日本と韓国の泥仕合

今日5月23日NHKTVニュースで韓国の有力紙が「日本に原爆が投下されたのは神の懲罰だ」と論説に掲載したと報道していた。広島と長崎の市長が冷静にコメントしていたのに若干救われた。竹島の問題で日韓関係がこじれ、維新の会の橋下共同代表が慰安婦問題でセンセーショナルな発言をしたことが、今回の韓国有力紙の論説につながっていると誰しも思うだろう。
橋下共同代表は維新の会がかっての勢いを失っていると石原共同代表が発言した時期から、またジャーナリズムに出番を作ろうと慰安婦問題を取り上げ、狙い通りセンセーショナルな話題になった。本人は事実を正しく説明しているのだと説明しているようだが、本来の目的が「維新の会を目立たせる」ことにあると誰しも理解するだろう。橋下代表が大阪府や大阪市の行政の在り方で発言しているときは「行政機関にありそうなことだ」と誰しもが橋下氏の発言が行政府の改革が必要なことを的確に表現していると感じたに違いない。そこには今回の慰安婦問題の取り上げ方のように「品位を失った」と感じさせる側面はなかった。
例え橋下代表が主張するように慰安婦問題が正しい歴史認識だとしても、日本の有力な政治家の一人がこのような発言をすることで、日本国民全体が「品位がない国民」と韓国やその他の国々から思われるのは残念なことだ。その意味で広島、長崎の市長の今回の反応は「日本国民の品位」を保ってくれた。
一方韓国有力紙の論説は韓国にも橋下氏と同じように目立ちたがり屋がいることを証明してくれた。日本の品位を下げる橋下氏と韓国の品位を下げる論説委員と同じような人種が低いレベルで競い合っている。世界は日本と韓国の泥試合に苦笑しているだろう。

川口氏解任案

参議院野党は選挙を控えて焦っている。川口参院環境委員長の解任決議案を野党7党が共同提出したと本日5月8日水曜日読売新聞1面に書いてある。川口氏が中国要人との対談のためであったという安倍首相の説明は分かりやすいし、高村氏が今の中国と日本にギクシャクした関係があることへの対応が非常に重要である、というテレビニュースで流れた説明も誰でも理解できる。参議院側で解任決議案の取りまとめに走った議員は参議院選を控えて少しでも得点しようと焦ったとしか見えない。川口氏が自ら辞職する必要はない。参議院の議決で野党から欠席者や造反者がどの程度出てくるかが焦点になろう。何しろ民主党からの離脱者が相次いでいるのだから、これを契機にさらに民主党が内部崩壊を加速させることになるかも知れない。焦点は川口氏の解任ではなく、参議院の内部崩壊だろう。

カナダ旅行(9)

5月連休週末の土曜、日曜とオタワの対岸ガティノーで医療機器関連の国際学会に参加した。MeMeA2013という学会でカナダとイタリアで毎年交互に開催してきた経緯がある。来年はMeMeA2014がポルトガルのリスボンで6月に開催されることになった。規模が小さく、2パラレルセッションで一日半で終わった。発表の持ち時間は20分でリハビリセッションでオーラル原稿を手にしながら発表した。日本から参加したのは私一人だけで、日本出身のCarleton大学准教授小野先生とGALA DINNERでディスカッションすることができた。
memea2013.png
MeMeA2013休憩風景
小野先生はカナダに研究に来て、そのままカールトン大学の准教授として採用されたようだ。カナダの大学は全て州立で学費が安く年間70万円程度と日本の国立大学並みだそうだ。社会福祉も充実している。銃の所持も法律で禁止されているという。アメリカとは大分異なる印象だ。日本では博士の学位を得た若手の就職先が少ないのが現状だ。カナダで研究や教育に携わるのも悪くない。唯一の欠点は寒さだそうだが、その対策は万全で、カールトン大学の各建屋は地下通路でつながっているので冬の寒さを気にする機会は少ないという。オタワやモントリオールの複合施設も地下街が広かった。
ホテルから会場の大学キャンパスまで約3キロメートルを歩いた。街中は道路を塞いで交通整理が行われ自転車が我が物顔で走っていた。自転車のイベントが開催されたようだ。快晴で日が昇るにつれて汗が出て、大学に到着するころには息が荒くなっていた。それでも気持ちの良い散歩だ。ホテルに戻るときはオタワ河沿いの散策路を歩いた。仮舗装の幅二メートル程度の道が続いており、大半が自転車、数人の歩行者を見かけた。カナダの国旗に描かれている楓の葉が芽吹き小指程の大きさだった。
cycle.png pathway.png
散策路のサイクリング と 案内マップ
オタワ河の水量は多く、散歩した公園の脇にはダムが築かれており、発電所があった。カナダには湖が多いと聞いたので、原子力発電は必要ないかも知れない。ホテルでTVを見たら環境問題について研究者が講演していた。環境汚染の話題で「FUKUSHIMA」に触れていた。内容を把握しようと聞き耳を立てたが、いつの間にかベッドで寝てしまった。
(おわり)

