2008/3/27 木曜日

上司の仕事:怪我の功名

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 22:35:04

世の中は「功名」が出世の必要条件である。戦国時代に出世した武将は戦場で「功名」を争った。
現代社会で「頭の良い人材が功名を挙げるか」と問えば、頭の良し悪しは必ずしも「功名」と関係しないところが人生の面白いところだ。
60歳の定年を過ぎてしまった世代から見ると、実際に会社の社長になった数多くの人材は頭脳だけで出世したとは思われない。むろん頭が良い人も中には含まれているが、誰が考えても偶然に社長の椅子が飛び込んできたと思われる人も多い。「サラリーマン社長なんてそんなものさ」と偶然に恵まれなかった我が身を慰める。
会社に突然降ってわいたような災難が発生し、その真っ只中に立つ羽目に陥ったとき、そのチャンスを苦労と考える人も居れば、出世の機会が偶然飛び込んできたと考えることもできる。周囲が見つめる大変な仕事は、周囲の注目を集め、本人を目立たせる。本人が仕事でつぶれてしまえば周囲は忘れてしまうが、会社の大事が時間の経過とともに治まると、本人の成果として周囲が評価するようになる。たとえ本人が全く役に立っていなくても、ただ本人がつぶれることなく、環境が改善するまで生き延びたということだけで、「功名」を立てられるのだ。
福田総理に「功名」のチャンスが巡ってきた。福田総理は「暫定税率廃止」について国民生活に迷惑をかけるから反対と発言している。また道路の特定財源を1年後に一般財源化すると発言した。しかし例によって、道路族の象徴的な政治家は、態度で「そのようなことは認めないぞ」と示している。
私が予想する福田総理の「功名」は、実際に「暫定税率が廃止」されることである。自民党の総裁が反対していることが、実際にはできてしまう、これが「怪我の功名」だ。一度廃止された「暫定税率」を復活するような動きを自民党がすれば、国民が選挙で自民党離れを起こすと誰でも考える。福田総理は意図せずに国民が期待する「暫定税率の廃止」を実現したということになる。
「怪我の功名」でも歓迎である。生粋の自民党員にはできない「暫定税率の廃止」英断に期待する。

2008/3/26 水曜日

上司の仕事:混乱の機を生かす

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 22:42:15

大会社であろうが、政治であろうが、平穏無事の時には出世のチャンスはなかなか巡ってこない。大きな変革あるいは混乱が発生したときこそ、従来のルールとは異なる出世のチャンスが到来する。
ガソリン税の暫定税率が廃止されそうな雰囲気になってきた。福田総裁は暫定税率が成立しないと4月以降に大きな混乱が発生して国民に迷惑をかける可能性があると報道陣に話している。
すでに暫定税率の廃止が時間の経過だけで決まる段階に差し掛かっている。先を読める政治家や官僚は、4月以降に発生する「混乱の機」をどのように活かすか考えているに違いない。
長年同じように繰り返されてきた暫定税率の延長により、国など大きな組織体では、間違いなく隠れた歪みを抱えている。道路財源が官僚の旅行や飲食に使われていたような事例は、その一端にすぎない。
暫定税率が一たび廃止されれば、全ての税金の使い道について徹底的にメスを入れるべきだ。国民が希望する「従来の税金の仕組みの問題点を明らかにし、改善策を迅速に提示する」、そのような行動を強力なリーダシップを発揮して実行できる政治家が高く評価されるようになる。あと5日で暫定税率が廃止される今日、暫定税率の継続を唱えているような政治家に先を見る目はない。
今回の混乱は、傍目には自民党よりは民社党に有利に見える。しかし、国民の目はそれほど単純ではなかろう。4月以降に発生すると福田総理が予言した「混乱」を、どのように良い政治につなげるか。即ち、「わかりやすくシンプルな税金体系」、「国民が負担を納得する税金」に結びつける政治家は出現するのか。誰がその役割を担い能力を発揮するかに民社党の政権交代、あるいは自民党の勢力挽回が大きくかかっている。
この混乱の機を生かして、日本を良くする政治家が誕生することを望む。

