きなれない鳥の歌であった。
太陽が昇り始めると、民宿の裏側の庭を窓越しに見ることができた。人の気配がない裏庭にリスが出てきて走り回っている。3匹が遊んでいるようでかわいい。
車で2kmの小さな町ネラック(Nerac)へ散歩に出かけた。町の真ん中に車を駐車して、まず魚屋さんへ行った。ネラックは住民7000人の小さな町である。時計台が広場にあり、役場がその広場に面して立っていた。
魚屋さんは車で引いてきた大き目の屋台で、道路わきの電気コンセントから電気をもらって、営業をしていた。牡蠣、ムール貝、海老と海産物を並べていた。週に2回ほどここに魚を売りにくるという。どうも他には魚屋さんが無いようだ。」(つづく)
公園の水鳥家族公園の水鳥家族

2007/10/21 日曜日

ボルドーの旅(8)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 11:29:47

夕食は食堂に準備してあった。他にお客さんが居ないので、我々二人とホテルオーナ家族3名が一緒に夕食を食べた。この地域はガスコーニュ(GASCOGNE)地方で、ローカルな味を食べさせてくれた。
ガスコーニュでは食事に必ずスープを飲むそうだ。スープはニンニクの味がした。鴨の肉料理、イチジクの料理、フランスパンである。
ご主人の説明では、ガスコーニュ地方のワインはボルドーほど有名ではないが、品質は同等レベルだそうだ。ワインのぶどうから絞った汁で、ワインに熟成させる前の液体を、FLOC DE GASCOGNEとよび、この地方特有のアペリティフだと紹介してくれた。ワインと同じように赤と白を試しに飲んだ。サラッと軽く飲めるブドウ液だ。
ホテルのオーナは世界各国で仕事をした経験を持つ。一見サンタクロースの風情があるやさしいご主人である。日本にも10年以上滞在した経験があるという。
我々は、このホテルを訪問した始めての日本人のお客さんだそうだ。現在のオーナは2000年からこのホテルを経営している。夏は多くのバカンス客が訪れ、大忙しとのことだ。我々が訪問した10月中旬は仕事が一段落して、比較的空いている時期であった。
ホテルには各国からお客さんが来る。一番多いのはフランス人、次がベルギー、それからイギリス人他である。フランスの田舎生活はヨーロッパの人々にとって憧れのようで、何回も訪問するお客さんが居る。
そうそう、この民宿の名前を紹介するのを忘れた。興味をお持ちの方は以下のURLにアクセスするとフランス語と英語で情報が分かる。
ドメーヌ・ド・コーズ
http://www.domaineducauze.com/
ガスコーニュの田園風景ガスコーニュの田園風景

2007/10/20 土曜日

ボルドーの旅(7)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 7:28:29

フランスの田舎道を車で走っていて道に迷った。停車して地図とカーナビの標識を見ながら考えた。逆方向に走っていた。Uターンして目的地ネアックを目指して走った。
やっとネアックに到着し、その先にあるホテルまで2kmのところに来た。幹線を外れて1車線しかない田舎道を数百メートル上り、ホテル入口の門柱を通過した。入口は車一台がやっと通過できる程度の幅である。フランスの田舎に到着した。夕方7時を回りすっかり暗くなっていた。
到着したホテルは、オーナの説明を聞いたら「民宿」と呼ぶ方が適しているようなので、これから「民宿」で紹介する。入口の街灯に照らされて、我々を民宿オーナの奥様が出迎えてくれた。我々の到着が遅いので、心配して外で待っていてくれた。車を止め、民宿オーナ家族に挨拶した。年配のご夫妻と娘さん、それに大型の黒い犬である。犬は人懐こく尻尾を大きく振って歓迎してくれた。
娘さんの案内で我々の部屋まで荷物を運んだ。だいぶ冷え込んでいる。荷物を運んだので最初は暑かったが、寒くないかと聞かれ、大丈夫と答えた。駐車場には人の気配で点灯するライトがあったが、それ以外は真っ暗である。シーンとしていて実に静かだ。
荷物を部屋に運び込んで、それから民宿の中を案内してもらった。昔農家だった家を改築して民宿として提供している。屋根が高く、全てきれいに整備されていた。我々が泊まった部屋は昔馬を飼っていた場所のようである。
この民宿をホテルと呼んでも差し支えないと思うが、フランスのホテルは星の数で5段階にランク分けされている。それに対して民宿はフランス語でジット(Gite)と呼び麦の穂の印で4段階にクラス分けされている。このジットは麦の穂3クラスであった。
フランス全土でジットは数万登録されており、Webサイトに紹介されている。
http://www.gites-de-france.com/fr/gites_ruraux
このアドレスから英語でジットを探すこともできる。
直ぐに夕食になった。(つづく)
フランスの小道

