2008/5/31 土曜日

クラスター爆弾廃絶に賛成

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 9:16:58

本日2008年5月31日の朝刊に、福田総理のリーダシップで渋る防衛省を説得し、クラスター爆弾の廃絶に日本も賛成することになったと報道されていた。福田総理のリーダシップに敬意を表したい。
日本は平和憲法の国であると教わってきた。それがクラスター爆弾の完全廃絶に賛成しない方向であると最近の数週間流れていた。平和憲法の国で、クラスター爆弾が必要であるとする主張に違和感を感じていた。
外国に日本が攻め込んできたときの水際作戦に有効であると主張するのがその根拠だったようであるが、200億円以上も使って保有することに意味があるとは思えない。むしろ200億円が使われないことに意味がある。
次のような話を聞いたことがある。一昔前は、米国のように軍需産業の兵器開発に莫大な研究開発投資を行い、そこで得られた研究成果が軍需産業以外の技術レベルを向上すると考えられていた。ところがすでに時代は変わってしまった。現在では米国の兵器でも日本の民需技術が多用されているという。活発な国際経済交流が大きなマーケットを生み出す。巨大市場向けの技術は製品が多量に販売できるために安価であり高信頼度である。そのため、軍需品にかなり採用されている。
軍需品でもその部品が各国から提供されている。つまり、一国では生産できない。だとすると、戦争を始めるとお互いに部品や食料を得るのに困難を伴うような状態が発生する。戦争は敵も味方も不幸にすることは昔から明らかであるが、現代の便利な時代に生きている我々にはさらに大きな苦痛を伴う。我々は昔の生活に戻れない時代に入った。兵器をなくしていこうという世界の潮流に日本も貢献して欲しい。

2008/5/25 日曜日

上司の仕事:ジョギング

Filed under: 若者に話したい仕事の経験, ジョギング — mizusawa @ 21:20:55

会社に入って10年程度経過すると、会社の仕組みと自分に与えられた仕事の範囲が分かってくる。同時にどのような人材が出世するのか疑問が湧いてくる。ある上司が優秀であると自分の立場から見えても、人事異動で出世したように見えない例も多くある。
30歳代に入って最初の管理職を経験した。そして、会社での出世は、ある時は「運」、ある時は「健康な体」であると考えた。「運」のほうは自分で選択することは難しいが、「健康な体」は自分の努力で手の届く範囲だ。
「健康な体」を長期間維持するにはそれなりの努力が必要である。「健康」は出世の必要条件であるが、必要十分条件ではない。つまり、健康でないことが会社にわかると、少なくとも出世候補とはならない。簡単に競争社会から分別されてしまう。
一方で会社は仕事の成果も評価している。したがって成果を出そうと頑張りすぎると、自分の体に無理を強いて、気がついた時には体に傷がついている。友人の例でもたぶんお酒の席で無理をして50歳代で他界した2名を知っている。ストレスが強いとお酒を多く飲んでしまいがちである。気をつけるに越したことはない。
30歳でジョギングを開始した。会社で少しでも出世する必要条件は、仕事の成果よりは、まず「健康な体」であると、判断したのだ。それから30年以上、今でもジョギングを継続している。そして、ジョギングで体つくりをすることが私の場合には正解だったと感じている。
デスクワークが主な都市部のサラリーマンには、適当なスポーツが体のリフレッシュと頭のリフレッシュに有効である。このブログに私の経験談を少しずつ述べようと思う。(つづく)

2008/5/24 土曜日

上司の仕事:過労死

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 19:14:16

昨日2008年5月23日に過労死が増加しているとニュース番組で報道されていた。バブルが崩壊したあと、職場では人減らしが進み、その結果少ない人員で沢山の仕事を処理しなければならなくなった。経験不足の若者がシステムエンジニアとして責任ある仕事を任され、ウツになり、自殺した。
今年は大学の新卒の就職内定率が過去最高というが、バブルが崩壊した後の10年間に社会で働いた人々には大きな負担がのしかかり、ただ家族のためにひたすら耐えることが当然のように考えられてきた結果である。
会社では上司は自分の立場を守るために、部下に仕事の生産性を高めることを常に要求する。古いタイプの上司は、自分も朝から晩まで長時間労働に耐えてきたのだから、部下も当然そのように仕事に耐えるべきであると考える。
しかし、上司は自分の世代と、若者の世代では、考え方と社会経験が根本から違うことを自覚しなければならない。大学卒で入社した新人社員の3割近くが3年以内に転職するといわれている。単に、過大な仕事を与えて部下に圧力をかけることが上司の仕事だと考えていたらそれは間違いである。
まして、自分の部下がウツになったり、自殺をしたり、という状況になったら、当然上司はその重い責任を追及される。そして、上司自身の出世の望みは消えさる。今はそういう時代である。社員の仕事の生産性を上げることも重要だが、社員の個性を大切にして、チーム全体として生産性を上げ、決して過労死や自殺を引き起こさないマネージメントが上司に求められる。
64年も人生を経験していると、部下が自殺した、事故で他界した、という身近な例を知っている。努力家で自信満々で、仕事に馬力をかけている上司が陥りやすい落とし穴である。
部下の立場で考えると、危険な上司を識別するための冷静な判断と、危険な上司と決別する行動力が必要である。会社が悪い、あるいは自分には耐えられない仕事である、と周囲に説明することは大変勇気が要る。しかし、本人が会社の内外で多くの人に相談する行動力を持っていれば、多くの悲惨な過労死は回避できると思われる。自分の立場が不当だと感じたら大きな声で叫ぼう。派遣社員やフリータがデモする光景が最近報道されている。もっと沢山のデモがあってよい。社会の歪みは、社会に訴えてこそ解決できる。