カナダ旅行(8)

今日も快晴。オタワからMontreal(モントリオール)日帰り観光旅行を計画した。朝8時前に徒歩でバスセンターまで行き、そこで8時発モントリオール行バスの往復切符を購入した。50名ほど乗れる大型バスが満員になった。バスにはトイレがついていた。2時間半の旅程だったが、平原に広大な畑や雑木林が繰り返し現れる単純な景色にすぐに眠り込んでしまった。
モントリオールのバスセンターは街中にあり、朝10時前から徒歩で見物を開始した。St.Catherine通りをあるき、Desjardinコンプレックスを見つけた。中心が広い吹き抜けになっていて開放的なショッピング街だった。道路沿いに南東方向に歩きQuai Alexandra(アレクサンドラ埠頭)に出た。古びた場所で案内板にはその昔開拓民が船でここに到着した時の写真があった。
港を北方向に散歩するとサイエンスミュージアムの近代的な建物があり小学生が多数集団で集まっていた。試しに入館してみると、小学生向けの科学技術に楽しんでもらう仕掛けが多数置いてあり、子供たちがにぎやかに触っていた。場違いの場所に入ってしまったが、催しは科学技術の楽しさを教育する場として大掛かりな工夫や実験設備展示を並べていた。
昼食はモントリオール市庁舎近くの小さなカフェだった。その後地下鉄とバスを使って西数キロメートルの所にあるMont-Royal公園に行った。初めての街で地下鉄に乗るには方向を正確に確認しなければならない。地下鉄はタイヤで走りかなりガタガタ揺れる。Mont-Royal駅で下車してバスを待った。最初97番のバスに乗ったが山の上まで行くのは11番のバスと知り乗り換えた。切符は地下鉄もバスも一定時間内であれば目的地までは同じ切符で乗れた。Mont-Royal公園はなだらかな丘で展望台があり、モントリオールの街並みを一望できる。
mont-royal.jpg
モンロワイヤル公園の遊歩道
ジョッガーやサイクリストが沢山目につくので徒歩で下山することにした。展望台からは麓のPeel通りまで手すり付の真新しい階段があった。町はトロントやオタワに比較して道路幅が広く、日本車が多く走っていた。韓国車も目立つが、不思議なことにフランス語圏のモントリオールでフランス車を見かけなかった。忙しい観光だがオタワから日帰りでモントリオール観光ができた。

カナダ旅行(7)

