卒業生に送る言葉(2)

情報テクノロジー学科の卒業生に元気を与えたい。「100年に一度の経済危機」から社会が立ち直る手段は、話題の太陽電池と電気自動車だけではない。ネットワークとコンピュータを活用する、以前の経済危機時代にはなかったICT技術を使って、「ネット社会頭脳」を作ることだ。
人間の頭脳の良し悪しは、「正確な情報を入手」することと、その情報から「速やかに決断」し、「具体的な活動を開始すること」である。2001年から爆発的な普及期に入ったインターネットは、このような「ネット社会頭脳」を実現できる21世紀の技術だ。
「正確な情報を入手」するには、情報ソースが無限とも言えるインターネットの特性を活かせば良い。「速やかな決断」は企業経営者の能力次第だが、20世紀に比較して格段に速くなる。「具体的な活動を開始」するための組織内への指示伝達についてネットワークは万能と言える。
「ネット社会頭脳」は20世紀の言葉でいえば「社会インフラ」である。ガス、水道、電気、道路、鉄道などと同様、すくれた「ネット社会頭脳」を実現した国や企業は仕事の効率が向上し、国民・社員はその恩恵を得る。
20世紀に優れた生産設備を備えた工場や優れた加工技術を持った技術者が多く育った日本の商品は世界に受け入れられた。21世紀は国や企業を支える「ネット社会頭脳」の開発競争が本格化し、一種の国際競争の様相を呈しよう。軍備の充実よりも「ネット社会頭脳」の充実が国力を増す。経済危機の再発を予測する「ネット社会頭脳」を設計することも可能で、経済の活動状況を測るお金の流れをリアルタイムで詳細に把握することができるようになる。「ネット社会頭脳」は人々の社会活動と同様に、多数の優れた「ネット社会頭脳」が連携して活動する。幼児期の頭脳発達のすばらしい仕組みから学び、日本独自の優れたシステム設計概念を開発し、子供の教育と同じように特徴ある「ネット社会頭脳」を育てる努力も求められよう。
「100年に一度の経済危機」は21世紀の知恵を誕生させるきっかけとなる。卒業生に元気を与えるつもりで熱弁をふるったが・・・、分かってくれたかな。(おわり)

卒業生に送る言葉(1)

先週は桜が開花し、卒業式が例年のように開催され、キャンパスは学生と父兄であふれた。女子学生の華やいだ衣装と学生の楽しげな笑い声に、こちらも社会に旅立つ学生の希望と元気をもらった。
我が大学では大学全体の大規模な卒業式の後、各学科ごとの卒業証書授与式が行われる。いつものように先生方全員の祝辞があったが、今年は厳しい社会の現状に触れる祝辞が多かった。100年に一度の経済不況と言われている社会情勢の中での卒業式だ。
「100年に一度の経済不況」は卒業生にとって、厳しい現実なのかチャンスなのか。他の先生は「厳しい現実」に立ち向かう心構えを話したので、あえて「チャンス」として祝辞を述べることとした。
私の学科は「情報テクノロジー学科」である。「100年に一度の経済不況」に情報テクノロジー学科で学んだことはどのように役に立つのか。第二次世界大戦の原因に結びついた「世界大恐慌」は1929年から5年間続いた。石油ショックは1973年に発生した。私はそのときフランスに留学していたが、暖房用の石油が買えなくて、部屋の中で布団をかぶっていた。バブルがはじけたのは1990年である。その後10年間日本は不況にみまわれた。
これら過去の大不況の時代になかった技術はネットワークとコンピュータの融合技術、つまり情報テクノロジー技術である。IT技術を駆使することで「3年間は続く」と言われている「100年に一度の経済不況」を乗り越えるアイディアを具体化して社会に貢献しようではないか。
新聞記事を見ると、太陽電池と電気自動車が話題になっている。一件IT技術と無関係に見えるかも知れないがそうではない。(つづく)

