オランダ旅行(3)

アルクマール駅から350番のバスに乗り大堤防を見に行くことにした。バスは毎時25分に出発する時刻表になっていた。お客は5名ほど、バスの運転手に行先を告げて往復切符を買った。バスは高速道路を走り、バス停に近くなると高速道路を降りてバス停にとまる。途中は牛や家畜が沢山目に入る牧草地帯の風景だ。風力発電の棟が沢山目に入ってきた。途中20基ほどの風力発電タワーが直列に並んでいる個所がいくつもあった。
オランダは風車が有名だが、既に風力発電タワーの数の方が圧倒的に多いという印象だ。大堤防はガイドブックによるとノルトホランド州とフリースランド州を結ぶ32kmの堤防だ。南から10kmほど北に進んだところにMonumentという見晴らし台があり、バスを降りた。風が強く、寒く感じた。小さな展望タワーがあり徒歩で上った。階段は一人で幅いっぱいの小さなタワーだ。最上階には扉を開けて出ると、4-5名で一杯になる小さなベランダがあった。そこから撮影した写真である。
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大堤防(Monumentのタワーから撮影)
写真左上が南で、到着したバスを降りた停留所が左手前に少し映っている。歩道橋を使って道路を渡ると海側に行く。
1990年ころ司馬遼太郎が書いたオランダ紀行に大堤防が紹介されている。「ウナギの棲家(すみか)」という見出しだ。単行本の147ページにはこの写真と同じアングルで写真が掲載されている。違いはほとんど無いが、この写真には銅像が中央奥の方に小さく見える。大堤防の建設に携わった技師のようだ。
オランダ紀行には明治初年の日本に来て安積疏水(あさかそすい、福島県)を作ったオランダ人技師ファン・ドールンが紹介されている。もう一人明治6年に31歳で来日し29年間日本に居たヨハネス・デ・レーケ(Johannes de Rijke)も紹介されており、日本全国の主要河川でデ・レーケの工法や助言が加えられなかったところはないといって良いほどだった、とある。私が週末にジョギングする旧江戸川沿いにはオランダ人技師の小さな記念碑が最近建てられた。大堤防と旧江戸川の堤防がつながりが有ったということになる。

オランダ旅行(2)

娘の借家にころがりこんで、そこから遠出をしてみることにした。行先はアルクマールで、先日NHKの海外の町を散歩する番組で見た町だ。ネットで地図を広げて、オランダの位置を探したら、アムステルダムはロンドンよりも北に位置することに気がついた。その程度だから、アルクマールまでの鉄道の切符を入手するところから勝手が分からない。
最寄りの駅ダイフェンドレヒトに切符の自動販売機はあるものの、現金では支払いができない。駅内の売店でも支払いのためのカード類を売っていないという。仕方なしにアムステルダムセントラル駅までメトロで出かけ、駅構内の切符売り場で購入した。バカンスシーズンで沢山の若者や旅行者が居た。入口では整理券を渡す列ができていたが、国内の切符は整理券が必要ないと言われ右側のカウンタでオープンの表示がある場所に並んだ。明日の切符でダルクマール往復と注文したら、二人で確か32ユーロ程度だった。
翌日ダイフェンドレヒト駅でアルクマール行きの列車を表示を探したが見つからない。確か8時半出発の列車があるはずとウロウロしたが、結局は、インフォメーションの係員に聞いた。アムステール駅でアルクマール行きに乗り換えなさいと言われた。
行きはアムステール駅で乗り換えてアルクマールに無事着いた。帰りはアルクマールで乗車し、Amsterdam Sloterdijk駅で乗り換え、更にSchipholで乗り換えた。行きと帰りが列車の乗り換え場所が違う。この複雑な乗り換えを教えてくれたのが、アルクマール駅の小さなインフォメーション室に座っていた年配の男性で、手持ちの切符を見せてここ(ダイフェンドレヒト)に行きたいと話した。
そもそもオランダ語の地名は、我々日本人には発音不可能である、と思う。カタカナで地名がグーグルマップに表示されていても、本来の発音と全くことなる。メモに書いて見せるのが一番用心深いやり方だ。インフォメーションの男性は手のひらに入る情報端末をペンのようなもので操作して、電車の乗り換えリストを印刷してくれた。これで我々は助かった。
アルクマールは金曜日にチーズの取引がチーズ博物館の前で開催されるという。我々も金曜日に行ったが、町は大混雑だった。チーズ取引は昔の商売の様子を再現しているようで、英語、ドイツ語、スペイン語、多分のその他の言語と順に繰り返し説明していた。
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アルクマールのチーズ取引風景