オタワの街を散歩するには申し分ない天気だ。朝8時半から往復6キロメータをジョギングした。オタワ河を境にして南側に位置するホテルを出発し、PONT DU PORTAGEを使って対岸のGATINEAUに渡り、オタワ河沿いに西に走った。朝の通勤時間帯でバスと自家用車で道路が混雑している。商店が見当たらないさびしい道路で歩道は狭く時々自転車とすれ違う程度だ。道路上には赤いバツ(×)印が目立つ。3車線以上の道路では、通行時間帯でどちらの方向にその車線を割り当てるか変更しているようだ。信号機も赤が2個、全体で4個の信号灯だった。赤信号が二つある理由は落ちついて観察しなかったので分からなかった。右折可を含む直線と右方向とに別々に赤信号を割り当てているのかも知れない。
折り返し地点はケベック大学のOutaouaisキャンパスとした。キャンパスは建物が並んでいたが周囲は田舎でお店がなく、隣は墓地だった。キャンパス内は自動車が沢山駐車しており、数名の学生と数名の先生方を見かけた。元の道を戻るとき公園内に入る散策路を見つけた。オタワ河が堰き止められていて穏やかな水面があった。オオカミのシルエット2体が公園に置いてあった。夕方公園を散歩する人には本物のオオカミに見えるだろう。
今度は工事中の橋‘PONT DES CHAUDIEREを渡った。歩道は仮設で板敷だ。人が二人並ぶと道を塞ぐことになる。橋の下を激流が流れている。ダムから流れでた水流は落差が大きいので荒れ狂ったように流れていく。
11時ころ国会議事堂の見学者受付に並んだ。ガイドブックには荷物検査が厳重と紹介されていたが、延々と1時間以上建物内のセキュリティチェックを通過するのにかかった。何か特別な行事があるようで、お目当てのタワーには登れずその代り3階に上がって下院の審議の様子を見学できるという。3階にたどり着くと再度空港の荷物検査と同じセキュリティチェックがあり、荷物カバンは取り上げられ荷物札を渡された。部屋にも各コーナに警察官が配置され、見学席に着席した。下に見える下院は真ん中奥に議長と思われる人一名、真ん中の通路に書記と思われる人数名、約300ある席に議員らしい人が5名程度座っていた。議論は英語、フランス語の好きな言語で発言していて、発言者の席にはランプが点灯し、見学席には電話の受話器のような装置で音声が伝えられていた。
parliament.jpg
オタワのカナダ国会議事堂
遅い昼食をRideau Center内の食堂街で食べた。ここも周囲にお店がならび、手に入れたお皿を真ん中のテーブルに持参して食事するスタイルだった。ByWard Marketと呼ぶテント張りの仮設販売所が並ぶマーケットを散歩し、教会Notre-Dame Cathedral Basilicaを見学した。外観が銀色の金属製で建物は教会スタイルと判別できるがヨーロッパの石造りが当たり前の目には奇妙な印象だった。中は綺麗にデコレーションされた祭壇だ。
教会と道路を挟んで反対側にはNational Gallery of Canadaがあり、ガラスを多用した近代建築だ。入場料を払って入ると長いスロープを歩いて2階に上るのが特徴だ。モダン芸術には興味がないので失敗したと思って歩き回ると、フランス印象派の絵画が陳列されている部屋があった。喫茶店で休憩しようと場所を探したが階段やエレベータを探すのが難しかった。監視員が沢山歩き回っているので教えてもらった。
SPARKS通りは夕方ビールを楽しんでいる若者が多い。目の前が裁判所やカナダ銀行なので大半がエリート官僚だろうと想像した。通りのオープンカフェでビールとフライドポテトを楽しんだ。

カナダ旅行(6)

トロントの街を4日間散歩し観光客には安心して過ごせる穏やかな都市と感じた。オタワへのフライトをネットでチェックインしてボーディングパスを手に入れる作業をした。Air Canadaは24時間前にネットでチェックインする催促のメールを送ってくる。ホテルで作業したが最後のプリントができない。ホテルの案内を読むとロビーに設置してあるパソコンでボーディングパスを印刷できるようだ。自分のパソコンを持ってロビーに降りた。確かにプリンターが一台、その脇にパソコンが5台ほど並べてある。画面は最初に料金の支払いを催促している。客室では無料で使えた。宿泊代に含まれている。ロビーのパソコンでボーディングパスの発行は無料で印刷できるはずとあれこれ試した。大分格闘してから画面のアイコンにボーディングパス(Free)があるのに気が付いた。その後の操作は簡単だった。航空会社を選んで無事印刷できた。
朝8時半にホテル発の空港行バスを待っていた。8時45分になってもバスが来ない。同じように待ちぼうけしている乗客は我々以外に3名。20分以上遅れてバスが到着した。年配の髭の運転手は時間に遅れてもお客にぞんざいな応対だった。バスに乗ってからも街中のアチコチでお客を拾うので空港到着が大幅に遅れるのではと内心ヒヤヒヤした。しかし岸沿いの高速道路に乗ると20分ほどで空港に到着し、当初予想したスケジュールから10分遅れただけだった。Air Canadaはターミナル1で荷物を預けるカウンタ列がA、B、C,・・・・と沢山並んでいた。
搭乗口D22に10時に到着しAC448便を待つことにした。試しにパソコンを開くとToront Pearson WiFiが無料で使える。有料の空港ばかり経験しているので、これは便利だ。スポンサーはAMEXのようでLOGIN時に宣伝が表示されるが、何の不自由もなく使えた。
トロントの空港に到着しガイドブックにあった97番の乗り合いバス切符を案内所で購入しバスに乗った。旅行用の大荷物が有ったのでバスの中の荷物が置けるスペース脇の椅子に座った。走り出してから気が付いたのだが、座った場所には控えめなイラストで、妊婦、足の不自由な人が着席する場所と表示されている。65歳以上の高齢者が座ってよいのかどうか不明。落ち着かない状態でバスはガタガタ振動させながら次々に停留所に留まる。空港とトロント市内を結ぶバスは赤く塗られた目立つバス停にとまり、バス停は規模が大きく小さなバスターミナルの印象だった。地図を見ながらバス停名と見比べていると向かいの席に座った年配の女性が何処に行くと聞いてきた。ALBERT/BAYと答えると私もその近くまで行くので教えてあげると言う。女性はバスを下車するときに我々のことを運転手に伝えてくれた。親切な人だ。バスを降りると日本でGoogleStreetでチェックした風景だったので簡単にホテルに到着した。
昼食をとるつもりで街に散歩に出かけた。偶然世界遺産の標識を見つけた。Rideau Canalと書いてある。オタワ側とリドー運河は数十メートルの水位差があるので、水門を何段も並べて水位を調節しながら船を通過させている。橋の上から見物している人が沢山居たので、滅多に見られない光景を目にしたのではなかろうか。
rideaucanal1.jpg
オタワ河からリドー運河に向かう船の関門

