人生最後の授業

大学院で「光ベンチャービジネス特論」を講義する最後の授業日となった。68歳で私立大学を定年退職、その後2年間は非常勤で大学院講義を一コマ担当し、最終授業の日になった。2000年4月から大学教員として採用され学生に専門知識を教えることの難しさを何度も感じた。3年生に授業で通信技術を教え、極基本的な内容を期末試験で出す。8割以上の学生には合格点を出す。その後私の研究室に配属された学生に簡単な質問を出す。「授業で話した内容だよ」と言ってもほとんどの学生は答えられない。机の下でスマートホンを操作してネットに聞いている。
「先生、専門学校と大学とはどう違うのですか?」と一人の学生が質問した時、即座に別の学生が答えた。「専門学校は現在の知識を教えるところ、大学は将来の新しい知識を理解できる能力を磨くところ」 私が「情報と社会」という授業で毎年繰り返して話した説明だ。このときは答えた学生が私の授業で説明があったと一言話してくれて、学生の知識として残っていた事実に驚いてしまった。教育は100の種を撒いてその一つが芽を出すことで成功なのだと思った。
大学での授業内容を充実する目的で文部科学省が色々な施策を講じている。その一つが学生による授業評価だ。専任教員として授業していた時の私の授業評価は常に大学全体の平均に及ばなかった。授業内容が学生の頭に残るように授業の進め方を工夫してみたが同じだった。非常勤として1年に一コマ「光ベンチャービジネス特論」を担当した昨年度の授業評価では初めて学校全体の平均を上回った。常勤の教員を退職してから授業評価の点数が改善した理由は、授業準備に費やすことのできる時間が増えたことしか考えられない。やっと教育ノウハウが身についてきたと思ったら人生最後の授業日となった。
通信の授業で期末試験が近づいてきたある日、「今日の授業はここまで」と言ったら女子学生が教壇に近づいてきて私に話した。「私は留年していて、就職先も内定をもらっているのですが、先生のこの授業で合格点が取れないと卒業できないので困るのです」 一種の脅しだったのかも知れない。合格点は出した。
4年生卒論研究で一向に研究室打ち合わせに出てこない学生がいた。学生を呼び出すと「親が倒れて一家を支えるために郷里に帰ってアルバイトをしています」 しかし卒論指導を受けない学生に卒論の単位を出すわけにはいかない、と説明したら学生は退学した。
別の学生は卒論指導にほとんど欠席し、卒論提出日に教員室に押しかけてきて、2時間土下座した。1ページも卒論を書いていないのに卒業させてほしいと要求してきた。「できない」と断ると他の教員に「卒業させてくれない」と相談に行ったそうだ。
ある日研究室にいつもの8時ころ来てみると様子がおかしい。いつもならガランとした廊下を事務職員が多数動き回っている。卒論でストレスがたまった10名あまりの学生が学内禁酒の掟を破ってトイレなどでソソウしてしまった。勢いあまって壁を壊した。私は教授会で騒動について指導教員として至らなかったと謝り、学生たちは1週間ほどの定額処分となった。
色々な学生に出会った。面白かった。頑張れよ!

伊豆の踊子の宿

私用で裾野市で仕事し、その後一晩伊豆で宿をとることとした。中学校の頃教科書に書いてあった川端康成「伊豆の踊り子」の宿に泊まることにした。高速道路を避けて一般道を選び、途中少し渋滞があったものの約1時間半で到着した。修善寺までは良く見かける街並みが道の両側に広がっていたが、天城湯ヶ島温泉に近づくと風景は山の中という印象に変わった。道幅はだんだん狭くなり、カーナビが「目的地周辺です。案内を終了します」と言ってから道路標識を探すと小さな案内板があり右手の狭い道を入った。狩野川がゴーッと流れている川べりに数軒の宿と思われる建物が肩を寄せ合って並んでいて、その内の一軒が目的の宿だった。
宿には川端康成が10年ほど逗留したという四畳半ほどの部屋があり、小さな資料室もあった。意外にも川端は眺めの良い川が見える部屋ではなく、山側の部屋を使っていたという。部屋は2階をお願いした。窓から狩野川がよく見える。川べりに露天風呂があったので、すぐに夫婦で入りにいった。夏のせいであろうか、ほんの少しの時間入っているだけで汗を感じた。露天風呂から手の届きそうな傍を河が流れている。その昔は川の流れの中に温泉が湧きだしていたそうだ。宿泊した部屋は若山牧水も泊まったと紹介された。資料室に若山牧水の写真があり、立派な髭を生やした現代のチョットとんがった若者と言っても良さそうな印象だった。
宿がくれた散歩マップには井上靖ゆかりの記念碑など何か所も紹介されている。実はここに来る前に「クレマチスの丘」を訪ね井上靖文学館を見学した。小さな記念館には井上靖80歳代までの大きな年譜があった。自分自身の70歳と重ね、一体何歳まで元気に仕事が続けられるのか?は知りたい事の一つである。井上は70歳以降も積極的に海外旅行を繰り返し文筆活動をしていた。
井上靖の年表は、70歳を過ぎても精力的に働ける可能性があることの証明書だ、と思った。

70歳代最初の戦い(4)