メタボ85センチは危険

メタボリックシンドロームが話題になり、男性のウエスト85センチ以上がメタボであると決まったのが、確か昨年だった。定期健康診断でウエスト周りの測定があるというので、目標が明確なだけにどうやったら85センチにできるかと考えた。中年になって以降、ウエストは95センチ前後を推移していた。したがって10センチ縮めなければならない。
定期診断は昨年の10月にあり、その時はウエストを思い切り縮めて85センチをクリアしたが、この85センチの目標に挑む考え方がそもそも外科手術で入院することに結びついたような気がする。一昨日ソケイヘルニアの外科手術を受けた。腸が股の近くの内臓の幕にできた穴から出てくる病気で、かなりの確率で熟年は経験するという。お医者さんの説明では赤ん坊の脱腸に似ているがソケイヘルニアは別の症状だそうだ。
ソケイヘルニアの手術そのものは、全身麻酔で9時に手術室に入り数時間で終了し、24時間後には点滴も外した比較的簡単な手術だった。手術後の下腹部の形の変化を観察し、ソケイヘルニア手術前には下腹部が膨らんでいたが、手術後はウエスト周りが膨らんだようである。
入院するような失敗の原因はバンドに85センチの印をつけて、ズボンをはくようにしたことだ。それまではウエスト周りはゆったりしているのが好きだったので、バンドも緩く締めていた。ズボンが落ちない程度である。85センチの目標がメタボで設定され、バンドを85センチに締め上げるようにした。かなりきつかったが、耐えられないことはない。何よりも胃が締め付けられるので、食欲が減少するような気がする。これでやせられると思ってしまった。
熟年のお腹は1度膨らんだしわしわの風船みたいなものだ。バンドをきつく締めると、その圧力は弱った箇所を探し、弱い幕を破ってしまう。それがソケイヘルニアを大きくしてしまった、というのが手術を経験した私の感想だ。
私は失敗したが、ベタボ85センチが広く周知されてからも、意に介さなかった熟年男性は正しかった。なまじっか根がまじめな私は仕事と同じように85センチを目標に対策をたてて実行してしまった。その結果がソケイヘルニアの入院外科手術に帰着した。世の中ではメタボ85センチが周知されてからソケイヘルニアの手術が急増しているに違いないと推測するが、手元に統計データはない。熟年は「メタボ85センチ目標」に刺激されて自分のウエストを締め上げる愚だけは避けるべきだ。

真冬のヨーロッパ(19)

LONDONは町の中心部に一般の車は乗り入れできない。この交通規制のルールを導入したのが、前のロンドン市長でソーシャリストだったという。最初は猛反対されたようだが、現在では交通規制の効果を市民も認め、おかげでタクシーは快調に市内を走り、儲かっていると友人が話してくれた。タクシー代は1.5km走って10ポンド程度だった。チップをいくら支払うのかと友人に相談したら、差し出した小銭から1ポンドとプラスアルファを運転手に支払った。
昼食はWigmore Street近くの、The Wallance Restaurantに行った。周囲を建物に囲まれた中庭がレストランになっていて、高い天井はガラスと思われる。暖房が利いていて、緑の植物と赤い調度品で素敵な雰囲気だ。
レストランに入ると、入口で待っているのか、勝手にどこかに座って良いのか分からない。ボーイは何人もいるが、テーブル掃除やお客接待でこちらを無視しているように見える。友人に言わせれば、ロンドンのレストランではボーイのお客接待が良くない、威張っているという。暫くして、席に案内された。赤ワインを頼んで久しぶりの再会に乾杯した。
友人と別れてからRiver Thamesを見に行くことにした。Oxford Street, Regent Streetと歩いてSt.James’ Parkに出た。人だかりがあったので行ってみたが、Horse Guards Paradeと地図に書いてある場所で衛兵の交代があったようだ。残念ながら終わっていた。
テームズ川に到着したころにはすでに周囲が暗くなり始めていた。写真を数枚撮って、徒歩で元の道を戻った。観光客が多いのはTrafalgar Squareだった。噴水や、ライオン像と一緒に写真を撮っている家族連れをみた。ロンドンの中心街を歩き、UNIQLOが2店目に入った。道路から見ると2店舗が全く異なるデコレーションをしていたので、どのような意図なのか面白いと感じた。
夕食は安ホテルの隣にあるイタリアンレストランに入った。これは完全に失敗だった。美味しくないピザを仕方なくたべ、赤ワインをグラス一杯飲んで、早々に引き揚げた。隣の椅子には日本語で話している年配の男性と比較的若い女性がいた。ロンドンのどこかの店で皿洗いや給仕の仕事をしている日本人若者の話のようだった。そのお店ではアルバイトが次々に入れ替わってるという。ヨーロッパを転々としている日本人の若者が多いのかも知れない。
先日日本でも春の嵐が吹いた。ヨーロッパでも春の気配を感じていよう。
(おわり)
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テームズ川縁の時計みたいな観覧車

真冬のヨーロッパ(18)

