大学院進学

私立大学では大学院進学のための入学試験がほぼ一段落した。国の教育政策が大学から大学院に重点をおくようになって、半世紀前の大学院進学とは全く異なる状況が発生している。
半世紀前とまで言わなくても、大学院進学は大学生のうち優秀な人材が選択する道だと考えるのがその昔の常識だった。ところが私が授業を行っているIT関連学科では、優秀な卒論生の大半が企業に就職してしまい、優秀な学生は大学院に進学しないという状況が最近5年間顕著になっていた。
元の国立大学では大学院大学が多数誕生して、学生の募集に苦労している大学院も多い。このため、有名大学に試験で入学するのが難しかったとしても、その上の大学院は比較的容易に入れる例が数多くある。
大学の教員にとって、優秀な大学院生が長いこと研究室に所属してくれると、研究成果に結びつきやすい。一部の有名私立を除いて、私立大学では特に大学院への進学割合が低くて教員は頭を悩ましている。大学院の授業料を安くする方策がないかと考えたり、学生に大学院受験を勧めたりしている。
大学院進学が極端に少ない状況が一変したのが昨年の10月以降である。リーマンショックと言われる経済不況が襲ってきて、今まで売り手市場だった学生の立場が失われ、就職活動が極端に厳しくなった。その反動で今年の卒論生で大学院進学を希望する学生の数が今までになく多い。
今週から冬学期が始まって、最初の輪講で3年生と話した。10名の学生のうち、将来どんな仕事をしたいのか、説明できる学生が半分にも満たない。仕事が楽な就職先を選びたい、という学生も居る。
学生に話しかけた。「就職活動を控えたこれからの時期、人生の大半を決める大切な期間だ。」「給料をもらうということは厳しい仕事に携わることが前提になっている。」「将来結婚したければ、しっかり稼げる就職先をどのように探すか作戦を立てなさい。」輪講の学生10人中数名は何かを感じたかも知れない。それほど現在の学生は幸せな日本育ちだ。

結婚式

9月に2度結婚式に行った。いずれも研究室の卒業生で名の通った企業に就職している。66歳で結婚式に参加すると、待合室で一人ポツンと所在ない時間を過ごさなければならない。一つ目の結婚式は、同期の卒業生が居たので、話相手になってくれた。二つ目の結婚式は、4時間の間、周囲を観察して時間の経過を待った。
結婚式の主役は花嫁である。花嫁がうれしそうな顔をしていて、美しく輝いている。同期の若者が「花嫁が奇麗でビックリした」と話した。一つ目の結婚式はクリスチャンスタイルで、花嫁が白い裾の長いウエディングドレス姿で父親から新郎に引き継がれた。二つ目の結婚式は「じんぜん」結婚と司会者が最初に紹介し、「神前」の誤りではないかと最初に思ったが「人前」での挙式だった。花嫁はやはり裾の長いウエディングドレスを着ていたが、式では参列者の方を向いて宣誓や指輪の交換を行う。
挙式から披露宴までビデオが大活躍である。一つ目の結婚式では挙式場の神父の背後に目立たないようにビデオカメラが配置されていた。クリスチャンスタイルでは挙式が終わると式場を出たところで、天井から下がっている紐を引く。紐に結ばれた屋根の上の鐘がなる。JUST MARRIED!と周囲に宣言している。週末にジョギングしているときに聞く鐘の音は「これだ」と納得した。「人前」では鐘を鳴らさなかった。都心の挙式で隣近所に迷惑だからかも知れないと思った。
次に「フラワーシャワー」である。花びらを新郎新婦に浴びせる。「ブーケトス」では花嫁が手にしたブーケを後ろ向きで友人に投げた。
披露宴の定番は、新郎新婦の生い立ちビデオから始まる。主賓の挨拶は会社の上司の役だった。友人の話とかイベントもあったが、1ないし2件程度で、延々と話が続いた昔の結婚式とは違った。披露宴の参加者は新郎新婦の席の周りに次々に集まり、写真を撮り、楽しそうに話している。形式ばらないので好感がもてる。
新郎の大学での指導教官として披露宴に参加すると挨拶を催促されるのかと考えていたが、様子は大分昔と違った。一つ目の結婚式では、披露宴もそろそろ終了という頃に、司会者から「新郎の大学でのエピソードを」と指名された。二つ目の結婚式は披露宴の食事中にビデオカメラが近づいてきて「新郎新婦にメッセージを一言お願いします」と言われ、ビデオカメラ慣れしていないが、それなりに話した。どちらも、昔の結婚式より自由で工夫しているなと感じた。
結婚式は常に「同じ筋書きのセレモニー」だ。二つの結婚式で主役は異なるものの、ストーリの展開は最後に「花嫁の手紙朗読」で締めくくられる。花嫁のお父さんは手紙の朗読が進むにつれて顔を真っ赤にして涙をこらえている。その様子を見て、なぜかこちらも感動してしまう。そういえば我が娘はまだ結婚していないので、自分の時はどうなるのだろう、などと考えていた。
新郎新婦が両親にブーケを渡したあと、またビデオの出番だった。先ほどの挙式から披露宴まで要領よくまとめられたビデオが映し出され、新郎新婦からの参加者へのメッセージがビデオの右側にスクロールで表示される。自分の名前を見つけて、一人でポツンと参加した結婚式だったが、何となく安心した。
めでたく結婚されたカップルに期待します。日本の少子化を食い止めるため、是非成果を見せてください。

