2012/11/26 月曜日

お葬式(4)

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 12:39:30

お通夜は16日夜19時からとした。息子が仕事を終えてお通夜に家族を連れて来れる時間を選んだ。16日午後、葬儀屋さんがお通夜の装備一式を持ってきた。お花を飾る業者も1人来た。故人を二日間安置していた部屋の床の間には掛軸が2本かかっていた。家康の家訓と四国霊場の巡礼で全てのお寺さんに証文を押してもらった掛軸である。葬儀屋さんはその掛軸二つを背景にお花を飾り故人の写真を置き、その前に棺、さらに祭壇を設置した。故人を安置していた布団から棺桶に移す際には私と息子が手伝った。故人は白い布にくるまれており、その布を両側から持ち上げて入れた。準備に数時間を費やした。祭壇には仏式の道具一式がお線香、蝋燭を含めて並んだ。庭に面した扉は開放して訪問者が来たら庭から参拝してもらうこととした。
11月の夜19時は真っ暗であった。参拝者に庭石の上を歩いてもらうのに足元がよく見えない。庭に面した部屋の電気をつけて窓ガラス越しに光を通したが不十分だった。通夜は最初に家族がそろったところで葬儀屋さんの司会で行った。最初に一同黙祷し、次に一人ひとり菊の花を献花し、故人の顔を棺桶のガラス越しに拝んだ。実家の正面にお住いのお婆さんが通夜に最初に来てくれた。旦那さんはだいぶ前になくし、自分は今一人で頑張って生活していると話していた。一番実家のことを心配してくれたご近所だった。お世話になった介護施設の方々も通夜に来てくれた。葬儀屋さんは一人一人に菊の花を手渡し、毎回無宗教で献花で行いますと説明していただいた。中には献花の後にお線香を手向けたいという方もいて、どうぞとご返事した。無宗教でお願いしたので、お坊さんを呼ぶこともなく、19時に始めたお通夜は20時に終わりになった。葬儀屋さんは事前打ち合わせでお通夜の後の精進料理について用意するかどうか質問してきたが、その必要なしと返事した。実際には近所のスーパーで適当なお弁当を買ってきた。家族葬なのでこれで問題なしと感じた。その晩は実家に私と娘2名が宿泊した。無宗教だが、お線香と蝋燭はなるべく絶やさないようにした。
(つづく)

2012/11/25 日曜日

お葬式(3)

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 16:23:37

お通夜と告別式の予定が決まると次に考えなければならないことが、誰に周知するかということだ。実家の近所の誰に相談すれば良いのか普段付き合いが無い我身には困ったことだったが、助け舟が現れた。道路を挟んで真向かいに住んでいる父より3歳若いお婆さんがピンポーンと呼び鈴を鳴らして来てくれた。普段人気の無い我が家の前に車が何台も停車しているので、何か有りましたかと聞きに来てくれた。お通夜と告別式の日時を伝えると町内会の幹事のお宅が何処かを教えてくれた。そこで手書きで訃報を書き幹事さんのお宅を訪ねたが不在の様子。郵便ポストに入れておいた。
父の知り合いに連絡することは最初から考えなかった。96歳の高齢で昔から友人が先に他界してしまったと嘆いていたからだ。私の普段付き合っている友達にも連絡は数名に限定し、他には連絡しないようにお願いした。昔と異なり家族葬が一般的になってきていると普段から考えていた。連絡した友人一人は大きな花かごを送ってくれた。お通夜は16日19時からとした。10年前の母親のお通夜では玄関両脇に提灯があった。今回は家族葬で提灯がなかった。それでもお通夜に先立って近所の人数名が香典を持ってきてくれた。私が実家で生活していた半世紀前の御嬢さん、現在は立派なお婆さんが名前を名乗ったがハアーと頭を傾げた。しばらくして、そう言えば聞いた名前だと思いだした。
家族葬でも親戚を含めて12名集まった。リビングだけでは狭いので玄関脇の応接間を掃除して何名かが待機できるように準備した。おそらく10年以上雨戸を満足に開け放したことがない応接間だったので、数日間秋晴れの空気に開放した。お通夜を翌日に控えまる一日何も手につかないかと予想したが、割り切って原稿書きをした。モバイルルータを持参していたのでパソコンを使って仕事をした。寝不足で調子は出なかったが、仕事に集中すると15日一日があっという間に過ぎ去り16日お通夜の日になった。
(つづく)

2012/11/22 木曜日

お葬式(2)

