2009/4/27 月曜日

麻生首相は家族思い!

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 9:44:10

これで麻生首相は支持率を回復するだろう。4月26日日曜日日経朝刊2面に「娘の誕生会何より大切、首相、夕食会冒頭で退席」という記事が掲載されていた。
日本の社会、とりわけ霞が関官庁街とその周辺の大企業本社では、社員が「今日は娘の誕生会なので」と断って会社を定時に出ることを許さない雰囲気がある。これは西欧の文化からは理解しがたい日本の風習とみなされている。
読売新聞では麻生首相の一日の行動を紹介していた。そこから家族と夕食を一緒にしたことは読めたが、首相の発言は記事になっていなかった。経済対策も重要だが、公人が家族を大切にする様子を紹介する記事が新聞面にもっと掲載されてもよいのではないか。
麻生首相は「学校の成績が芳しくなかったようだ」という印象を国民に与えたが、「麻生首相は家族を大切にする」という印象を今回与えたことで、国民は安心感を少なからず覚えたと思う。勉強ができても家族思いでない官僚が国民の苦労を理解できるわけがない。一方勉強ができなくても家族思いであれば、国民の生活を理解する首相として行動してくれるかも知れない。
麻生首相の「娘の誕生会は何より大切」発言で、民主党の小沢代表は窮地に立たされよう。衆議院選挙が面白くなってきた。

2009/4/25 土曜日

100年に一度の経済危機は10年毎に来る?

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 11:19:10

2008年10月ころはじまった世界金融危機を「100年に一度に経済危機」だという。金融危機の直撃を受け、誰もが台風の直撃を受けた時と同じように、この暴風雨が過ぎ去るのをじっと待っている。台風であれば気象予報を聞いて一日後には台風一過の晴天を期待できるが、世界金融危機が過ぎ去る時期は誰もわからないようだ。ただ何となく3年程度かな、という大方の予測が我慢の期間を知らせてくれる。
日本でバブル崩壊が発生したのが1991年、それから10年間は日本経済の「失われた10年」と呼ばれている。2000年ころ景気が回復したとして、現在2009年、10年周期で経済の大変動が起きている。
政府が次々に経済対策を講じるのは当然必要なことで、何とかその効果が早く表れて欲しい。何年かかるか分からないが、経済が元のように元気になるまで我慢、と考えるだけでは駄目だ。今回の世界金融危機が大津波だとすれば、その原因を作った地震、つまり現在の産業や経済の仕組みがもつ歪みを見つけ、対処しなければならない。
今回の世界金融危機の発端は米国のサブプライムローンの破綻が直接の原因と報じられている。金融工学が暴走したとも説明がある。将来、持家の資産価値が増えることを前提に借金を増やす人々を意図的に作り上げたのが金融工学の負の側面だろう。
このようなことはお金が不足しているときは発生しにくい。またお金の流通速度が遅い、紙媒体に頼るようなときには発生しにくかったと考えられる。現代はお金が沢山余っているが故に、金融危機という津波を起こしているようだ。オイルマネー、年金基金など、巨大が資金が投資先を探し、無理やりバブルを発生させる。世界のあらゆる場所で、投機が発生しやすい資金状況になっているに違いない。
そうだとすると、「100年に一度の経済危機」と呼ばれている今回の世界金融危機はたとえ過ぎ去ったとしても、次の世界金融危機が10年後に発生してもおかしくない。世界金融危機は一生に一度の出来事だった時代は昔のこと、21世紀は10年周期で大きな金融危機の荒波にもまれる時代と覚悟すべきだろう。