2008/5/18 日曜日

上司の仕事:後方支援の手配

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 12:39:55

中国で大地震が発生し、日本の国際緊急救助隊第一陣、第二陣が四川省現地で救助活動を開始したと報じられている。大混乱を起こしている現場で作業するのだから、思うように仕事ができないのはある程度仕方がない。ジャーナリズムは、「中国当局が迅速的確に行き先を決めないことが日本隊が活躍できない理由である」という意味合いの報道をしているが、私が30数年まえのサラリーマン時代に経験した台風災害時の復旧作業と比較してみても、今回の四川省地震では中国当局はかなり協力的だなという印象だ。
NHKの本日昼のテレビニュースでは、中学校の倒壊現場で作業している様子が報道されていた。緊急救助隊の隊員の無事を祈るとともに日本隊が規律正しく着実に仕事をしている様子を中国の人々に見て欲しいと思う。
災害の現場で活動している人々には悩みの種がある。それは「早く成果を出せ」という無言の圧力である。現場では必死で仕事をしているが、その大変さは遠方(今回は日本)から指揮している上司にはなかなか伝わらない。上司は現場を信じて、後方支援に徹することが求められる。
救助活動の隊員の負担が限界を超えないように次々に隊を入れ替えること、現場からの情報により水や食料など適切に補給すること、医療チームや衛生チームの派遣についても検討して中国当局に受け入れを打診すること、通信手段を確保するための支援部隊を派遣すること、災害調査と対策の専門家チームの受け入れ意を中国当局に打診すること、など当然日本政府が検討していると考える。
福田総理は政権の支持率が最悪の状態であるが、四川省の災害救助にこれら後方支援について適切な指示を出している、とジャーナリズムに説明したらどうだろう。後期高齢者医療や年金の問題もむろん重要であるが、災害時に福田総理が指導力発揮することで総理を見直す国民も増えよう。
たとえ中国における災害であっても、災害救助の現場を多数の日本人救助隊員が経験することは、将来日本で発生する災害に対する備えとして、最も重要な現場における経験と知識を与えてくれる。ひいては日本国民の安心安全につながる。

2008/5/17 土曜日

上司の仕事:大物ぶりを態度で示す

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 10:37:53

民主主義社会の面白いところは、場所によって誰が偉いか状況が変化することだ。学生に説明するとき、この社会ではお金を支払う側が偉く、お金を受け取る側がヘイコラするのが民主主義である、と解説している。威張りたければお金を支払う側に立てばよいのである。ただお金を支払う側ばかりで生活が成り立つわけではなく、どこかでお金を稼がなければならない。
会社で上司が威張るのは、給与を支払っている経営者側の立場に立っているからであろう。上司といえどもサラリーマン上司は、一たび会社を退職すれば、威張る根拠を失う。頼りにするのはかっての部下に対して、「俺は偉いんだぞ」という態度をとり続けることぐらいである。
会社の上司ともなると、大物ぶりを態度で示す。無論、偉くなっても謙虚に行動する人もいるが、会社内では周囲がチヤホヤするので、本人が意識しなくとも、態度が「おれは大物だぞ」と表現するようになる。大物ぶりを示す態度には、拒否権をちらつかせる発言、自信ありげな表情、周囲を見下す視線、両手をポケットに入れて歩く、など色々だ。
話は変わるが、東京都の石原都知事が上野公園のパンダの件で発言した。「パンダの賃貸料まで支払ってパンダを上野公園で見せる必要なない」「賃貸料といえども都民の税金だ。パンダを見たい人はパンダの居る所へ出かければよい」
このような発言から石原都知事の大物ぶりをどのように判断したらよいのか、興味がある。
石原都知事は右翼の大物と理解している人が多いので、「中国嫌いの発言」と感じる人も多かろう。
大物のはずの石原都知事の発言としては「小さなことで拒否権をちらつかせている」というのが私の感想である。
「東京オリンピック招致」で大事業を積極的に推進しようとしている石原都知事の大物イメージからはかけ離れている。
もしかするとジャーナリズムが面白がって石原都知事の発言を引き出して報道しているのかも知れない。そうだとすると本人の意図ではなくて、単に不用意な発言である。
更に背景を推測すると、「東京オリンピック招致」が難しくなったので「北京オリンピック」を開催する中国に当てつけをしているのかもしれない。そうだとすると、石原都知事は「大物」から我々サラリーマン上がりと同じ「小物」になったことになる。