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 23:08:08

父が昇天した当日の午後葬儀屋さん一人が軽自動車で到着した。0120で依頼した、自宅で葬儀を行うこと、無宗教で献花方式としたい、という依頼内容を葬儀屋が最初に確認し、それから50万円パッケージの葬儀に含まれている費用内訳をパンフレットを使って説明し始めた。霊柩車は運搬3回まで使えるという。今回は自宅葬なので運搬は2回だが、1回分は権利放棄になります、という具合に説明があった。献花は最近はバラが多いと勧められたが、父は大正時代の生まれなので白菊としてもらった。献花1本につき消費税込みで315円ですが何本準備しますか、と質問された。家族葬でも近所の人が気が付いて何名か訪れるかも知れない。しかし献花の本数を予測することは難しい。考えたが30本とした。お通夜で献花、自宅の告別式で献花と2度献花するので、同じお花を2度使った。
葬儀の予定日を決めるには火葬場の空き状況が鍵となると説明があり、明日15日明後日16日は一杯だという。18日は友引なので葬儀には適さないと説明があり、17日土曜日が告別式と決まった。10年前に母親の火葬場がわびしい場所と設備だったので聞いてみると、千葉市の葬儀場は最近立派な建物になったという。実際巨大で立派すぎるという感じの火葬場であった。これからの高齢者社会に千葉市はしっかり準備ができているということだろう。葬儀日程が決まったので故人が寝ている脇に葬儀屋が小さな祭壇を設置し、蝋燭の火と線香の火を守って3日間父の傍で寝泊まりすることになった。実家とは言え普段寝慣れていないので大変疲れた。リビングの電気毛布で仮寝したが夜中に何回も目が覚める。蝋燭と線香の火をなるべく絶やさないようにするには夜中に目覚めることはある意味で便利だった。
父は1年半前から介護施設に入っていた。実家近所の介護施設では1人部屋で、最近は週末に訪問するといつもベッドで寝ていた。耳もかなり遠くなっていたが施設の方は大声で話しかけてくれていた。実家が空き家になったので固定費を節約する目的でガスを停止し、電気も10アンペアに切り替え、電話は廃止していた。夜中に1人で寝泊まりすると大変寒かった。あわてて東京瓦斯に頼んで15日昼頃ガス暖房が使えるようになった。電気10アンペアは大変不便だった。電気毛布と湯沸しポットでブレーカが落ちる。掃除機を使い電子レンジを起動するとまたブレーカが落ちる。おかげで電気が普段切れない有難味を再確認した。
葬儀屋さんは毎日昼過ぎに来て個人が寝ている布団の中に入れている保冷剤を取り替えた。父は庭が好きだったので庭側の雨戸、ガラス戸、網戸を開放し昼は常時庭が見えるようにした。線香の煙と匂いが苦手なので、トイレと台所の換気扇は常時回しておいた。幸いお通夜の晩までは秋晴れのすがすがしい日が続いた。(つづく)

2012/11/19 月曜日

お葬式

Filed under: 熟年の健康 — mizusawa @ 13:19:38

先週水曜日早朝に父が他界した。1年半前に入所した介護施設から電話連絡が朝4時ころあった。お医者さんによる死亡確認が朝6時からあるとのことで車で深夜の高速道路を1時間以上走って介護施設に行った。父は仰向けにベッドに寝ていて若干温かったが呼吸はしていなかった。若いお医者さんが聴診器で診断しすぐに死亡診断書を書いてくれた。施設側は故人を安置場所まで早めに運んで欲しいという。施設に普段付き合いのある葬儀会社は?と尋ねたが特にないので自分で探して欲しいと言われた。
父は大正5年生まれの96歳。2年ほど前までは母親が他界してから10年ほど自宅で介護の訪問をお願いしながら一人で生活していた。足腰が不自由になって夜中にトイレに立ちすぐ目の前のベッドとの間で転倒しそのまま動けずに朝になり介護に来てくれた人に助けられたという。その時の不安から介護施設にお世話になることをやっと決断した。本当は自宅で娘や息子と一緒に住み最後まで面倒を見てほしかったのだが、介護の世話は家族にとっても大変重荷なので自宅近くの介護施設にお世話になり息子の立場としては大変助かった。介護施設の契約書を見て自分の番が回ってきたときは介護施設に入るのに足る年金が自分には無いことが分かった。
母が他界した時は葬儀を取り仕切ったのは父だった。息子の私は今回の父の葬儀が最初の経験である。葬儀屋を探すのに持参したパソコンで検索した。ネットの発達は葬儀屋の世界にも浸透していた。葬儀に対しては漠然とした不安感があった。どれだけ経費がかかるかが想像できないことだった。ネットにはメニュー形式の葬儀が紹介されていた。本当は市役所など公的な葬儀の価格も知りたかったが調べる時間的な余裕もない。0120フリーダイヤルで全国展開しているメニュー形式の葬儀会社に電話した。メニューの中から約50万円の葬儀を選んだ。葬儀会社には自宅で家族葬儀をすること、無宗教で献花形式で行いたいことを話した。当日の8時過ぎに個人を迎える車が介護施設に到着し9時には自宅に安置した。葬儀会社との具体的な相談は13時過ぎに担当者が自宅を訪ねてくると話があり、それまで自宅で待機した。
1年半以上誰も住んでいなかった家の庭側の雨戸をあけた。快晴で秋晴れ、風は暖かく日だまりが心地よかった。庭に面したベランダをモップで掃除した。庭石も水をかけて掃除してみたがあまりきれいにならない。玄関はよく見ると蜘蛛の巣がかかっていて、手箒を探して掃除した。家族には早朝にメールでお爺さんが昇天したと連絡した。次男が会社を休んで午前中に駆けつけてくれた。昼過ぎには家内も到着し、葬儀屋さんと打合せできる体制になった。
(つづく)

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