アデレード旅行(6)

ワインセンターに隣接ずるボタニックガーデンでは人をあまり警戒しない鳥を多数見かけた。カラスに似ているが黒い体のところどころに白い羽がある。ハトに似ているがモヒカンのように頭の上部が立っている。
ボタニックガーデンで一番気に入った場所が蓮の花が咲いた池であった。標識には、仏陀が蓮の花に座るという説明が書いてあった。ここの蓮の花は両手の手のひらを重ねたほどのつぼみの大きさで、花が開くときれいな淡いピンクの縁取りをしている。何回も写真を撮った。
アドレードの4泊が終わり帰りの飛行機に乗った。シドニーから成田の間のフライトは満席だった。隣はアドレードに一年間留学した日本の高校2年生だった。帰国したら来年4月から高校3年生となり大学受験に臨むという。
アデレードでは幼児二人のシングルマザーの家庭に1年間お世話になったという。留学の動機は若いうちに英語の能力を育てることが目的で両親が勧めてくれた。英語の聞き取りは最初は難しかったが、最近は子供の会話も聞き取れるようになったと話してくれた。アデレードの高校では数学は比較的やさしかったが、心理学が難しくて白紙で提出したとも話してくれた。この女子高生は、可能ならば是非東京の大学に入学を目指したいと言っていた。高校時代に留学を経験した学生が大学を目指す時代になったようだ。(おわり)
ボタニックガーデンの蓮の花

アデレード旅行(5)

月曜日の午後プレゼンテーションが控えていたので、ホテルに戻ってからも発表原稿の手直しをした。3名の発表者に90分の予定時間だったので、一人30分程度と予想して練習をした。しかし、発表時間を短くしなければならない事態も予想したので、その時にはどの文章を省略するかも考えておいた。いよいよ発表というとき、セッションの司会者に発表時間を聞いた。発表者の変更があり4名で90分となった。聴衆は30名程度、原稿を読みながら聴衆の様子を見ると熱心にスクリーンを見ている人が多かったので、発表内容に興味を持ってくれたようだ。
この国際学会はオーストラリアとニュージーランドのメンバが中心で、米国からの招待講演者が多かった。英語圏の国が大半を占めているので、英語の会話の速度がとてつもなく早い。聞き取るのが大変であった。日本からの参加者は私を含めて3名だった。韓国、中国からの参加者もいたが、ヨーロッパは少なかった。私が見つけたヨーロッパ人はポーランド人一人とスペイン人一人だった。会議の性格がアジア中心だからだろう。そういえばブラジルから若い女性が一人参加していた。Bluetoothでネットワークを組んで数百キロビット毎秒の通信速度を実現したという発表だった。自分の発表が終わると飛行機便の都合があるとすぐに退席した。
アドレードの繁華街を歩いて物乞いを見たのはただ1回だった。町の雰囲気はヨーロッパに比較して安心に思われた。アデレードは都市というよりは良い意味で田舎の平和が感じられた。ただ、インターネットの環境は貧しかった。ホテルでは1分間で0.5ドルの料金がかかり、会議の会場では無線LANにトラブルが発生していて思うように使えなかった。(つづく)
アデレード中心街の夏のクリスマスツリー

アデレード旅行(4)

ワインセンターはワインを楽しみながら懇親会をするレストランの役割も果たしていた。国際学会は3日間開催され、二日目の夕方会食と懇親会がワインセンターで開かれた。アドレードからワインを醸造している谷へのバスツアーがあるかも知れないと期待していたが、残念ながら単なる夕食会となった。
夕食会は会費を支払って参加した。丸テーブルが十数個置かれ、一つのテーブルに8名ほどが着席した。私が座ったテーブルには、スペイン人、韓国人ご夫妻、ニュージーランド、フィジ、アメリカ人それに会議で知り合った日本人の先生だった。この懇親会では、最初に主催者のアドレード大学教授の挨拶があり、優秀論文賞、学生優秀論文賞の発表があった。実にさっぱりした懇親会だった。
会議では3日間午前中に招待者によるプレナリーという講演が組まれていた。「インターネットは今後どうなるか」という講演がプログラムに紹介されていたので期待したが、IPv4のアドレス行き詰まりが1年以内に発生するという、1990年代から今まで何回も聞いたような話しで、期待を裏切られた。
ワインセンターは会議室に隣り合わせにワインを飲ませるカウンターを設置した軽食会場が設置されていた。会議と会議の合間の休憩時間や昼食時には、サンドイッチ、お菓子、コーヒー、ジュースなどがテーブルの上に並べられており、適当に選んで好きに食べられる。
隣のボタニックガーデンはワインセンターの庭のような配置になっていた。ワインセンターのレストランから目の前にあるテラスの庭には、背丈の低いブドウが植えられており、緑色のブドウの房が沢山ついていた。(つづく)
世界のワインの栓抜き(ワインセンターの展示)

アデレード旅行(3)