2007/10/19 金曜日

ボルドーの旅(6)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 10:14:43

フランス高速道路に無事入れたと思ったら、高速道路の料金所で立ち往生しそうになった。幸いなことに、なぜか柱の影に人が立っていた。警察官かも知れなかったが、支払い方法を教えてくれた。
左手のボックスから出てきた切符を取り、出口で支払うのだという。切符を取ると、ゲートが開いた。あせっていたので、車をドライブポジションにするのに手間がかかり、後続の車を待たせてしまったが、無事走り出した。
約1時間走り、高速道路の休憩所に入った。ガソリンスタンドとコンビニ、それに簡単な喫茶店があった。持参した地図で高速道路を降りたあとの道を確認し、コーヒーを気付け薬として、また車にのった。
6番出口が見えてきた。右手に入り、料金所ペアージで停車した。ここにも人が居ない。左側にボックスがあったので、そこに切符を差し込む。料金は6ユーロ何がしかが表示されたが、コインを投入する口が見つからない。仕方無しに「開けゴマー」と念じてクレジットカードを入れたらゲートが開いた。何とか開いてホッとした。
さて今度は田舎道を走った。一般道の制限速度はいくらか分からないままに、60km程度で走って見た。70kmや50kmの標識があった。標識の無いところは90kmで、街中になると制限速度が70kmや50kmになるようだ。
カーナビを見ながら走ることで、目的地がだんだん近くなる。ただ交差点は厄介である。交差点はロカード(ROCADE)と呼び周回して目的の道を選ぶ仕組みだ。町と町の間は単調な一本道として走るが、街中で標識を見失った。気がつくとカーナビの表示が徐々に元来たA62に近づいている。右側に停車して地図を見ながら考えることにした。(つづく)
ブドウ畑ブドウ畑

2007/10/18 木曜日

ボルドーの旅(5)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 8:42:18

ボルドー駅前レンタカー駐車場からいよいよ出発である。フランスでは車は右側通行なので、走り始めは車線の選択に注意しなければならない。前を走る車がいると、その後をたどればよいので安心だ。
比較的簡単に川沿いの高速道路に乗り、それからしばらく走ってグルノーブルを一周する環状線に入った。我々の目的はツールーズに向かう高速道路A62に入ることであったが、これも標識に注意していれば簡単だった。
夕方8時になると周囲が暗くなるので、初めての道を走るには、なるべく早めに目的のネアックに到着したい。予定ではもう少し早めに出発するつもりだったが、レンタカーの借り方に慣れないこともあって、出発は夕方5時半を回っていた。ネラックまでは100km以上ある。A62を走ると出口に番号が順に振ってある。ネラックは6番出口と宿泊案内に書いてあった。
高速道路では最初は慎重に運転した。制限速度が分からないのでとりあえずトラックの後ろを走った。すると時速100kmで走っている。しばらくトラックの後ろを走ったがその間乗用車に次々に抜かれた。だんだん慣れて、後続車両がいなくなった時に、左車線に入り130kmの速度まで出した。途中標識をみると、通常は130km、雨が降ったときは110kmとあった。
少し行くと、料金所が見えてきた。気がつくと高速道路の料金の払い方を我々は知らない。遠くから見て、料金所に人影が見える車線に入ろうとしたが、どの車線に人が居るのか判断できない。料金ゲートの上にはtの文字が見えるが、これが何を意味しているのか、それも分からない。仕方ないので適当な車線を走り、ゲートのところで止まった。目の前には行く手をさえぎる棒があり、左には料金支払いのためと思われるボックスがあり、しかし料金徴収の係りは居ない。さて困ったと周囲を見ると、柱の影に人が立っていた。我々は初めてなので料金の支払い方が分からないから教えてくれませんかと尋ねた。(つづく)
サンテミリオンのブドウ畑サンテミリオンのブドウ畑

2007/10/17 水曜日

ボルドーの旅(4)

Filed under: 熟年旅行 — mizusawa @ 21:01:07

エンジンを掛けるにはどうしたらよいかとあれこれ探しているうち、ハンドルの右手にある押しボタンを押すとエンジン音が聞こえた。エンジンはスタートしたものの、ブレーキを足で踏んでいるときにスタートするのかも知れないし、安全ベルトを装着したときにスタートするのかも知れない。何しろあれこれやっているとスタートする。もう一度ボタンを押すとエンジンはストップする。
念のためエンジンを停止してキーを抜こうとしたが、今度はキーの取り外し方が分からない。強引に引っ張っても抜けない。さて困ったとなでたりさすったりしているうちに、偶然キーを押し込み、そして抜けた。なるほど、もう一度押し込むと抜けるのだ。
次に調べるのが、方向指示器である。ハンドルの周囲には3本か4本の操作棒が突き出ている。操作方法は図柄で表示されているが、操作して見ないと使い方が分からない。ためしに右手の棒を動かしたら、石鹸水がフロントグラムに飛び散りワイパーが動いた。これではない。
次に左手の棒を操作したら、方向指示器のチカチカが出た。
チカチカ言うものの、今度は止め方が分からない。逆の操作をするとチカチカが停止する場合もあるし、反対のチカチカ表示になる場合もある。
次に、オートマのシフトレバーを動かして見た。Pのランプが点灯している。そのままではDの位置に動かせない。シフトレバーを握ったときに、右親指付近にあるシフトレバーのボタンを押しながら引っ張るとDとなった。同じようにボタンを押しながら前方に動かすとRになった。それ以外にもマニュアル操作と思われるポジションがあったが、考えないこととした。
まあ、この程度分かれば、車を動かせるかなと考え、試しにレンタカー駐車場の中を一周した。
日本では右ハンドルだが、フランスでは左ハンドルである。ボンネットの右に注意しながら一周して、今度は運転席の右に表示されているカーナビを観察した。カーナビは最近どの車にもついているが、私はカーナビ付の車を運転するのが始めてである。標識はきわめて単純で、目の前数キロメータの数本の主要道路が表示され、道路番号がその上に見える。予めネットで調べた道路の番号が表示されているので、これを使えば道に迷うことはなさそうだ。いよいよと覚悟を決め、「成るようにしか成らない」と成り行き任せのドライブ出発となった。(つづく)
ボルドーの屋根と河

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