オシッコを自分の意志で出せるようにする自己導尿のリハビリを始めてから19日目になった。日に3回ないし4回リハビリするように言われたので最初の4日は4回としたが、昼間外出することが多くなり結局朝、帰宅後、寝る前の3回となった。帰宅後と寝る前のリハビリデータは目標とする残量100cc以下に12日目に達成した。しかし朝については未だ達成していない。しかも15日目に普段慣れない立ち仕事で疲れを感じたら翌朝は診断当初と同じように500ccを超える残量となりガッカリした。ただその後の改善は以前に比較して早いのでリハビリの効果が表れているのだろう。
リハビリのパイプ、潤滑剤などはカバンに入れて持ち運びできる。トイレと水道があればどこでもトレーニング可能である。日常生活で歯槽膿漏対策として歯磨きをするのが当然であるのと同じように、導尿リハビリも毎日必要だと割り切れば納得できる。女性が化粧で費やす時間程度ですむからである。
男性ばかりの集まりで皆がその後どうですかと聞いてくる。導尿リハビリの話を始めると質問した人は困ったような顔になる。それでも男性が70歳になれば3割から5割はこの知識が必要ですよ、と将来役に立つと説明を続ける。このリハビリ程度の苦労であれば、オシッコの出が悪いのを我慢したり、夜頻尿で何回も起きることを仕方ないこととあきらめるより、泌尿器科のお医者さんに相談することを勧めます、でまとめる。
自己導尿リハビリができるかどうかの最大のポイントは、25センチ以上透明で柔らかい素材のパイプをオチンチンに入れることを患者本人ができるかどうかだろう。不思議なことに25センチも入れるとパイプから清水のように流れ出てきてそれが500ccにも達する。その量をみて、今日一日はこれで安心して外出できると判断できるので、大変助かるリハビリテーションだ。

Organized Network Attack(2013.7)

Tiny web server in Japan has persistent and so many attacks. So I list IP addresses of step stone web servers. Please be sure these IP administrators to eliminate relaying or sending attacks. I will add coming new IP addresses day by day when I check my routers.
Probably IP addresses listed here is controlled by a single organization. The record is only a part of actual source IP addresses identified this July. It changes attacking source addresses from one to another. The operation to change source addresses seems work automatically. The attacker has hundreds of available step stone web servers. I hope the listing helps you to protect your web servers.

129.250.10.130
133.242.28.164
137.116.32.32
142.4.215.203
168.61.144.13
176.31.24.229
178.63.80.23
184.154.52.28
184.168.27.46
184.95.44.138
186.2.166.65
192.69.196.198
198.27.81.80
198.50.140.237
200.58.108.55
209.212.145.172
212.48.153.193
24.132.1.15
37.123.220.206
5.231.53.115
69.248.173.239
83.117.133.237
84.78.144.177
88.191.245.144
95.211.99.31
99.60.108.112

70歳代最初の戦い(3)

排尿ができなくなって1週間後にはパイプをつけ、そのままの状態で1週間を過ごした。試しに軽くジョギングをしてみたが若干の違和感を感じるもののジョギングはできるという結論になった。サラリーマンの日常生活では不自由を感じない。2週間後の診察で排尿リハビリ方法(自己導尿)を教わった。リハビリでは普段はパイプをつけない。自然のままの姿だ。最初にトイレで自分の意志でオシッコを出して計量カップで計り記録する。次に手をよく水道水で洗い、消毒液を含ませたガーゼで拭いた後、透明な潤滑液の薬をパイプの先端5センチほどに塗り付けて、ゆっくりと入れていく。透明なパイプはシリコーン製ではないかと想像したが柔らかく表面はなめらかである。入れていくと時々妙な感じがするが25センチもそのまま入ってしまう。不思議なことに突然パイプの先端からオシッコが流れ出てくるのでそれを計量カップに入れる。このときの計量カップのメモリが100cc以下になることが排尿トラブル回復の目安だとお医者さんが教えてくれた。パイプをつかって出てきた量も記録する。その後水道水できれいに洗いパイプは消毒液の入った専用の棒状の格納容器にしまう。この作業を一日に3ないし4回指示された。一月間このリハビリを続けて次回の診察を受けることになった。
リハビリを教えてくれた看護師さんが質問した。膀胱には最大何ccためられるか知っていますか?500ccだそうだ。意外と少ない。ジョギング中に飲むポカリスエットのペットボトルと同じだ。リハビリ中は水分を控える方が賢いですか?と質問したら、なるべく沢山水分を摂取してくださいと言われた。水分が少ないと膀胱にバイキンがたまりやすいそうだ。リハビリを開始して4日が経過し、若干症状が改善した自覚がある。このリハビリでなぜ症状が回復するのか考えたが良くわからない。
別のお医者さんに雑談で聞いてみた。排泄の仕組みは簡単に説明すると??神経と交感神経、副交感神経の3種類の神経が連携して制御する複雑な働きだそうだ。年齢とともに神経も減少し相矛盾する動きをするらしい。リハビリはその間違った制御を正常に戻す訓練と理解した。
60歳代からオシッコの出が悪いという自覚があったが、この程度のリハビリで改善するのであればもっと早く泌尿器科に相談すれば良かった。最も今回のリハビリ成果は1月後を待たなければならない。前立腺の手術は痛いという話を聞いたことがあるが、最近は手術は少なくほぼ薬で処置すると雑談でお医者さんが話してくれた。薬は女性ホルモンが入っているそうだ。男性ではなくなるのですか?と質問したら、「そうだ」と明快な返事。ちょっとさみしいですねと言った。