2008/6/29 日曜日

ジョギング:クチナシの香り

Filed under: ジョギング — mizusawa @ 21:32:42

今日は朝から雨だが、昨日は曇天ながらジョギング日和であった。ジョギングを始めると週末の天気予報が気になる。昨日のジョギングではクチナシの香りが強かった。
コースはディズニーランドの周囲と、東京湾、境川、旧江戸川と川沿いと海沿いを走る。昨日は風がなく、東京湾から眺める対岸の横浜や木更津はぼんやりしていた。
ジョギングをするとき、音楽を聴きながら走っている人が多いが、私はイヤホーンをつけない。その昔電車の中でイヤホーンをつけて英会話の勉強をしていたせいであろう、最近耳鳴りがだんだん強くなってきた。
ジョギング中はただ足元をみて走っていることもあれば、羽田空港に離着陸する飛行機の行方を目で追っていることもある。一回のジョギングですれ違うジョガーは10名も居ない。境川では釣り人が居るので、潮の満ち引き具合と釣り人の数が時折気になる。半分の距離を走ったところで、自動販売機で缶ドリンクを飲む。昔は味の濃いジュースや栄養剤を飲んだこともあったが、最近は淡白なスポーツドリンクやお茶にしている。その方が喉の渇きも少ないし、体重増加を防ぐことができる。
仕事や私生活で気になることがあると、ジョギング中に考えていることが多い。不思議なことに、ジョギング中には再度考え直すことが多い。仕事のアイディアも出やすいし、人間関係のトラブルを解決する手段として、穏便な考え方に変わっていることに気がつく。
ジョギングは半分ほどの距離までは快調であるが、後半になるとだんだん足が重くなる。頭は足に走れと指示しているのだが、足が命令を無視するようになる。そのような状態になった時、自分の体でも思うようにならないのだから、妻や子供、それに研究室の学生が自分の思うように動かないのは当然だと、いつも繰り返して自分で納得している。
最後の1kmは声を出して足をだすと、少しは足も頑張るようである。最近は歩数をカウントしながら走ると、ただ足を運ぶよりはトレーニングになると感じている。ジョギングをすると翌日足が痛いが、それも最近ではそれほど苦痛ではなくなった。
体は運動による筋肉の負担を歓迎しているように感じている。特に効果が大きいのは、頭のリフレッシュと思う。週末のジョギングで、1週間分の活性酸素を脳に蓄えている気分だ。間違いなくその効果は絶大と言える。

2008/6/26 木曜日

技術の命:ムーアの法則

Filed under: 光技術 — mizusawa @ 18:41:31

技術動向を長期にわたり予測することは大変重要である。同時に多くの技術者がある「技術予測」に沿って研究開発を進めることで、予測が現実になる。ムーアの法則は代表例だ。
最近IEEE会員に配布された雑誌Computerに紹介されていた図と記事を引用する。記事にはムーアの法則が最近成り立たなくなったと紹介しているが、ムーアの法則の根幹をなす考え方は今後のナノテクでも成立すると予想する。
Moore’s Law
偉大なGordon E. Mooreが1965年に予言したのは、2年ごとにIC回路のトランジスタ集積度が2倍になる、という法則だ。過去37年間この法則に従いプロセッサの能力が向上しDRAMのコストが低減した。
個人的な見解であるが、Moore自身が予言が的中したことにびっくりしているのではなかろうか。宗教の指導者とおなじように、衆目が認めるリーダの言葉に多くの技術者が動かされたのであろう。技術の世界でも、明確な目標を与えることがリーダにとって重要な責務である。
科学の世界は物質の基本を調べるために、物質を細かくしてその性質を調べ、さらに細かく調べる作業を繰り返してきた。半導体回路製造技術では、回路の線幅を小さくする製造技術を開発し、数年ごとに最新の技術に置き換えることで、熾烈な競争を繰り返して生きた。
ミクロな世界を覗く技術、ミクロな世界を作る技術を、ムーアの法則が発展させた。最近の環境問題は地球全体を科学でマクロに観察することで顕在化した社会問題である。ミクロな世界を作る技術が助け船を出してくれることを期待したい。