2008/3/21 金曜日

上司の仕事:引き延ばし戦術

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 22:36:11

何年間も「うまい汁」を吸ってきた楽な仕事について、突然不都合な横槍が入ったとき、上司がまず考えることは、どうしたらこの「うまい汁を継続できるか」である。まず最初に「うまい汁」の恩恵を受けてきた仲間を集めて「暫定税率廃止反対集会」を開く。できるだけ多くの「うまい汁の恩恵」を受ける地方自治体の長を動かして「うまい汁」の必要性を公に発言させる。議論が治まらず、だんだん敵の数が増えてきて、このままでは一層不利になると判断した時の最後の手段が「引き延ばし戦術」である。
「引き延ばし戦術」では、広がりすぎた議論を収束させる目的で、一応相手の意見を受け入れる態度を示す。ただし、具体化する手順と時期については明示せず、最終的には「うやむや」にする賢い作戦である。
福田総理は暫定税率について「一般財源化も視野に入れて議論する」と発言したと昨日から報道されている。私の印象は追い詰められて「引き延ばし戦術」という国会兵法を繰り出した、である。
「暫定税率」は「暫定」である以上、廃止されるのが当然である。その後「恒久税率」を国会で成立させればよい。そんなことをしたら、自民党は次の選挙で惨敗を喫することが自明の理だから、「暫定税率」の枠内で済まそうとする安易な手段や「引き延ばし戦術」にしがみついている。
国の予算に関係ない世界では、「急激な円高」で抜き差しならない状況が輸出企業に迫っている。「暫定税率」が4月に廃止されて、5月に予算が成立したとしても、12分の1の影響にすぎない。厳しい経済環境で競争している企業に比較すれば、さらにもっと苦しんでいる中小企業に比較すれば、「暫定税率」の廃止が問題なのではない。ガソリン税について高い税金を「暫定」のままで国民に押し付けてきた政治が悪いのである。自民党が正々堂々と一度「暫定税率」の廃止を決断し、その後可及的速やかに「恒久税率」を成立させたら、自民党の国会運営は「王道を行く」として国民の信頼を得るかも知れない。

2008/3/18 火曜日

上司の仕事:人事

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 20:02:27

日銀総裁の人事が連日のように報道されている。福田総理が「最適な人材を選んだ」と推薦しておきながら、参議院で不同意に終わって、人事が決まらない。
組織の運営に責任を持つ上司にとって、人事は最も大切な仕事の一つである。組織のトップに立つ者は、重要人事の候補者について、日頃から複数の人材を候補に挙げて、注意深く時代が必要としている人材を見極める能力が求められる。
会社組織であれば、長年付き合いがあって、さまざまな人材の長所短所を知っているのが社長であろう。だからと言って、人事がいつも成功するかといえば疑問であるが、今回の日銀総裁人事のような不思議な事態は招かないであろう。
福田総理が、日銀総裁の候補者何人と話したことがあるのだろうか。人事のモタモタが報道されている様子を見るに、福田総理自身が候補者複数と会話をしたことがあるとは感じなかった。官僚の誰かが推薦した、その人を単に日銀総裁として「最適である」と説明しているに違いないという印象である。
福田総理の発言で「民社党が何を考えているの分らない」という説明がたびたび報道される。この意味は、「官僚が最も適した人材として推薦しているのだから、当然民社党もOkすべきである」という言葉に聞こえる。
福田総理がほれ込んで何としてでも日銀総裁に推挙したいというのであれば、発言にもっと熱意がこもって当然である。福田総理の冷静沈着な発言態度が大切な時もあろうが、日銀人事の停滞という事態で、冷静沈着は解決策に結びつかない。一国のトップが日銀総裁の人事について、誰かの推挙をそのまま鵜呑みにしている、という印象では問題解決への道のりは遠い。
福田総理に提案する。日銀総裁人事が1月間空白になってもかまわない。総理自身が複数の日銀総裁候補と面談することを公にし、その人材の力量が国民に見える形でジャーナリズムに報道してもらったらどうだろう。日銀が抱えている課題とその解決策についてテレビ討論すれば、官僚出身者は部下が作成した回答書を棒読みにするに違いない。そのような人材は排除して、自分の考え方と信念を持ち発言する人材を選択する。その上で、日銀総裁の人事を提案すれば、今回の不手際は政権ダメージから政権のメリットに変わる。
もっともこのようなリーダシップをとることができる人材かどうか、福田総理に対して期待できないと感じている国民が大半であろう。福田総理が行動力を発揮して日銀総裁人事でリーダシップを取ったら、素晴らしい総裁の器が見えてくる。