月曜日になった。天気予報は、一日曇りだが寒さは和らぐという。午前中は徒歩でRegent’s Parkに行くことにした。Pread Street、Marylebone Roadをのんびり歩いた。蝋人形館で有名な建物には列ができていた。通り過ぎて左に曲がると急に静かな場所にでる。Regent’s Parkに入ると案内図にQueen Mary’s Gardenと書いてある。中に入ると小さな池があり鳥が沢山集まっていた。長いすに座って池の様子を眺めるとなんとなく日本風の風景だ。池に囲まれた小さな島に燈篭が草木の間から見えた。小さな太鼓橋を渡ったが、扉にさえぎられたので、島の散歩はあきらめた。
Queen Mary’s Gardenの大半はバラの手入れされた苗木が並んでいた。腰ほどの高さで整然と剪定されている。春にきたらさぞかしきれいだろう。Queen Mary’s Gardenを出たところに、喫茶店を見つけた。コーヒーとチョコレートケーキを頼んだ。受付に無線LANはいくらかと聞くと、タダだとパスワードを教えてくれた。Londonの中を歩き回って、やっと快調に使えるインターネットに出会った。
一時間ほどインターネットを使って、喫茶店にそれまで残っていたお客さんは私だけになってしまった。また公園の中を散歩した。Regent’s Parkから少し西に行くと、Maryleboneというターミナル駅がある。この駅には改札があった。駅構内を散歩していたら入ってはいけない経路でホーム側に入っていたことに気がついて慌てて戻った。
昼食はOxfordに住む友人の案内で少し素敵なレストランに行くことにした。Paddington駅のタクシー乗り場に行った。タクシー乗り場は決められたところから乗る仕組みと思われた。ロンドンのタクシーは黒くボックス型で客席が広々としている。運転席と客席の間はアクリル板のような仕切りで区切られている。仕切り板がお金のやり取り以外は防ぐようになっているので、最近日本で多発しているタクシー運転手を殺害するような事件は、ロンドンタクシーでは発生しないだろう。
ロンドンの交通渋滞を解消するため、ロンドンでは郊外に住む人がロンドン市内に自家用車で入り込むのを法律で規制しているという。そういえば道路わきに交通監視カメラで監視中という表示をしばしば見かけた。車のナンバーを撮影して、違反すると罰金の請求がくるのだそうだ。外国人がレンタカーを借りた時はどうなるのかな、と気になった。(つづく)
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公園の灯篭が右手に見える

真冬のヨーロッパ(17)

日曜日のLONDONを散歩することにし、ホテルから南に徒歩で向かった。Kensington GardensもHyde Parkも広い。馬の道に並行して歩道が作ってあり、たくさんの人がジョギングしていた。Speaker’s Cornerは人だかりがしていて、演説を聞く3つの人の輪を見かけた。
Marble Archの交差点は沢山の人で混雑していた。Edcware Roadを北上して歩くと、最初にOrengeの黄色い文字が目に入った。Orengeはフランスの通信会社の名前だと思う。店の若い女性に無線LANのアクセスカードを買うことができるかと質問したら、少なくとも1月単位で、時間単位のアクセスカードはないと言われた。
アラブ文字が沢山目に入った。人もお店もこの地域はイスラムに占領されているかのようだ。イランという文字も目に入ったので、政治的な対立とLondon市民の生活は別なのかも知れない。
途中いくつかInternetという文字を見かけたが、小さな店は寂れていた。ところが人で満員のInternetの店があった。中に入って受付に自分のコンピュータでインターネットを使うことができるか尋ねた。1時間2ポンドでできるという。中二階にある他の席とは別扱いの場所で使うことができた。左手には電話BOXの部屋が4つほど並んでいた。そこには年配の女性や男性が入って電話している。ネットはある程度使えたが、反応は遅く、メール送信には制限がかかっているようだった。
Edcware Road周辺には小さな食品を売っている店が沢山ある。また小さなレストランも沢山だ。この近くのホテルに泊まれば滞在費が安くてすみそうだ。夕食は安ホテルの近くにあるインドカレーの店に入った。入口の看板を見て10ユーロで夕食になるかなと思ったが、結局支払は20ユーロ近くになった。カレーは英語のパンフレットをみて中カラを選んだつもりだったが、甘い感じのカレーだった。この店に日本人の客が来ることは少ないのかも知れない。ウエイターは全員インド人と思われた。カレーを出して、食べ方を知っているか、と質問をされた。食事の間も、目の前をウエイターが何回も行き来する。最後に料金を支払うと、現金をレジに持ち帰って、店員が安心したように何か話している。もしかしたら、私が料金を支払うかどうか心配していたのかも知れない。チップを支払うほどの味ではなかったが、少しチップをお皿に残した。(つづく)
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公園内の標識