リーダの資質:25%削減賛成

自民党が衆議院選挙で大敗してから、時代が変化する兆しが見えてきたような印象だ。明治維新に匹敵する変化だと誰かが述べたそうだ。自民党にとっては第二次世界大戦に日本が敗れたのに匹敵する時代変化だろう。
時代の変わり目には強力なリーダシップをもった指導者が必要だ。民主党の鳩山党首は明確に分かりやすく発言するので期待できそうだ。TVのニュース番組に出演している複数の民主党の若手の発言を聞くと、良く調べて勉強しているし、説明も感情的ではなく明快だ。自民党の年配者の政策説明を聞き慣れていた我が耳には新鮮で頼もしい。
二酸化炭素の排出量を1990年比25%削減するという目標を高く評価したい。
どのような組織、会社でも政党でも、長く続いた組織の年配の幹部は、「できない」という言葉を連発する。拒否権を発動して、自分の権威を保つ、そのような行動にでる。実は、新しい提案が理解できない、あるいは優れた提案を実現する具体的な発想をする能力がすでに絶えてしまった幹部であり、このような人物はどこにでも居る。そして、「できない」発言者を幹部に抱く組織は、会社であれ政党であれ、いずれ絶滅する。官僚から教わった「できない」を連発し、「予算がないからできない」としか説明できなかった麻生政権は、すでにその歴史に記録された証拠になった。
明治維新では、「できない」と思われたことが次々に実現した。歴史で習った「廃藩置県」を大河ドラマで見ても、なぜ幕藩体制組織を大幅に組み替えることができたのか不思議な気がする。
今週誕生する鳩山総理には、日本を世界がお手本にする環境立国という目標に向けて、是非国民を奮い立たせて欲しい。第二次世界大戦で敗戦国になって、それが日本国民の努力で経済大国に成長した。今後も経済大国を維持するために環境立国を避けるような愚はなすべきでない。日本人が、危うくなってきた教育環境を再度立て直して環境立国を目指すならば、必ず世界のお手本になる成果を成し遂げられる。
都知事の石原さんはさすがである。自分の力で、自動車が排出する微粒子を減らす政策を実行し、実際に成果を上げた。このことは誰でも知っている。その石原さんが25%削減をサポートした。「国がやらないから、東京都がやる」というかっての発言をまた聞いてみたい。
明治維新、第二次世界大戦敗戦とおなじように、今までのしがらみを捨てて、ゼロから環境立国に向けて進みたい。

残暑のジョギング

最近血圧が上昇気味だ。毎年の定期健康診断が9月末にあり、今年も健康診断の9月に入ってしまった。毎朝起床時に寝床で寝ながら血圧を測っているが140に届きそうで、下も90代の常連になってきた。
まずは塩分を減らすこと、それに体重を70kg以下に無理矢理でも減らすことが必要だ。というわけで、先週から夕食は極力摂食することとした。食事を減らしたからといって、毎朝測る体重が減るかと言えば、不思議なことに減らない。血圧も下がらない。
日曜日に16kmを2時間かけて夕方走ったら、汗をかいたせいで69kg台に体重が減った。翌朝は久しぶりに血圧が130以下、80代となった。ジョギングで1kg減っても、不思議なことに数日経過すると元の体重に復帰している。
何とか体重を減らすには、16km走った翌日も走るしかないと、20kmのジョギングに挑戦した。それも11時から走って帰宅したのは15時ころだった。日差しが強く、日陰を探しながら走ったが、20kmはかなり厳しかった。
前日のジョギングで足が重いので、最初から3割減のスピードでヨタヨタ走った。旧江戸川沿いの土手を上流へ向かって走り、途中からは初めてのルートだった。6kmの地点でマンションの玄関に設置されていた自動販売機でドリンクを買って飲んだ。
やっとのことで江戸川水門に到着して半分の距離を走った。千葉県側から東京都側に渡り、江戸川スポーツランドに入った。建物の中にドリンクとアイスクリームの自動販売機があった。アイスクリームがあまりにも美味しいので二つも食べてしまった。
篠田掘親水緑道をノソノソ走り、途中からは狭い路地の街中を太陽に向かって進み、100円の自動販売機を見つけてでカルピスウオータを飲んだ。今井橋を渡ってから1時間、何とか自宅にたどり着いたが、途中の公園で何回も休んだ。20km走るのは、ちょっと無茶な冒険だったようだ。これでは東京マラソンの完走は難しい。来年の東京マラソンは応募期間が8月末で過ぎてしまったので、再来年に向けてトレーニングを考えなければ。