2008/3/17 月曜日

英語の勉強と英語の諺(19)

Filed under: 英会話の勉強 — mizusawa @ 20:13:39

50年前に中学校の英語の先生がたびたび繰り返した諺である。
”Eat to live and not live to eat.”
先生は、我々は「生きるために食べているので、食べるために生きているのではない」と、しっかり自分の人生を考えなさいとお話していた。
若い年代では、人生経験が少ないので、将来のことを考えると不安になり、自分の存在について価値があるかどうか考え込んでしまうことがある。
“To be, or not to be”
「生きるべきか死ぬべきか」はシェークスピア劇のなかで、ハムレットが発する言葉である。
自分の将来が見えなくなったとき、人は”To be, or not to be”と考えたくなる。このフレーズはシェークスピアの劇には適しているが、現代日本の若者にはあまり似合わない。
日本は豊かになった。あらゆる場所にコンビニがあり24時間サービスをしている。若者は気軽に食料を買い、電車の中でも人目をはばからずに食べている。肥満が問題視されている米国人並みの体型をした日本人も数多く見かけるようにもなった。
現代の若者に知ってもらいたい諺である。
”Eat to live and not live to eat.”

2008/3/8 土曜日

英語の勉強と英語の諺(18)

Filed under: 英会話の勉強 — mizusawa @ 22:29:11

諸外国に比較して日本の学力が相対的に低下したと指摘されている。その原因は「ゆとり教育」にある、ということで、文部科学省は授業時間を長くするようである。昭和の時代に学生時代を過ごした受験勉強の反動で、親たちは子供たちに「ゆとり教育」を与えたが、最近見直しが必要と発言する人が増えたようだ。
大学の教員をしていると、希望者は必ずどこかの大学に入れる「大学全入時代」はすでに実現しており、大学側は学生確保のために入学試験の種類を増やして、入試がなしともみなせる受験の仕組みを次々と作っている。私の所属する理工学部ではスポーツ入試を認めていないが、野球部の監督から「理工学部でもスポーツ入試を認めて欲しいんだ」と雑談で言われたことがある。他の大学では、運動能力に優れた学生を積極的に受け入れることで、体育会系の活動が活発になり、ニュースに流れることで大学の知名度が向上する。その大きな流れは、大学間の学生獲得競争で非常に重要な戦略と位置付けられているように感じる。
理工学部の教授たちは学生の学力が低下したと教授会で嘆いている。いろいろな受験方式が混在したことで、学生の能力格差が広がり、すべての学生に適切な教育を施すことは難しくなった。高等学校で学ぶべき教科の内容を、大学で復習するようなサポート手段も提供している。
私の周囲の教授連は学力の低下を嘆いているが、私の学生時代、すなわち50年前のような競争的な受験戦争が好ましいかといえば、判断に迷う。確かに学力は低下しているが、その時代に大リーグで活躍する日本選手は居なかった。教育は、そもそも均一な人間を育てるのが目的ではなく、個性を伸ばすのが目的である。大学教育に携わるものとして、均一な学生が来てくれたら授業は楽であるが、これからはそのような時代ではなかろう。学力が高い学生もいれば、学力が低い学生も居て、何とか工夫して授業を行っていく時代になっている。バラエティに富んだ学生を受け入れ、一人一人の個性を認め、多様な尺度で学生の能力を評価して社会に送り出す時代である。学力の高い人材も輩出するし、スポーツ能力の高い人材も育てる。
これからの教育の場に求められることを、次の諺が表している。
”Don’t put all your eggs in one basket.”