2008/6/25 水曜日

上司の仕事:立ち去る

Filed under: 若者に話したい仕事の経験, 英会話の勉強 — mizusawa @ 21:15:05

上司は部下に祝福されて、会社を立ち去る。会社にしがみつく一部の上司を除いて、この儀式は平然と進む。
確かその昔マッカーサーが「老兵は立ち去るのみ」と言ったと思い、Wikipediaを参照したら次のように紹介記事が有った。
「1951年4月19日、ワシントンD.C.の上下院の合同会議に出席したマッカーサーは、退任に際しての演説を行った。彼は最後に、ウェストポイント陸軍士官学校の兵舎で当時流行していた歌のフレーズを引用して、「老兵は死なず、ただ消え去るのみ(Old soldiers never die; they just fade away.)」と言い、有名になった。」
会社を退職し年金世代になると、なぜかこの言葉を思い出す。忙しかったけれど現役時代は良かったと過去を振り返る言葉で、多くの同世代がそのように感じていよう。
我が世代に求められていることは、潔く会社を退職することである。退職を年齢で規定しているこの社会のルールが実に賢いと感じる。もし、自分が所有する会社であれば、自ら退職を決断することは至難の業である。
次に来るのは、これからの加齢を受け入れ賢明に対応していくことだ。覚悟しなければならない。
父は92歳と長寿である。時折一人住まいを訪問すると父が話すことは「長生きしすぎた。何とか上手に天国の妻の所に行きたい」である。同時に「足腰が不自由になって車椅子で動けるように玄関の階段を修理する」など、まだ生きる意欲も強い。
父の様子を見ていて、長寿が幸せだとは思わなくなった。父は頭がしっかりしているだけに、長寿は当人にとってかなりの苦労の連続のようである。だからと言って、自分が痴ほう症になって、周囲に迷惑をかけたいとは思わない。人生の幕引きは、正にこれまでで一番難しい課題だ。ただ、神は我々の体に時計を組み込んでおり、着実に体はその指示に従って日々変化している。
若い世代の一日の消費カロリーが2,400kcal、介護保険世代になった私の一日の消費カロリーが1,500kcal、92歳の父は1,000kcalもないであろう。
英語の諺を一つ思い出した。
”Man’s life is like a candle in the wind.”
人の体はエネルギーを消費して赤外の光を出すロウソクとみなせよう。Windがいつ我が炎を吹き消すのか、その時を待つ世代となった。

上司の仕事:逃げ出す部下

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 5:53:09

上司に仕事を次々に指示されて、部下としては仕事がこなせない状況になったらどうするか。上司から与えられた仕事は全部終わらせなければならないと考えている部下は、迷路に落ち込む。仕事の量が多いので期限が間に合わない、あるいは知識が不足しているので当人には仕事ができない。
大学で学生の卒論指導をしていると、同じような状況が時に発生する。理工学部では卒論や修士論文の指導を行う。その時、研究内容について学生自身が調べて解決しなければならない課題を与える。このような課題は社会で仕事をこなすための準備段階として重要だと考えている。学生の反応は2種類に大別される。
先生から与えられた課題に取組み、未完成に終わっても毎週の打ち合わせで報告するタイプと、未完成に終わった時は何らかの理由をつけて打ち合わせをサボるタイプだ。後者はいずれ行き詰る。後者のタイプの典型例が最近私の研究室で発生した。そして、他の研究室に逃げ出した。
与えられた課題が完成しないと打ち合わせを避けようとする第一のタイプは、そもそも大学を勉強の場と理解していない、どちらかと言えば自分の趣味が大切で先生から与えられた課題はなるべく手を抜こうという学生だ。与えられた課題が簡単な場合には即座にこなすが、少し敷居が高くなるとその問題を解決するのに手間と時間がかかる。すると、難しい課題に挑戦するよりも、よりやさしい課題で済む他の研究室に目がいく。当人は、「あちらの研究室の研究内容が私のやりたい研究です」と主張する。
もう一つのタイプは、勉強のよくできる学生にありがちな事例で、これは滅多に巡り合わない。当人は研究内容についてレベルの高い仕事をするので、卒業研究としては更に一段高い課題を与える。すると、努力はするものの、なかなか解決できない。学生は理由をつけて研究室打ち合わせをサボることが多くなり、ついには逃げ出す。学生は、研究が行き詰ることにかなりのプレッシャーを感じているのであろう。努力したことを報告してディスカッションすることが前進する手段になることを知らない。勉強がよくできたという自負心を持つだけに、1人ですべて解決することにこだわるので、行き詰るのだ。
大学の教員生活を9年間続けて約100名の卒論指導を行い、逃げ出した学生は全部で5名。全員覚えている。社会に出る前の大学での卒論指導に対して逃げ出す学生が、その後どのような社会生活を送っているか、情報はない。この程度の人数は仕方ないのかも知れない。残りの95名が受け入れ企業で活躍してくれていることを期待する。