オランダ旅行(1)

夫婦でオランダに来た。アムステルダムのスキポール空港から1時間以内の駅Duivendrecht(ダイフェンドレヒト)で下車し、雨の中を20分ほど歩いて娘が借家している家にたどり着いた。道は車が通る車道、自転車が走る茶色の道、それに歩道の3通りに分かれている。周囲は閑静な住宅街で、植木や花で家が囲まれていて綺麗なところだ。
翌日アムステルダムの中心街までメトロで行った。徒歩でDuivendrecht駅に行くとまず階段を上り、電車のホームを通って更にエスカレータでメトロのホームに到着する。電車とメトロは切符の種類が違うとのことだ。メトロはSUICAのようにカードにお金を入れて使う。メトロのホームにカードから切符代を引き落とすポールが立っており、それにカードをタッチして料金を支払う。乗る時も降りるときもカードをタッチさせるが、駅によってはゲート形式になっている。
メトロで3駅目がRAI(ライ)で、下車してトラム(市電)に乗り換えた。RAI駅では出口がゲートになっていた。出口付近で黒人がウロウロしていて、家内がカードをタッチしてゲートを開けるとその後に続いてゲートを通過した。私が別のゲートをタッチして開けると、今度は白人が私の後について無賃乗車でゲートを通った。どうも無賃乗車は多いようだ。それでも検札で見つかるとかなりの金額の罰金を支払う必要があるという。
東京では市電がほとんど消えてしまったが、アムステルダムでは市電が活躍していた。市内では、自動車道、市電線路、自転車道、歩道と4通りに分かれている。自動車の数は少なく、圧倒的に自転車が多い。町のあらゆる場所が駐輪している自転車に占領されている感じだ。日本では見かけない自転車があった。
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アムステルダムで見かけた自転車
前輪とハンドルの間に荷物を収納するボックスがついている。このタイプの自転車はあちらこちらで見かけたので、日常生活で当たり前に使われているようだ。駅前にも駐輪していた。ジョギング中に見かけたこのタイプの自転車を使っていた夫婦は、小学生低学年と思われる子供がこのボックスの中に座っていて、お母さんと思われる女性が運転していた。お父さんは別の自転車だった。その時の様子から乳母車自転車かも知れないと思った。
メトロは追加料金なしで自転車を乗せることもできるという。確かにメトロの車両内に自転車置き場が設けられていた。
トラムは市民の便利な交通手段としてメトロと同じカードで利用できる。自転車はメトロに乗せて行動範囲を広げている。エコの観点でオランダは自転車利用の先進国という印象だ。