2008/3/5 水曜日

上司の仕事:見直しを止め、無駄遣いを温存する

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 21:37:06

既存の仕事の仕組みに満足している組織は、その仕組みを温存しようとする。既存の仕組みが矛盾点をはらんでいると見抜いた人々は、その仕組みの見直しを求める。
「道路特定財源」を守ろうとする組織は、次のように主張する。
「改革の提案には具体性が見えない。」

真っ向から対立する二つの勢力は、どちらを支援するグループが多いか、民主主義のルールで決定することになる。
ニュースでは道路特定財源を現状のままと希望する地方の首長が95%以上と報じられた。この数値は、地方自治体がこの問題を真剣に考えているとしたら、極めて不自然である。つまり批判勢力があまりにも少なすぎる。私はその理由を次のように推測する。
推測1:地方自治体の首長は本音は見直しも必要と考えているが、結論が見えない現時点で「一般財源化」に賛成すると、「道路特定財源」が継続した場合に不利益をこうむりかねない。したがって「道路特定財源」の継続に賛同した。
推測2:従来からのお決まりのルールに従うことを良しとし、将来地方財政が破たんすることは目に見えているが、自ら火の中に飛び込むような決断のできる首長は5%も居ない。

「改革の提案には具体性が見えない。」というフレーズは、現状温存派が便利に使う説明である。巨大な道路財源に頼っている地方自治体が大多数だから「多少の無駄遣いは大目にみたらどうか」と言っている。「国の財政がいずれ破たんするかも知れないが、今の自民党には検討する能力がない。」と言っているようにも聞こえる。
民主党が主張している「一般財源化」は、見直しの契機となることは確かである。多少の混乱は当然発生するが、その苦労を覚悟し実行するのが責任ある政治家の使命である。新しい将来を開こうとするときに「具体性が見えない」と発言する人は、日本が抱える課題について、自らよく考え、議論する能力を持たない政治家である。早々に政治の場から消えて欲しい。

2008/3/1 土曜日

3D画像:ラン展

Filed under: 立体写真 — mizusawa @ 23:21:42

東京ドームで開催されているラン展を見てきた。家内のお供である。花の名前もさっぱり知らない身には、ラン展はそれほど興味はわかないが、以前も同じ催しを見に行ったことがある。東京ドームに入るとランの香りが鼻をつき、沢山の人であった。混雑していたが、花を観賞するのに差しさわりがあるというわけではなかった。
円形に鑑賞通路が構成されており、真ん中にメインの日本大賞2008のランが置いてあった。中央から順に、円形の通路に沿ってだんだん外側の円へと移動する。出口付近にはランのお店があり、500円、1000円、2000円で販売していた。
ラン(1)
ラン(2)
ラン(3)
ラン(4)
写真は2眼で立体視するため、1つのランの画像がディジカメ写真二つで構成されている。ディジカメのシャッタを2度押し、左画像と右画像を撮影した。左画像は左目で、右画像は右目でディジカメの液晶画面をまっすぐ見るようにし、ディジカメの中心を左から右へと約6センチずらして撮影した。
3D画像として見る場合には、クリックして画像を拡大し、その後画像の幅が12センチ程度になるように、ブラウザで調整されたい。
(IEでは表示画面を狭めると調整できる。FireFoxとOperaは駄目だったのでダウンロードして画像ビューワで12センチの調整をされたい。)
両眼立体視に慣れている人には、立体画像として見えよう。
この立体画像より、ラン展で実物を鑑賞するほうが、格段にきれいであるが、ネットで雰囲気のごく一部を味わうのも悪くはなかろう。

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