2008/6/22 日曜日

ジョギング:匂いに敏感になる

Filed under: ジョギング — mizusawa @ 14:26:45

30歳ころからジョギングを始めた。最初は社宅の周囲を走った。横浜の妙蓮寺駅の周辺であった。ジョギングを始めるとき気になるのは周囲の目である。ジョギングをしている当人は周囲の人がこちらを観察しているのではないかと強く意識するが、実際にはほとんどの人がジョッガーを気にしていなかった。
職場が近かったので、朝食事前に軽く周囲を数キロメートルジョギングした。道は狭く曲がりくねっていた。道路に面して垣根がせり出していたり、家々の門には草花が多く茂ったり鉢で花を咲かせていた。ところどころに生垣の上に柿木や枇杷の木が実をつけていた。
まだ空気がフレッシュな早朝に軽くジョギングするのは気分が良い。1週間もすると自分の嗅覚が敏感になっているのを感じた。草花や木々の匂いが感じられる。いままで意識しなかった匂いである。
人の五感は若い時には敏感だが年を重ねるについて感度が鈍るという。30歳台で再度匂いに敏感になったことで、ジョギングは体調を整える働きがあるに違いないと考えた。その考えは65歳になった今も変わらない。
匂いに敏感になるということは、人間が本来備えている野生の能力を活性化していると思う。長年サラリーマン生活を送ったことで、四季の移り変わりに無頓着になったが、その一部がジョギングで回復した。会社でのストレス解消にも役にたった。
一つ注意事項がある。ジョギングの最初は無理をしないことが大切である。普段走っていないサラリーマンは、若かったころの感覚で走ってしまう。早く走ることも、長距離を走ることもしばらく控えたほうが良い。一月もしないうちに、筋肉痛や関節の痛みを感じるかも知れない。
無理をしない走りで体を慣らしていくことが肝要だ。野生の感覚を取り戻すことで、夫婦生活も円満になる。