2008/5/13 火曜日

上司の仕事:信頼関係を作る

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 22:12:13

会社で新しい顧客と仕事をしたいと希望しても、実績がないお客様と取引を開始するのは大変難しい。それでも営業担当はなんとか取引を開始するチャンスを作りたいと考える。
チャンスはめったに訪れないが、お客様に困る状態が発生した時は、一つのチャンスである。相手が困ったことに付け込もうというのではない。困った時に助けることは、信頼関係を作る良いチャンスとなる。すぐに商談を持ちかけるのではない。長い目で見た友情関係を作れれば、いずれ我が身にもメリットになる。
昨日から中国でかってないような大規模な地震が発生したと報道されている。日本政府はお見舞い金を送ること、それに人的支援も要請があれば応じるとしている。
大規模な地震が発生して、多数の犠牲者が発生したとしても、中国政府にもメンツが大切であろうから、日本政府の救援活動をそのまま歓迎するとは思われない。ただ個人的な意見かも知れないが、先日胡錦濤国家主席が日本を訪問し、多くの日本人が、主席の行動から大いに親日的な印象を受けた直後である。何らかの力になりたいと考えても当然であろう。
主席が親日的な行動をされても、中国国民が親日的であるとは限らない。ある意味で、中国の大地震災害に対して、日本人が隣人を大切にする国民であることを示す良いチャンスが訪れたと考える。
過去の日中関係のわだかまりをやさしく消し去る良い機会が訪れたとして、長い目でみた友情をはぐくむために、中国の大地震災害に関心を示して、我々が可能な限り復興に協力したい。
自然が起こす大災害は避けがたいし、日本でもいつ同様な事態が発生してもおかしくない。ただ、隣人の友情がこの苦難を契機に育つことで、より友好的な隣国関係をはぐくむことができれば、それこそ「災いを転じて福となす」となろう。

2008/5/11 日曜日

上司の仕事:言葉使いに細心の注意を払う

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 0:08:08

会社勤めで雄弁さは一つの武器であるが、大会社や官庁では紙に書いた文章で決めごとの最終的な内容が決まる。若者は文書の下書きを作成しても、上司から文章が下手であると修正を命ぜられることがしばしばとなる。
ワープロが使われはじめていない時代には、書類を鉛筆ないしはシャープペンシルで書いて、訂正を命ぜられたら消しゴムで消していた。
公的な文章では消すことのできないペンないしはボールペンで書き込まなければならないので、文字を間違えると大変である。しばしばカッターナイフの先端を使って紙を薄くはぎとり修正した。失敗すると紙に穴があいてしまう。
言葉の使い方に注意することは無論肝心なのだが、お役所言葉や企業内部の言い方、いわば方言がある。時として、その方言は社会通念と相容れない。
「後期高齢者医療制度」について、お年寄りの反発を招いたと多数報道されている。75歳以上のお年寄りを「後期」高齢者と呼んでいる。私自身は64歳、もうじき65歳であるから、「後期高齢者」という官庁用語があるなら、私は「前期高齢者」なのかも知れない。
「前期高齢者」と「後期高齢者」という言葉の比較が可能だとすれば、「前期」はまだ生きながらえるが、「後期」は後がないというイメージが沸く。官僚が作成したと思われる「後期高齢者」のイメージは「後がない高齢者」という意味なのだろうか、それとも「医療保険が限界で後がない」という意味なのだろうか。
単なる言葉使いにこだわっても物事の本質の解決にはならない、という指摘も聞こえそうであるが、私の提案は言葉の使い方を修正することだ。
「白寿医療制度」としたら如何であろうか。「白寿過ぎまでお元気で!」という意味合いを含め、お年寄りに元気を与えたい。

2008/5/5 月曜日

技術の命:加速する技術進歩

Filed under: 光技術 — mizusawa @ 23:03:16

技術進歩が加速されている。日本は第二次世界大戦後、敗戦のどん底から立ち直り経済大国の地位を得た。しかし、最近理科離れが指摘され、技術を担う若者が減少している。
技術進歩は新しい技術を積極的に吸収する人材を求めている。伝統的な技術に磨きをかける技術者も必要であるが、21世紀の技術進歩に日本が伍していくには、次々に出現する新しい技術に吸収し続け使いこなす頭脳集団が必要となる。
IEEE Computer(March 2008)に、加速する技術進歩をわかりやすく表現した図があったので、ここに引用させていただく。
技術が市場に広がる速度
図をクリックすると大きな画像で見ることができる。私は授業で情報ネットワークを教えている。その出だしの話が「電話は国策で設備を建設し明治から100年以上を費やして6000万台を達成した」である。次に話すことが、「最近では携帯電話が10年ほどで急成長して電話台数を追い抜き8000万台を達成した」である。
図は、加速する技術進歩を的確に表現している。情報産業の一翼を担った教育者として、若者の理系離れが日本の技術競争力を弱めると心配している。

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