原発は地中に

2030年の原発比率について複数の案が示されたとテレビニュースで報道されている。すべての原発が停止した現在、どの原発が再稼働するのか、というのが注目されている。政府は原発族や経産省、産業界の圧力を受けて、徐々に大飯原発の再稼働に向けて道筋を探している印象だ。2030年に原発依存を減らすから大飯原発を再稼働させて良いという論理に結びつかない。理由を列挙する。
・2011年3月11日の福島原発の事故で日本国民は多大な被害を被った。現在存在する原発にいろいろな対策を施したとしても、同じ事故が発生することはない、と保証できる根拠はない。理由は福島の事故も「人」の判断ミスが被害を大きくした一つの要因であり、再稼働で「人」が原発を動かせば、同じ規模以上の災害は覚悟せざるを得ない。
・既存の原発は海岸に面して設置されており、津波の被害にさらされている。日本は地震列島であり、地震の原因と考えられる断層は調べれば調べるほど数が増える。世界でも例を見ない地震国に原発を並べることの愚かしさは、昨年3月11日の巨大地震で自然が教えてくれた。この教訓から最大限学ぶべきだ。
従来原発は火力発電や水力などに比較して発電コストが安いとされてきた。しかし福島原発を廃炉にする費用がいくらかかるか見通しも立っていない、また30年以上の期間が必要とされている。従来原発で仕事をしてきた原発族は、廃炉作業だけでも国の膨大な予算を必要とし、福島原発被害者に対しての保証問題でも長期間仕事がある。再稼働よりも福島災害復旧に全力を注ぐべきだ。
原発推進派が原発の再稼働を心から望むのであれば、原発の立地条件から見直すべきだ。福島と同じように人が制御できないような災害に結びついた時は、原発設備から放射能まですべてを一瞬のうちに閉じ込め、環境への放射能の影響を最低限に抑え、30年以上の廃炉作業を必要としない地中深くに原発を建設する。原発再稼働はコストで判断すべき課題ではない。永遠に回復できない人類の放射能被害を覚悟するのか、子孫に原発で汚れた地球を残すことをよしとするのか、と自然が我々現代の日本人に問いかけているのだ。

金環日食撮影しました。

2012年5月21日午前5時半、事務所の2階に朝日が差し込んできて目が覚めた。金環日食の日だ!と飛び起きた。観察用のメガネを持っていないので、ピンホール方式で観察する準備を始めた。8年間拭いたことのない窓ガラスを台所から持ってきた布巾できれいにし、窓ガラスにダンボールの箱にキリで直径数ミリの穴をあけて、影が投影される扉にコピー用紙を貼り付けた。コピー用紙には複数のピンホールから太陽が投影されたが、厚い雲の明暗が写っていて太陽がかけているかどうかはっきりしない。
そのうち雲が厚くなりピンホール法式では扉のコピー用紙には投影されなくなった。仕方なく望遠のついたディジカメを取り出して窓際から太陽の方向と思われる空を眺めた。カメラは数年前に5万円以下で購入したCASIOのEXILIMだ。厚い雲間からところどころ光が漏れてくるので、太陽の位置についておよその見当をつけてまった。NHK-TVでは各地の部分日食の様子が紹介されている。7時20分を過ぎたころから急に雲が薄くなり、太陽が見え始めた。肉眼で観察することはできないので、カメラの液晶ファインダーで太陽の位置を探しながら撮影した。
写真は雲が比較的太陽の光をさえぎっているときに撮影できた金環である。
2012年5月21日相模原市中央区から見た金環日食
cimg2899.jpg

その後数分間太陽の光は一段と強くなった。雲が途切れたのだろう。カメラがAFで焦点を合わせているときは金環が見えるのだが、シャッターを切ると露出オーバーで金環の形を撮影することができなかった。金環が終了して部分日食になったとき再度雲が厚くなりまたディジカメで撮影できた。こんなにもタイミングよく太陽の光の具合を調整してくれるとは、自然の神様に感謝する。

検察審査会の価値

本日5月2日19時からのNHKテレビニュースで、小沢一郎の無罪判決に対して検察役の弁護士団が控訴するかどうか結論が出なかったと報じられていた。また最高裁の長官が検察審査会のあり方について見直し論が出ていることに対して長い目で見ることが肝要と発言したと報じられた。
個人的な意見であるが、検察役の弁護士団には是非小沢一郎の案件を控訴して欲しい。裁判で無罪と判決が出ても、それは明確な証拠がなければ有罪とはできない裁判のルールに基づいた判決だからであり、無罪と潔白とは全く別物であることは国民は誰でも知っている。
政治家としての小沢一郎の活動について民主党党員としての活動が行えない状態にあることも、検察審査会で議論が継続することが重要な条件である。検察審査会が控訴すれば、裁判が続く限り小沢一郎の政治活動は制約を受けることになり、同時に執拗に繰り返しジャーナリズムが報道する。これが小沢一郎に対して免罪符を与えない唯一の手段であり、検察審査会の存在意義である。特に、次の衆議院選挙において控訴状態のままで選挙が実施されれば、政界の様子も様変わりしよう。
将来、第2、第3の小沢一郎の出現を少しでも抑制するために、検察審査会の役割は重要だ。例え最高裁で無罪判決が予測されるとしても、小沢一郎のような強力な政治家でも、検察審査会が決定する長時間の裁判とジャーナリズムの報道で、政治の表舞台から消えていく歴史を残したい。
5月8日に控訴の決断を期待する。