冬空のジョギング

11月最後の日曜日江戸川に沿ってジョギングした。桜並木はほぼ葉が落ちて冬支度完了だ。幼児が道脇にたまった枯葉の上を歩いて秋の音を楽しんでいた。
堤防の内側は徐々に工事が進んで土が積まれた土手にススキが枯れ色で風にたなびいている。トランペットを練習する音色が聞こえた。まだたどたどしく、女子学生一人が邪魔にならない堤防の内側で鳴らしていた。ジョギングすると太鼓の練習や、ドラムの練習を目にするが、江戸川沿いのトランペットの練習は初めて目にした。
対岸に「なぎさ公園」が見えてくると、お祭りの横笛と太鼓の音が聞こえてきた。スピーカで何かを話しているので、イベントをしていたのかも知れない。
ジョギングの後半は疲れてきて、足を前にすすめるのがやっとという状況になる。風が冷たいせいか、釣りをしている人の数も少なく、ウオーキングも少ない。そのせいか、雀が騒いでいる鳴き声が耳に入った。道路わきの木々に雀が集団でとまっている。ピーチクパーチク、井戸端会議だ。
自宅に戻って、休憩しているとき、小さな庭にシジュウカラが来た。小さな訪問者を見るのは楽しい。
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鳩山総理の偽装献金疑惑

鳩山総理の偽装献金にお母さんから毎月1,500万円が入っていたと報道されている。5年間で2億円以上の偽装献金があったそうだ。
法律違反があったのであれば当然その責は鳩山総理が負うが、お母さんから息子に対してお金を貸しているというのであれば、個人献金が年間150万円を超えていけないという政治資金規正法のルールに疑問が生じる。
子供がお金で苦労しているのであればどこの母親でも子供を助けたいと考える。この際、政治家の母親からの個人献金は上限を無くしたらどうか。
政権交代で鳩山政権はなかなか面白い政治をしている。トラブルも発生しているが、業務仕分けなど国民の注目を集めるなかでの公開で、多くの情報を出す政治はすぐれものである。
自民党が鳩山総理の献金疑惑を追及すると言っているようだが、せっかく面白い政治をしている鳩山政権の活動にブレーキをかけようとするのであれば懸念がある。
日本政治の悪い面を主たる筋書きに仕立てて出演する自民党が登場することになる。政治活動するのであれば、相手の弱点をつくネガティブな自民党でアピールするより、日本を良くするポジティブな政治活動で自民党をアピールして欲しい。
鳩山総理の母親の個人献金はしばらく静観して、国民が政治に退屈し始めたら偽装献金疑惑の追及を始めるような、そんな国民の気持ちの分かる自民党になって欲しいと思うのは私だけだろうか。

石山寺の紅葉

石山寺と三井寺を散策した。紅葉を見るなら石山寺が奇麗だった。三井寺は紅葉よりは秘仏公開で人が集まっていたようだ。秘仏は観音様で片足を立てて、左手をついて、他にも複数の手が数珠を持つなどリラックスした様子だった。
石山寺は見事に紅葉で染まっていた。石山(いしやま)の名の通り、急な山肌に顔を出したゴツゴツした岩肌を登る小さな階段が沢山あり、ほぼ真っすぐ登って行った。下から見ると、岩肌と紅葉と宝塔が縦に並んで、日本というより中国の墨絵の雰囲気を感じた。
石山寺は上へ上へと続いており、広大な敷地だ。紫式部の催しをしていたが、見物はしなかった。山を降りる帰り道は、大きく弧を描く砂利道を散策した。砂利道の両側ところどころに、オレンジ色の小さな実を沢山つけた木が緑の中で自己主張強く目立っていた。
やさしく咲いていたのが山茶花(サザンカ)だ。
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石山寺は寒かった。秋の紅葉もそろそろ終わりそう。昼過ぎに立ち寄った琵琶湖畔はヨーロッパの河岸風に整備されており、湖面の水は奇麗で、ジョギングを楽しむ人、釣り人、小さな子供連れの家族が芝生の上で遊んでいた。

琵琶湖東の紅葉

琵琶湖の東側に位置する紅葉の名所を散策した。最初に西明寺、二番目に金剛輪寺、三番目の百済寺は駐車場に入るのに40分ほど待って、その間に雨が降り出した。どこも駐車場に入れるのに手間取ったが、紅葉はきれいだった。
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写真は百済寺(ひゃくさいじ)の庭園「喜見院(きけんいん)」を歩き回って、高台に位置する「遠望台」で撮影した。遠望台には信長がお寺を焼き払ったとき百済寺が大きな被害を被ったことを説明する掲示板が立っていた。
西明寺は本堂に向かう参道沿いに紅葉が奇麗な紅を見せていた。金剛輪寺は本堂に向かう参道はあまり紅葉が見当たらず、しかも上り階段を沢山歩く必要があったが、本堂周囲の紅葉が奇麗だった。百済寺を「くだらじ」と読まずに「ひゃくさいじ」と読むのが意外だった。ワープロ変換では「ひゃくさいじ」が変換されない。
百済寺の参道は「紅」ではなく「黄」の紅葉がところどころにある程度で、最初の2寺に比較して見劣りがした。しかし、庭園は素晴らしかった。