アデレードで開催される国際会議の場所はワインセンターである。ワインセンターはホテルから2キロメータほど東に位置しており、ボタニックガーデンに接していた。翌日7日日曜日には会議場所の確認のために徒歩でワインセンターに向かった。比較的近くだったので、レジストレーション時刻よりも早く到着してしまい、仕方なくボタニックガーデンを散歩した。ボタニックガーデンは世界の植物を集めて育てている庭で、オーストラリア固有の植物を大切にしているとともに、世界の植物も見ることができる。5か所ほど入口があるが無料のため多くの人が自由に公園を散策している。日曜日には家族連れが手入れの行き届いたグリーンの芝生でピクニックを楽しんでいた。繁華街のレストランよりは公園の中で昼食をとろうと、アマゾンの植物を展示している温室近くの静かな場所にあったお店でサンドイッチを買った。屋外のテーブルに陣取り一人で食べた。左側のテーブルには夫婦連れ、右側のテーブルには二人の年配のご婦人が居た。夫婦連れはドイツ人のようだった。
National Wine Centre of Australia

アデレード旅行(2)

初めてアデレードに到着し、7km離れた町の中心部にあるホテルまでタクシーに乗った。タクシーは会議の事務局があらかじめ教えてくれたとおり20ドル程度であった。ホテルにチェックインして飛行機旅行の疲れをとるために一眠りして、それから町に夕方の散歩に出かけた。土曜日の夕方6時ころだったと思うが、明るいのにほとんどの店が閉まっている。人通りの少なさにとまどいを感じたが、そういえばパリでも一部を除いてお店がしまることを思い出した。お店は金曜日の夕方が21時(?)頃まで開いているが、それ以外は18時には閉店するルールになっているようだ。
外国旅行をすると食事に気をつけなければならない。元来無駄な出費が気になる性分で、まず水の買い出しに出かけた。幸いホテルはアデレード駅の正面に位置しており、普段の人通りが多いせいだろうが、コンビニが近くにあった。そこで大きなボトルのミネラルウオータを買い、ついでに2斤ほどもある雑穀の入った食パン、ブルーベリーとは異なる何とかベリーの入ったジャム瓶、それにサラダのパックを買い込んだ。これで滞在中の朝食をすべてまかない、ホテルの朝食代を節約することにした。(つづく)
モヒカン風のハト(正式名称はわかりません)

アデレード旅行(1)

12月5日深夜に成田を出発して南半球オーストラリアのアデレードへ出張した。小さな国際学会ATNACに参加して論文を発表するためであった。オーストラリアには以前に数回旅行した。最初は一人で旅行し、その時はコアラを抱いたことを覚えている。数年前には家内と旅行し、エアーズロックに徒歩で駆け足登山をした。
今回の旅行は授業中期間のため、残念ながらシンプルに学会に参加するだけの短いものであった。それでもいくつか印象に残ったので紹介する。
アデレードにはシドニー経由の旅となった。成田からシドニーに到着し、その時点で現地時刻は2時間進んだ。シドニー空港では当然国内トランスファーだと勝手にきめて、パスポートチェックの長い列でやっと順番が回ってきたと思ったら、「元に戻り国際線のトランスファーに行くように」と言われた。アデレードはオーストラリアの国内なのにと不思議に思ったが、シドニーからアデレード行きの飛行機がアデレード経由のシンガポール行きだったので納得した。アデレードに到着すると現地時刻が30分遅くなった。
アデレードは南半球なので日本では5月に相当する時期だと聞いていた。寒い日本から到着して若干暑いと感じた。旅行者なのでパスポートや財布など背広のポケットに入れて街中を歩いたが、暑さで背広を脱ぎたいと時々おもった。今回の旅行でラッキーと感じたのは急速な円高で1ドルが60円台になったことだ。成田の両替所では1ドル70円だったので若干不満であったが、それでもアデレードの物価は安く感じた。つづく
アデレードの公園で見かけたバラ

愛犬の腫瘍手術、その後

我が家の高齢犬、ミニチュアダックスフントのエナはお乳にできた腫瘍を外科手術で除去した。腫瘍を見つけてから手術するかどうか迷った末手術に踏み切ったのは9月であった。それから3月が経過した。エナは当時よりもかなり元気である。ただ、再度腫瘍ができてしまった。手術で取り去った部位の次のお乳である。
前回の手術ではおよそ6万円出費した。お医者さんからは2列に並んでいるお乳の片方の一列を切除することを勧められたが、エナの手術による負担を懸念して最小限の一か所だけを取り去った。その結果、お医者さんの指摘どおり次の腫瘍ができてしまった。
さて今回手術するかどうか、家族は最初の場合に比較してかなり冷静である。同じような腫瘍ができたが、再度手術をしなければならないという切迫した雰囲気はない。
腫瘍の大きさは大人の手の小指の先程である。色は灰色。エナは以前は腫瘍をなめまわしていたが、今回はあまりそのような様子がない。
お乳は片側4個、2列全部で8個ある。獣医さんの説明では犬に閉経はないという。したがって、子犬を産まなかった雌犬の半分は同様の腫瘍ができるという。そうだとすると、今回二つ目の腫瘍ができ、まだ腫瘍の候補となるお乳が6個残っていることになる。
さてまた難しい問題に直面した。当面二つ目の腫瘍の様子を観察し、三つ目の腫瘍が同時に出現するのかどうか見守らなければならない。
腫瘍ができていても元気ならばそれで良しとしようか。エナは最近食事の催促にうるさいので、もしかしたら腫瘍が食事を催促しているのかも知れない。