カナダ旅行(5)

昨日からの雨模様が残っていたので傘を持って北に位置するRoyal Ontario Museumに出かけた。10時開場で周辺に観光バスが数台ならび、見学者の列もできていた。北側に正面入口があり、広々としたエントランスに切符売り場、入って右側奥に日本、中国、韓国の歴史遺産が飾ってあった。日本のコーナは大半がトロント日本商工会議所参加企業の協力でPrince Takamadoが展示していた。戦国武将の兜、刀剣、茶室、屏風、根付などで、学生の一団が展示品の解説を手書きで書き写していた。
2階には恐竜の展示、3階にはエジプトやギリシャなど、広々とした展示スペースに整然と並べられていた。カナダコーナは入植時代の家具や絵が飾ってあり、たまたま行き着いたところは鉱石展示で一番奥に宝石が並んでいた。博物館に入るとすぐに休憩したくなる。このMuseumは地下二階に広い簡易食堂があった。丸いパンをくりぬいてビーフシチューを入れた料理はおいしかった。二度目の休憩は五階のレストランでビールとポテトチップを食べた。大きなガラス越しにCNタワーが見え、陽射しも入ってきていた。雨は止んだようだ。
博物館を出てQueen’s Parkのオンタリオ州議事堂を見学した。2時に到着したが次回は2時半と言われ30分時間潰しを余儀なくされた。議事堂の前庭に桜3本が満開だった。根元に記念碑があり2005年6月にオンタリオと日本の友好のために植樹したと書いてあった。
cherryblossom.jpg
オンタリオ州議事堂前の桜
同じグループは10名ほどで半分以上がカナダ人、残りがポーランドと我々だった。説明は30分弱で、3階では木造の3階建と再建した大理石造りの廊下を、2階では首相の部屋の前で歴代の首相の肖像画、1階ではSPEAKERと呼称していた恐らく議長室だと想像した部屋を説明した。
次に向かったのが西側に位置する中華街である。Spadina Ave.を歩いたが雑然としていて、街はスマートな金融街とは正反対の印象だった。試しに勇気を出して入ったレストランではメニューにタイ料理と中華料理が書いてあった。ビーフの焼肉とご飯、少々のサラダを盛り付けた料理を窓際の席で食べた。目の前の道路を歩いている人は人種が様々だ。白人と思われる人は半分以下で、アジア系、黒人系、黒いベールを被った女性、それに疲れ切った年配者が多い。
Art Gallery of Ontarioの前を通ったので、試しに扉の中に入った。左側にショップがあり一通り見学したあと店の奥左手の階段を降りてコーヒーショップを覗いた。夕方5時が迫っていたので閉店の準備をしていた。BayとDundas通りの交差点で地下に入ると、また地下街があった。トロントは地下街や観光施設の至る所に公衆トイレが整備されていて安心して散歩ができる。