事業仕分け

今朝の朝刊に「毛利館長 仕分け人と激論」の記事があった。政府の行政刷新会議が13日に行った事業仕分けで日本科学未来館の判定は「予算の削減」となったそうだ。
事業仕分けで次々に予算の削減、廃止、地方移管という判定が下されるようすは、公開で行われているだけに民主党の新しい試みとして高く評価したい。予算の無駄を省くという国民の期待を背負った仕分け人が、役人に詰め寄り議論する光景は喧嘩のような激しい議論が起きても、好ましいし新しい政治活動の在り方を強く印象付ける。
従来国家予算という膨大なお金が過去の政府と役人の間で密室で配分に手心を加えるという形で処理されていたことを考えれば、議論をオープンにして1時間という制限の中で激しい議論を行うことのほうがすがすがしい。
昨日の報道では事業仕分けの議論が激しいことを含めて事業仕分けそのものに批判があるという新聞記事を目にした。事業仕分けを批判する発言が、仕分け人の人間性を疑問視するような考え方であれば、それは間違いである。ぎりぎりの状況判断と決断が求められるのがビジネス世界での常識だ。従来の慣習や人間関係から脱却できずに厳しい決断ができなければ現在のJALのように会社倒産の危機へと向かう。
国家の予算でも同じことだ。激しい議論が起きて、マスコミが広く国民の意見を集約して報道し、例え仕分け人の発言や判断が間違っていると主張する意見が多数出ても、そのことそのものが我々の税金を有効に使うため求められているプロセスだ。
普段穏やかな紳士の代表例という印象の毛利さんが激論を仕分け人と戦わせたのは素晴らしい。私個人としては仕分け人の判定が教育や科学技術の分野でも削減方向にあるのが残念だ。国家の将来を担う若者への投資、日本の産業を支援する科学技術分野に対しては「予算増額」の仕分け判定が欲しい・・・

沖縄基地問題:有事の対応

昨日11月5日木曜日夜の報道ステーションで沖縄基地問題を説明していた。米国の元沖縄基地問題専門家2名の発言が紹介されていた。どちらも、普天間基地の機能をを嘉手納に一本化することは平時であれば可能という見解を示していた。
問題は有事のときで、嘉手納が敵の攻撃で基地として使えなくなったときに予備となる基地が必要と言う。有事への備えで普天間が必要と言うのであれば、普天間はとりあえず嘉手納に統合し、有事対応は県外の基地、特に自衛隊の基地を整備することで対応したらどうだろうか。
そもそも有事となったら、どこの基地を米軍が使えるとか使えないとか議論している暇はないはずだ。日本の防衛省の全ての基地を米軍が利用しても国民が納得せざるを得ない状況を「有事」というのであろう。
北朝鮮が危険だと感じていても、本当のところ日本国民は「有事」が起こりそうとは思っていないだろう。「有事」はもしかしたら中国を想定しているかも知れないが、中国はすでに世界経済をけん引する大国で「有事」など起こりそうもない。もし起こったら世界が破滅する覚悟を持たざるを得ない。
平和な日本では、米軍が日本に沢山の基地をもっていることを不思議に思わないという、実に不可解な戦後が60年以上続いた。10年以上昔のうる覚えの記憶ではフィリッピンが駐留米軍の撤退を求めて米軍は国外に退去した。フィリッピン国民が米軍基地が不要であると主張し、米軍が基地を撤退したにも関わらず、日本では米軍基地が存在しつづけることに不可解な気持ちだ。
米軍基地問題はデリケートな側面を持つ。基地の軍人が日本の民間人に被害を与える事例は毎年のように新聞報道される。米国で活躍するニューヨークヤンキーズの松井選手やマリナーズのイチロー選手の活躍が我々日本人に親米的な感情を与えている。しかし想定される「有事」がこの半世紀の間に劇的に変化した以上、「友好的で迅速に対応」できるネットワークを活用した「有事体制」を考案して欲しい。
基地周辺に騒音をばらまくだけが「有事への備え」だという考え方は古い。21世紀の「有事対応」について岡田外相の頑張りを期待する。