真冬のヨーロッパ(16)

ネットで予約したLONDONの安ホテルに泊まった。朝食は日曜日は朝8時から、比較的若い白人が食堂に集まった。安ホテルで心配したが、一安心かも知れない。セルフサービスで食パンを焼く。コーヒーとジュースを入れ、ショッパイハムとチーズをトーストに乗せてセルフサービスで食べた。
日曜日のLondon、最初にホテルのレセプションでインターネットが使える場所を知っているかと質問した。近くの食品店で使えるという。店で聞くと1時間1ポンドだという。1ポンドを支払うと1番のコンピュータを使えといわれた。場所は狭い階段を降りて、雑然とした狭い地下室だった。古くて汚いコンピュータが5台ほど並んでいた。まだ朝のせいか誰もいない。自分のコンピュータを出してネットに接続した。しばらくしたら、レジに居た人が地下室に降りてきて、持ち込みのコンピュータは使ってはいけないという。レジには店のコンピュータ以外を使うと警報をだすシステムが備わっているようだ。
徒歩でPaddingtonからKensington Gardens、Science Museumに行き、帰りはHyde Parkを歩いてSpeaker’s Cornerを見て、Marble ArchからEdgware Roadを経由して、Paddingtonのホテルに戻った。Science Museumは家族連れで混雑していた。入場は無料だが、いくつかのイベントが有料だった。3次元画像のイベントは沢山の家族連れが並んでいた。Science Museumで無線LANをチェックした。受付にPasswordを問い合わせるようにと表示が出たので、Informationに行って問い合わせた。今日は日曜なので使えないと断られた。本当かな、若干疑問が残った。
喫茶店に入ったらInternetが使えるかも知れないと考え、Royal Albert Hallの喫茶店に入った。コーヒーを頼んで、無線LANをチェックしたが、結局使えなかった。お店の人にインターネットに無線でアクセスする方法を問い合わせたら「T何とか」のアクセス用パスワードをどこかで買いなさいという。でも今日は日曜なので難しそうだ。(つづく)
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Science Museumに展示されていた日本製の車「コンテッサ」

真冬のヨーロッパ(15)

先ほど切符売場で購入したPaddington行きのキップが地下鉄の駅入口のゲートを通らせてくれない。駅員が操作しても同じなので、友人に切符を見せて相談している。戻ってきてHearthrowExpressに乗れと言う。どうも地下鉄の切符ではなくて、急行列車の切符を買ってしまったようだ。別のプラットフォームに行くと今度は自動改札がなく、ノーチェックで列車に乗れた。列車が動き出すとすぐに車掌が切符のチェックに来てスタンプを押した。
当初は地下鉄のことしか考えていなかった。ところが予定していなかったHeathrowExpressに乗ってしまったが、その停車駅が分からない。後で聞いたところ、この急行列車は最近できたようだ。列車に乗ったものの、はたしてPaddingtonにつくのか。手元のガイドブックを探したが記述が見つからない。しばらく焦ったが、車掌に聞くとこの列車はPaddington駅行きだった。何のことはない目的のホテルに夜到着するには一番便利な列車に乗っていた。
次の仕事はネット予約したAscotホテルを見つける方法だ。Ascotホテルをネット情報から選択した理由はAscotという単語に何となく馴染みがあったからである。Paddington駅に到着してみると大きな駅だ。この駅の周囲のどこかにあるはずと思っても、歩いて行く方角がはっきりしないと、探すのは容易でなさそう。地図に表示されていた地下鉄Paddington駅を適当にあるいていたら偶然目にして、歩いている方角が判明し、Ascotホテルは簡単に見つかった。しかしホテルと言っても、さすが安ホテル、日本人が考えるホテルのイメージとは大きく異なった。
まずホテルの入口が半間しかない。しかも客室は外に出て道路を歩き数軒隣の半間ほどの入口から入る。
部屋は窓硝子の上部が閉まらないので、寒い風が入ってくる。暖房は全く効いていない。くたびれていたので、そのまま寝てしまったが、夜中に突然TVが騒ぎ出した。何らかの理由で電源が入り、画面が付いたり消えたりしている。不思議なテレビだ。韓国製のテレビだったので、日本人としては安心した。(つづく)
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ダイアナ妃メモリアル泉