2008/6/20 金曜日

上司の仕事:時代の変化を肌で感じる

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 9:45:16

国家も会社も世の中の変化の方向を読み、一歩先に発生するかもしれない困難に対応する準備をすすめ、同時にその先に巡ってくるかもしれないチャンスを生かす作戦を立てることが重要な戦略である。現状に満足して毎日同じ生活を繰り返し、社会が変化する方向を感じる能力を失ったとき、国家も会社も没落の道筋をたどることになる。
世の中の変化の先を読むと言っても、新聞やテレビで報じている内容は一般的なことである。自分が仕事をしている、あるいは生活しているなかで感じる変化の兆候に、自ら敏感に反応して考え、個人の立場で変化の先を読む。
ガソリン価格の高騰が時代の潮流を大きく変化させようとしている。今日夕方東名と首都高速を走った。まったく渋滞を経験せず1時間で100km近くを走ってしまった。
つい最近までガソリン税の復活を声高に叫んだ集団が居て、福田政権が衆議院でガソリン税の復活を可決したことは事実である。道路をつくる財源と仕事を確保し、いわゆる道路族はいまごろほくそ笑んでいるであろう。ガソリン税の高騰がこのまま継続することは免れないようである。だとすると、道路の混雑は緩和され、従来混雑緩和のために必要だと言われていた道路工費は大半が必要なくなろう。高いガソリン価格を前提に、道路財源の必要性を再度見直す必要がある。電車など公共輸送システムの拡充や、日本が得意なブロードバンドネットワークの充実など、選択肢の多い対策を検討する必要がある。
先日イカ釣り漁船の組合が船の燃料となる石油価格の高騰に抗議して、一斉に出漁を休んだと報道があった。ヨーロッパではトラックが燃料価格の高騰に抗議してデモやストライキをしている。環境問題と併せて、社会基盤の仕組みが変革を迫られている。エネルギーの効率的な収集や利用方法については、技術開発が有効な手段となる。広い範囲の産学連携をこの分野で促進することで、世界に先駆けた日本の次世代産業構造を打ち立てることができる。それこそ第?次産業革命となろう。
福田政権も存在価値があったと思う報道が数日前になされた。中国と国家間の懸案事項であった東シナ海のガス田開発で両国政府が合意を見た。具体的な内容はこれから詰めるという。それでも、国家間の利権にかかわるような事項は、時間をかけてもなかなか解決しない。福田総理が中国首脳と友好的な外交を繰り広げたことがこの成果に結びついたと皆が理解していよう。日本を訪問した胡錦濤国家主席の隣人との交流を大切にする行動と決断を尊敬したい。新しい有効的な隣国関係が互いにメリットを享受する社会に寄与することは間違いない。新時代の潮流を感じる。

2008/6/12 木曜日

ジョギング:なぜ始めたか?

Filed under: 若者に話したい仕事の経験, ジョギング — mizusawa @ 13:41:36

学生に人生の区切りについて話をすることがある。20代、30代、40代、50代、それに現在60代になっている自分自身には、それぞれの年代で自分の行動パターンや生活パターンを変更したことがある。その一つが30代に入ってジョギングを開始したことだ。
30代に入ると会社勤めも10年の経験を経て、それなりに慣れてくる。同時に、会社での出世の条件も見えてくる。誰でも同じように出世することは会社組織の仕組みから無理であることは理屈では理解していても、自分のことと考えると「出世しない」という決断はできない。
出世の条件は、「ある程度は人並み以上に仕事をすること」「良い上司に恵まれること」であるが、出世できない条件の第一は「健康ではない体」である。健康であれば出世できる少しの可能性が残るが、健康でなくなれば出世はまず不可能である。
そこで、健康な体を維持するためには、「仕事の時間を多少減らしても運動をすることである」と結論付けた。
当時の勤務時間は朝8時半から夕方17時までだったと思う。しかしサラリーマンの常で、上司は夜遅くまで残っている。少なくとも20時までは席に座っている。部下の私だけが毎日17時に「それでは」と挨拶して帰宅するのは勇気の要ることであった。
上司はたぶん知っていたのだと思うが、17時から20時の間の時間を次のように使うことがあった。
正式な勤務時間は17時までであるので、17時を過ぎると会社の目立たないところで運動着姿に着替えて人目につかない階段を使って表に出る。会社は日比谷にあった。道路に出ると日比谷公園があり、春の桜や梅の花、薔薇の花など四季折々のお花畑を楽しむことができた。日比谷公園を横切って皇居前に出れば、皇居一周のジョギングコースがある。桜田門から皇居を左手に見ながら一周する。
1周が5km弱なので1時間もあれば日比谷公園に戻り、公園内の鉄棒にぶら下がって背筋を伸ばし、汗を拭いて戻ってこれる。会社の席に座ると19時半ころで、それから30分ほど仕事をし、20時になると上司に「そろそろ帰宅しませんか?」と声をかけた。
会社通勤は往復で当時3時間かかった。この皇居ジョギングで、頭はリフレッシュし、仕事も無難にこなせたと思っている。
(つづく)