2009/4/11 土曜日

お月見宴

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 10:49:12

100年に一度の経済危機到来といわれる中で、今年の桜は見事に長期間咲いてくれた。桜が助けてくれたおかげで、個人消費の落ち込みが多少なりとも減少したのではなかろうか。
3月25日の卒業式では、桜をバックに卒業生が写真を撮影していた。4月の入学式でも新入生が桜の歓迎を受けていた。新学期が始まりキャンパスは多くの学生で活気づいている。新入生をクラブや同好会に勧誘する催し広場はごったかえしていた。桜は昨日4月10日が最後の満開だった。
桜の見どころはいたる所にある。道路の両側に桜並木があると、頭上まで桜がおおっていて、花吹雪が舞う。4月10日は満月で、夕方になっても暖かく、日が暮れてから花見をすることにした。60歳を超えたおじいさんが5名だ。
相模原市淵野辺駅前の鹿沼公園に出かけた。すし屋でお弁当を買い、コンビニで飲み物を買い、鹿沼公園に到着すると桜の花は満開であった。予想に反して花見の宴で騒いでいるグループは全くいなかった。小高い丘に登ると桜の花越しに満月が地平線から昇ってくるようすを見ながら宴を開くことができる。
丘の中央には屋根が備えられた休憩所があり、丸太を立てたような椅子が7個配置されていた。鹿沼公園の桜は照明がないので、真っ暗な中での宴になって、最初は落ち着かなかった。友人は電灯をつけるスイッチを探したが見つからなかった。
少し時間が経過すると、あたりが明るくなったような気がした。真っ暗で見えなかった友人の顔や表情も見える。外灯の光がまぶしく感じるようになっていた。我々の目が暗闇に順応した。
我々人類の眼は、すぐれた能力をもっていることを今回のお月見桜で思い出した。エネルギーの大量消費が環境問題、とりわけ二酸化炭素の排出量の増加を招いている。日本全国の照明で利用するエネルギーを一律半減したら、二酸化炭素排出削減に大きな効果が期待できる。人の眼は現在の日本社会が消費しているほど強い照明を必要としないことを思い出すため、満月の夜に屋外で宴を開く「環境月見宴」なる企画があってもよさそうだ。
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浦安市の桜(2009/4/11)

2009/4/3 金曜日

北朝鮮のミサイル打上げと日本の電子技術

Filed under: 若者に話したい仕事の経験 — mizusawa @ 20:30:09

明日4月4日に北朝鮮がミサイルを打ち上げる可能性が高いと、ジャーナリズムで大々的に報道されている。事の是非は別として、通信エンジニアのOBとして印象を述べる。
ミサイルを打ち上げる技術と、そのミサイル(の破片?)を撃ち落とす技術を比較すると、当然ミサイルを撃ち落とす技術が数段難しい。第二次世界大戦でロケットの弾道を計算するためにコンピュータ開発競争が繰り広げられたのは歴史上の事実である。この時は正確に目的地に着弾させるための計算が目的だった。今回の遊撃は打ち上げられたミサイルの航路からその後の軌跡を予想する技術だ。最新のコンピュータとネットワーク技術でどこまでミサイルの遊撃ができるか、個人的に技術者として興味がある。
一方で子供のころに読んだ気がするうる覚えのお話を思い出す。明治か大正時代に、彗星が地球に衝突するという噂が広まった。地球に彗星が衝突すれば酸素が失われるので人々が死んでしまうかも知れない。そこでお金持ちは彗星が地球に衝突したときの備えとしてタイヤを沢山買い、空気を貯めておいたという。人々は不安に駆られたが、結局彗星の衝突は起こらずに、お金持ちが役立たずのタイヤに沢山無駄金をつかった。
戦備は結局人類に無益だと分かっていても、現代社会はこの矛盾を背負ったままで解決策を持たない。米ロに現存する数千個の核弾頭はタイヤに比較にならないほどお金を使って、実のところ今後の扱いに米ロは困っているに違いない。軍事にお金を使う愚を指摘している賢人がいないわけではないが、今一つ国際社会に受け入れられていない。
今回の北朝鮮ミサイルは、防衛産業にとって天の恵みに相当しよう。軍備が必要なのだと日本国民に知らせるのに役に立つからである。しかも、もしミサイルの破片を撃ち落とすことができたら、拍手喝采になるかも知れない。そこにどれだけお金を使ったかは誰も気にしないであろう。
一方、もしミサイル破片遊撃に失敗したら、日本の防衛を担う当事者には苦しい事態となろう。それでも、多分もっと軍備にお金が必要なのだという結論で落ち着くだろう。今回の北朝鮮のミサイル打ち上げは、より実戦に近いという意味で防衛産業の技術者には価値があると思われる。
米国は軍事演習でミサイル遊撃を何回も試したであろうが、日本には数少ない貴重な経験で、今回のようにいつ打ち上げられるか分からない状況は戦争に近い緊張感を伴う。
日本は電子技術分野で世界最先端レベルであるが、行政と人々と最新技術のシステムが連携する総合的な防衛体制という視点では、多分貧弱なネットワークしか持っていない。発射1分後には市町村に連絡が到着すると紹介されていたが、通信技術者OBの知識で、防衛ネットワークがこの性能では遅すぎる。専門用語を使えば、IPネットワークに依存する設計では、防衛ネットワークが求める「最短時間での情報連絡」を実現できない。光多波長と光ファイバを使うことで、1秒程度で日本全土に周知できる。相手を破壊する武器の製造は米国に任せても、自国を守るための最先端の防衛ネットワークは日本独自技術で開発したらどうだろうか。
100年に一度の経済危機の到来とは言いながら、日本は平和である。この時期、北朝鮮のミサイル打ち上げを契機に、日本の通信技術を総動員した防衛ネットワークについて議論が進むことを期待したい。

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