真冬のヨーロッパ(14)

Hamburg中央駅で女性の駅員が近づいてきた。そうか、切符のチェックだなと先ほど購入した切符を出して見せる準備をした。女性は空港に行くのかと尋ねる。「そうだ」と答えると、青い線のところで待つように言われた。「青い線?」と聞いたら指さして青い線を教えてくれた。プラットフォームの線路側に青い線が書いてある。立っていた場所から10メートル程先であった。
Hamburg空港行きの列車に乗ったつもりでも、青い線のところで乗車しないと別の場所に行ってしまう、ということを知った。案の定、途中で列車の切り離しがあった。列車の切り離しを確認して、社内のアナウンスが英語で流れて、やっと空港に到着すると思った。
Hamburg空港では、Heathrow空港と同じように厳しい荷物チェックが待っていた。今度は靴も脱いで箱に入れた。パソコンはカバンから出して箱に入れたが、係員がパソコンを特別にチェックするので待つよう言われた。特別チェック?と待っていたら、女性の係官がパソコンを手にとって別室についてこいという。検査室でパソコンを開くと、電磁探査機と思われる装置でパソコン全体をスキャンしている。その後、センターからの診断結果を一分ほど待ち、無事解放された。パソコンのチェックは、以前は電源が入ってディスプレイ表示があればOKだったが、更にチェックが厳しくなっていた。
HamburgからLondon行きの飛行機の中では赤ん坊が泣き続けていた。赤ん坊は気圧の変化に敏感である。元気な赤ちゃんで力一杯泣く。しかも1時間半のフライト中連続で泣いている。後方の席だったので詳細は分からないが、赤ん坊を黙らせようといろいろ努力していたのであろう。周囲の人々はただひたすら我慢を強いられた。赤ん坊を黙らす最善の方法は母親のお乳を含ませることだが、ヨーロッパの女性はそれを好まない。自分の赤ん坊が30年以上前飛行機で大声で泣いたときのことを久しぶりに思いだした。
Heathrow空港に到着した。予約したホテルはPaddington駅のすぐ近くにある。そこで空港にある切符売場で「Paddington」と言ってキップを買った。Londonの地下鉄駅のPaddingtonをイメージして切符を買ったつもりだったが、16ポンドを請求された。ちょっと高いなと思ったが、これは「安くならないの」と交渉する材料ではなかろう。
列車の駅を探して地下鉄の入口にたどり着き、自動改札に先ほど購入した切符を入れたが、ゲートを通してくれない。何が起こったのだろう。何回も切符をいれては警報がなる。繰り返していたら、近くの駅員が近づいてきて同じように試す。それでも駄目だ。(つづく)
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Paddington駅

違法献金:何かおかしい

連日報道されている民主党小沢党首が関係していると言われる違法献金問題は、ニュースを聞いていて疑問が残る。
ニュースの解説では「政治家個人への献金は会社から行ってはならない」ただし「政治家個人への献金は個人からはできる」という。そして今回違法献金と言われている理由を、小沢氏の秘書が「実質会社からの献金であることを知りながら帳簿上は個人献金であると報告した」と説明しているようだ。
我々一般庶民は、税務署など官庁は常に帳簿上で正しい処理を求められる。実質どうであろうと、帳簿上で正確であることが一番大切だというのが常であるはずの国の組織が、今回は「帳簿で嘘をついた、実質は異なるので犯罪」と指摘しているようだ。
ここでいう実質とは何であろうか。恐らく民主党の小沢さんだけでなく、自民党で西松建設から献金を受けた議員はすべて同じように右へ倣えをしているはずだ。すなわち、会社からの議員個人への献金が法律でできなくなったのなら、形式上個人から献金したように帳簿上つじつまを合わせるのは、議員でなくても誰でも考えて実行することだ。
官庁組織は、実質はどうであれ、帳簿上で正しけてばそれで良しとする組織の筈である。それにも関らず今回は「実質」という言葉が出てきて、犯罪を議論している。
はたして法律のルールで「帳簿上」の記載を「実質」で嘘だと断言して、犯罪と認めることが許されるのだろうか。ニュース解説でもっと分かりやすい説明が必要だし、もし「実質」であらゆる犯罪が証拠だてられるようになったら、その昔の恐ろしい社会がよみがえる不安な予兆がする。