2008/6/10 火曜日

技術の命:通信コスト

Filed under: 光技術 — mizusawa @ 10:38:59

通信ネットワークは社会基盤である。通信コストが安ければ、ネットワークを活用して仕事の効率を向上する人が増加して、国民一人当たりの生産性が向上し、ひいては収入が増加する。ブロードバンドや携帯の普及のカギを握るのが通信コストだ。
2005年時点でITU(国際通信連合)が出した「ビット当たりのブロードバンド料金の各国比較」を紹介している記事を目にしたので、図を引用する。(引用:電子情報通信学会誌平成20年6月号487ページ)
cost.jpg
ビットとはディジタル情報を構成する単位で、8ビットで英数字1文字に相当する。ブロードバンドでは高速に情報を送ることが求められ、通信速度は毎秒送信可能なビット数で表す。図では一番コストの安い日本において、100kbit/s、すなわち一秒間に100,000ビット送信するコストが0.07USドルと表示している。およそ毎秒5000文字が7円のコストで提供されている計算だ。日本のブロードバンドは光ファイバで100メガビット毎秒の通信速度と紹介しているので、1000倍の違いがある。計算の前提条件には利用者が通常送受信する情報量を考慮するのでこの違いが発生しているのであろう。
特筆すべきは日本は世界でトップクラスのブロードバンド大国であることをこの図が示している。ADSLと光ファイバの普及がその後押しをしている。日本とパソコンや家電分野で競争している韓国、台湾とブロードバンドの首位争いを展開している。意外なことにヨーロッパは出遅れている。
あらゆる技術がそうであるように、ブロードバンドも双刃の刃である。使い方によって益にも害にもなる。携帯を小学生に持たせるかどうかで議論が盛んにおこなわれているが、人間には本来新しい技術を使いこなす能力があると信じたい。教育が大切である。

2008/6/6 金曜日

上司の仕事:社会に貢献したか?

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 22:18:29

65歳の誕生日を目前にして、久しぶりに母校のキャンパスを訪問した。基金を募集するパーティに参加した。大学を卒業してから既に40数年が過ぎた。
大学の構内は学生時代にはなかった新しい建物も多数建っていたが、昔のままの建物もいくつか見かけた。15年ほど前に母校に数年間勤めたが、その時は30年間変化しない大学にびっくりした。今回はその時の印象とは打って変わって、キャンパス内にカフェ、レストラン、コンビニなどいくつも見かけた。これでキャンパス生活もかなり改善されたであろう。
国立大学は尊大に威張っているのが当然だと思っていたが、今回はその印象も正反対であった。募金活動に協力した人を招待し、つつましかったが懇親会を開き、留学生の講演を行い、大学の活動をいくつかを展示で紹介していた。大学の幹部が総出で招待者に接していたのが印象的であった。
翻って我が身の40数年間は、そろそろ色々な意味で幕を閉じようとしている。65歳からは介護保険の対象者になるというので、複雑な印象である。20歳台で不安を抱きながら会社勤めを開始し、会社の出世競争で同期や後輩に次々に抜かれ、それでも仕事はそれなりに努力して、家族子供3名を無事に人並に育てることができた、と思っている。最も家族を育てたのは妻であり、我が身はただ稼ぐことだけに集中していたような気がする。家族との思い出が少ないが、それでもお父さんの役割は果たした・・・と自分勝手に決めている。
久しぶりに母校のキャンパスを歩きまわり、人生40数年が短かったことを感じた。卒業式で「太った豚より痩せたソクラテスになれ!」という言葉を聞いたかどうかも定かではないが、この言葉の時代に社会に出た。そして、最近数年間騒がしくなったメタボリック対策を自ら実施し、その効果あって体重はサラリーマン時代よりは痩せた。金満の太った豚にはなりたくてもなれなかった。ソクラテスになったかと言えば、社会に貢献できたか、と自問自答することになる。
会社で頑張って働くことがソクラテスに近づくことならば、YESであろうが、感覚的にチョット違う。おのれ自身が自信を持って社会に貢献したと言えるかと考えると、ある程度は・・・という程度の回答である。せめて母校への寄付金程度でこれからの世代を育てる小さなお手伝いをさせていただいた、ということか。
人生の締めくくりを、自分で納得できる社会貢献で幕を閉じるにはどうしたらよいか。まだまだしばらく迷い続けることになりそうだ。

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