再生可能エネルギー買取法案

菅総理が引退の一つの条件としている「再生可能エネルギー買取法案」が14日国会で審議入りした。個人的には是非成立させて欲しい。60歳代後半の仲間同士が大衆酒場で議論した。
菅総理は支持率最低だそうだが、「再生可能エネルギー買取法案」を支持している人は多いに違いない。5年10年という単位で再生可能エネルギーの利用を促進することになる。太陽電池、地熱発電、風力、水力など、どの分野の技術でも日本は優れている。この法案が成立すると電気料金が月200円ほど高くなるという報道があったが、この予測は間違いで、日本の技術進歩でいずれ解決する、と信じたい。
福島の原発事故は1000年に一度の津波が引き金になったが、大規模な原発に日本の電力を頼る設計方針そのものが間違いであることを示した。東日本大震災は自然が我々に与えた警告と自戒しなければならない。予測できない自然の脅威と、それに対応しきれない人間の能力を勘案すれば、大規模原発からの脱却を国の基本方針とすべきだ。
福島原発事故のような大規模システムが引き起こす人災は、一度発生したことが、即ち二度目、三度目が起こりうることを示唆している。人は誤りをおかす生物である。誤りを犯すことを前提に、今後どのような道を選択するのか、今の日本は困難な判断を迫られている。
ニュース報道で紹介される日本の原発は、日本全体をグルリと囲っている。福島原発の事故で、放射能汚染した校庭の土を除染してほしいという母親の切実な報道が流れた。最近ではセシウムが基準値以上含まれる牛肉が既に日本全国で食卓に供されたという。福島原発1か所だけで、日本中が震えているし、耐えている。
日本は至る所で放射能を測定する時代になった。いずれ家庭やレストランでも食事の前に放射線を測定することが常識になるかも知れない。次の大規模原発事故が発生したら、若い世代や子供を抱える世代は日本脱出を試みて、日本に残るのは我々高齢者だけになろう。こう私が発言したら、皆無言になってしまった。
菅総理の支持率が低くても、是非「再生可能エネルギー買取法案」を成立させたい。成立してもしなくても、菅さんが「脱原発」を訴えて衆議院を解散して欲しい。自民党が「脱原発」を主張することはあり得ないだろうから、菅さん党首の新党旗揚げを期待する。

居直り首相(上)

本日7月2日土曜日読売新聞朝刊4面の「政治の現場」を読んだ。報道記者は菅総理が「何時、どのような条件で退陣するのか」とばかり聞いているが、記事には日頃感じていることが指摘されていた。
その1は「辞めろコールの大合唱」に対して「諦めない」である。1年前後で辞めた4名の前任者は日本の政治家閨閥が政界に存在し、しかも政治家としての「諦めないで最後まで努力する」という資質を欠いた「血筋の良い」しかし「政治家として不適切」な人材であった。4名も連続すれば、国民は十分そのことを感じていて、「辞めろコール」を発言する自民党、さらには民主党の政治家の発言を「私利私欲」の発言で、日本国民のための発言と理解する人は少なかろう。
その2は「任期」を重視する考え方である。総理が責任をとって「辞める」、別の言い方をすれば「辞めれば責任から解放される」という考え方は日本の政治を悪くしている。財政再建のために消費税10%に増税する話などは、国民の反発を買う政策であるだけに、辞任を言わされた菅総理だから実行できる可能性が残されている。新しく次期の民主党代表が選ばれたとして消費税10%を堂々と民主党のマニフェストとできるかといえば大抵腰砕けとなろう。「任期」を重視して、一定期間は国民に嫌われる政策も実行できる仕組みを日本の政治習慣としなければ、日本は政治主導で世界経済から「落ちこぼれて」いく。
その3は「与野党が『菅降ろし』をしているから大震災の復旧・復興」が進まないと受け止められ、それが管の生存支持率を下支えしている」という皮肉な見方がある、という一文である。これは「皮肉な見方」ではなく、国民に分かりやすい説明だ。国会の会期延長をしても、自民党が「菅総理が嫌いだから議論しない」と発言しており、大震災からの復興よりも「菅総理嫌い」が自民党にとって大切であると連日ジャーナリズムに説明している。聞いた国民はただあきれて聞き流すしかなかろう。
国会の現状は日本の政治家が「政治」を放棄している、そのことを国民に伝えている。そのことを国民に十分印象付けて延長国会が終了するころに菅総理が消費税10%の国民の合意を得るための衆議院解散を実行したら、諦めない菅総理の政治に賛同する投票も有る程度望める。小泉前総理が「自民党を壊して見せる」と発言して国民の支持を得たのと同様に菅総理が「消費税10%で日本を立て直すので国民に是非協力して欲しい」と訴える総選挙が実現することを期待してみたい。